第145話 機械化騎士団~ザムザ防衛戦2

 赤獅子族のヴィスは、前線で指揮をとっていた。

 周りに指示を出し、目の前のフリージア王国兵が構える盾に蹴りを見舞う。


 すると聞き慣れない音が、遠くの空からかすかに響いてくる。


(なんだ……? 聞いた記憶がある音だな……)


 獣人の優れた耳は、わずかな音を聞き逃さなかった。


(これ……プロペラの音だよな? セスナとか……飛行機の……ん!? 飛行機!?)


 転生前の日本で聞いたプロペラ音を思い出し、ヴィスは前線から一歩下がって空を見回す。

 左手の方向に商業都市ザムザがあり、街の上空に黒い点が複数見えた。


 ヴィスはメロビクス王大国の軍監から得た情報を思い出す。


(そういやフリージア王国には、空飛ぶ魔道具があるって話だったな……。あれか? 飛行機のことか?)


 まだ米粒ほどの大きさだが、空に小さな飛行機が五機飛んでいるのが見える。

 ヴィスはゾクリと嫌な予感を覚えた。


「お……おい……」


 ヴィスは自分の周りにいる赤獅子族に声をかけようとするが、自分の気持ちが上手く言語化できないでいた。

 あえて、言葉にするのであれば――。


『俺の野生のカンがヤバイと言ってる!』


 ヴィスは、警告を発し損ねる。

 するとフリージア王国軍から、空に火球が立ち上った。


 第二騎士団団長ローデンバッハ男爵の指示で、女魔法使いミオが打ち上げた火球である。


(合図!? ヤベエ!)


 ヴィスが思ったときには、もう遅かった。

 四方からフリージア王国軍が放つ鬨の声が響き、獣人たちを圧した。


「クソッ! 汚えぞ!」



 *



 赤獅子族と青狼族が第二騎士団との戦いに夢中になっている間に、フリージア王国軍は両獣人を包囲していた。


 平原と言っても、なだらかな起伏もあれば、林やちょっとした森もある。

 これらの遮蔽物を上手く利用して、フリージア王国軍は包囲網を完成させていた。


「行くぞ! 打ち払え!」


 年輩のルシアン伯爵は、手勢を獣人に突っ込ませた。

 その用兵はベテランらしく、奇をてらわず手堅い。


 ルシアン伯爵は、新たにアンジェロ王子派閥に加わった領主貴族である。


 王都と商業都市ザムザを結ぶ街道沿いに領地を持つ名の知れた貴族で、アンジェロが商業都市ザムザを領地として拝領してから誼を結んだ。


 今回、商業都市ザムザの防衛には、第二騎士団の他にルシアン伯爵のようなアンジェロ派の領主貴族が派遣されていた。


 大はルシアン伯爵から、小は騎士爵まで、総勢一万に及ぶ。

 アンジェロは、自派閥の貴族をたきつけて、全力出撃をさせたのだった。


 赤獅子族と青狼族がいかに精強といえども、絶対的な数の差はいかともしがたい。

 突如四方から湧いた一万の軍勢に包囲され獣人たちは動揺した。


 そこへ商業都市ザムザから、高らかに異音を弾ませてケッテンクラート五台が突撃した。


「どけ! どけー! ホレック様のお通りだー! 踏み潰すぞー!」


 ケッテンクラートの無限軌道が唸りを上げる。


 五台のケッテンクラートは、ホレックたちドワーフが新たに増産したのである。

 ケッテンクラートの荷台には、盾を構えた兵士が乗車し、盾の隙間から魔道具で魔法を撃つ。


 そして戦場上空には五機のグースが現れた。

 五機のグースは縦一列に整列し、左に機体を傾け旋回を始めた。


 後部座席に乗る人族の兵士が、手持ちの魔道具で魔法攻撃を行う。

 上空からガンシップと化したのだ。


 戦場中央の獣人たちに狙いを定め、次々と吹き飛ばす。


 戦況は一気に変化し、フリージア王国軍が次々に獣人を刈り取った。



 *



 この窮地に赤獅子族のヴィスは、敏感に反応した。


「飛行機に戦車!? なんだよ!? そりゃ!?」


 ホレックたちドワーフが操縦するケッテンクラートを、ヴィスは戦車だと思った。


 赤獅子族は天幕で生活をしている。

 この異世界の中でも文化レベルが低いのだ。


 ヴィスは、この異世界に飛行機や戦車が存在するなどとは夢にも思わなかった。

 そして、現代に日本人の知識から、『赤獅子族と青狼族では、それらには敵わない』と悟った。


「逃げんぞ! 全員固まれ!」


 赤獅子族に集合するように指示を出し、戦場をざっと見回す。


「あそこが薄い? よし! あそこに突撃だ! 脱出するぞ!」


 包囲の薄そうな所に見当をつけて、生き残った赤獅子族を率いて脱出を試みた。

 方角は西――赤獅子族は、鏃のような隊形を取り族長のヴィスが先頭を切った。


「クソが! 聞いてねえぞ! 聞いてねえぞ!」


 ヴィスは涙目になりながら、大剣を振るった。

 なんとか戦場から脱出を果たし、遠くにフリージア王国軍の勝ちどきが響く頃、ヴィスの周りには誰もいなかった。



 *



 馬上のコーゼン男爵は、ルシアン伯爵に声をかけた。


「ルシアン伯爵!」


「おお! コーゼン殿! お味方の圧勝ですぞ!」


 アンジェロ派領主貴族軍は、声望の高いルシアン伯爵が将軍として軍をまとめ、アンジェロ腹心のコーゼン男爵が軍監兼参謀として、作戦行動に助言を行う。


 二人の目の前には、赤獅子族と青狼族を包囲殲滅したフリージア王国軍があった。

 既に戦場に立っている敵はおらず、フリージア王国軍は、次の作戦行動の準備に入っていた。


 ルシアン伯爵は、チラリとコーゼン男爵を見る。


「では、打ち合わせ通り?」


「はい。このまま勝勢をかって進撃ですじゃ!」


 商業都市ザムザに集結したアンジェロ派のフリージア王国軍の任務は二つ。


 一つは、商業都市ザムザの防衛だ。

 これは、既に成った。


 もう一つは、南側を長駆して、メロビクス王大国南部の制圧・占領だ。

 つまり攻め込んできたメロビクス王大国に対して、逆侵攻を行うのだ。


 コーゼン男爵は、馬上で簡易な地図を広げる。

 のぞき込んだルシアン伯爵にわかるよう進撃ルートを指さす。


「現在我らは、地図の右側商業都市ザムザにおります」


「ふむ。ここですな?」


「左様。ここからイタロスを経由して、青狼族、赤獅子族の居住地を占領。続いてメロビクス王大国南部にいたります」


「非常に大きな軍の行動ですな!」


 ルシアン伯爵は、興奮していた。

 無謀と思える作戦だが、アンジェロたちは必要戦力や補給物資を周到に準備していた。


 各部隊には、食料や回復ポーションなど物資の詰まったマジックバッグが配布され、さらに商業都市ザムザの商人たちが同行し物資調達のサポートを行う。


 そして、先行する第二騎士団には、ケッテンクラート五台、六輪自動車タイレル十台、グース五機が配備されていた。


「よーし! 第二騎士団出るぞー!」


「機械化騎士団の早さを見せつけてやれ!」


 ローデンバッハ男爵とポニャトフスキ騎士爵が、兵士たちに指示を出す。


 機械化騎士団――アンジェロ軍では第二騎士団を、そう呼び始めていた。


 ケッテンクラートが先行し、グースが上空から偵察を行う。

 タイレルは、兵が乗った荷馬車牽き街道を走る。


「これなら、メロビクス王大国南部も切り取れよう」


 ローデンバッハ男爵は、土煙を上げて進軍する第二騎士団を見て、作戦成功への自信を深めたのであった。

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