第147話 汚れ仕事~メロビクス南部掌握
ローデンバッハ男爵率いる第二騎士団は、メロビクス王大国南部に到達していた。
それまでは青狼族と赤獅子族の領域を南西へ進んでいたが、メロビクス王大国に入ったところで、北上を開始した。
街道沿いに進軍し、メロビクス王大国の弱小領地貴族の兵を手当たり次第蹴散らしていた。
ローデンバッハ男爵から、遅れること五日。
後続のフリージア王国アンジェロ派貴族軍が、メロビクス王大国南部に到着した。
その数は、一万。
主将は落ち着きのある中年貴族ルシアン伯爵。
軍監兼参謀にアンジェロの守役コーゼン男爵。
二人の目の前には、縄で縛られた貴族が二十人ほど地面に座らされていた。
彼らは第二騎士団との戦いに敗れたメロビクス王大国南部地域の領主貴族である。
「さて、コーゼン男爵……。彼らは、第二騎士団から捕虜として送られて来ましたが――」
「処刑しましょう」
コーゼン男爵の淡々とした答えに、ルシアン伯爵は身震いする。
この異世界では、戦争が多い。
戦争の指導を行うのは、王族や貴族であるが、捕虜にした場合は、身分に応じた扱いをする。
戦後、身代金と引き換えに出来るからだ。
捕虜にした貴族を処刑するのは、余程の事情がある場合に限る。
それなのにコーゼン男爵は、捕虜にした貴族を処刑するという。
恐ろしさからルシアン伯爵は、爵位が下のコーゼン男爵に丁寧に問いかけた。
「お考えは変わりませんか?」
「やむを得ないでしょう。一族の男子で生き残った者は、みな処刑ですじゃ」
「……」
「ルシアン伯爵のお気が進まないのでしたら、ワシが処刑命令を下しますが?」
目の前にいるのは、小領地の騎士爵たちであった。
騎士爵とはいえ、貴族は貴族。
戦で貴族を処刑したとなれば、聞こえが悪い。
ルシアン伯爵は、自分の声望に傷がつくのを避けたかった。
「お願いしても?」
「承りましたのじゃ。その者たちは、処刑じゃ。連れて行け」
コーゼン男爵は、他のフリージア王国貴族たちがいる前で、『ゴミを捨てろ』と命じるように、敵国貴族の処刑を兵に命じた。
コーゼン男爵の情け容赦ない姿を見て、味方であるフリージア王国貴族たちが震え上がった。
彼らの中には、旗頭のアンジェロを『まだ子供』と軽く見たり、侮ったりする者もいる。
だが、アンジェロ腹心のコーゼン男爵が、予想外の厳しさを見せたことで、全員が気を引き締めたのだった。
そんな張りつめた雰囲気の中、一人の若い貴族が進み出た。
彼は意を決し、意見具申を行う。
「コ、コーゼン男爵殿! わ、私は……! 捕虜にした貴族を処刑するのは……、よ、良くないと考えます!」
コーゼン男爵は、両手を組みながら、若い貴族に続きを促した。
「ふむ……。続けられよ」
「その……騎士道精神にのっとり……捕虜への対応をした方が、よろしいかと……。アンジェロ王子のお名前に傷が付きはしないかと……」
若い貴族は、コーゼン男爵が意見を聞く姿勢を見せたことで、少し気持ちに余裕が出来た。
自分の貴族としての考えと、説得材料として『アンジェロの名に傷が付きはしないか?』と敵国貴族を処刑するデメリットの提示を行った。
若い貴族は、自分の意見を頭から否定されるかと心配したが、意外なことにコーゼン男爵は好意溢れる笑顔をした。
「なるほど! お主は、アンジェロ様に悪名がつくのではないかと心配しておるのじゃな?」
「そ! そうです!」
「それは良い! いやあ、アンジェロ様のことを心配してくれてありがとう。だが、安心せい! 悪名は、このコーゼンが引き受けた!」
「えっ!?」
「処刑の命令を下したのはワシじゃ。アンジェロ様は、この事を知らぬ。ワシの悪名が、内外に轟くわけじゃ。いやあ、愉快! 愉快!」
若い貴族は、高笑いするコーゼン男爵にドン引きしていた。
周りのフリージア王国貴族たちも同じである。
「お主、名は?」
「ノイハウゼン子爵の三男でデリスと申します」
「そうか……三男か……爵位を継げぬ三男か……。デリス殿、良いことを教えてやろう。女の捕虜を連れてこい!」
コーゼン男爵は、兵に命令し女性の捕虜を連れてこさせた。
品の良い服を身にまとった若い女性が二十五人。
縄には縛られていないが、兵に囲まれ、みな顔面蒼白である。
「さて、デリス殿。ここにおるのは、先ほど処刑した貴族家のご令嬢たちじゃ」
「はあ……」
デリスは、コーゼン男爵が何の話をしているのかわからずに、気のない返事をした。
コーゼン男爵は、周りの貴族たちにも聞こえるように大きめの声で話を続けた。
「我らはメロビクス王大国の南部に進出し、いくつかの土地を占領した。しかし、じゃ……。それだけでは、フリージア王国の領地として十全ではない。わかるかな?」
「ええと……それは……つまり、占領政策や統治の話ですね?」
「その通りじゃ! さすがノイハウゼン子爵家じゃ! さて、そこで先ほどの処刑じゃ。先ほど処刑したのは、占領した地域の貴族家当主や継承権を持つ男子じゃ。つまり……、処刑された貴族家は、継承権を持つ子供がおらぬ……。そして、ここには、その貴族家の娘がいる」
「あっ!」
「そうじゃ。今回の遠征で活躍した者に褒美として与えられるのは、このメロビクス王大国貴族家の娘……つまり入り婿出来るのじゃ。お主はノイハウゼン子爵家の人間じゃが、三男では子爵家は継げぬ。だが、入り婿すれば――」
「私自身が貴族家の当主ですね……」
「そういうことじゃ」
コーゼン男爵の説明に、フリージア王国貴族たちがザワリと反応した。
貴族の子供でも、家を継げるのは一人だけである。
飛び抜けて優秀な子供がいれば、その優秀な子供が家名を継ぎ、能力が横並びなら母親の身分が高い子供が継ぐ。
母親の身分が横並びなら、長子継承となる。
だいたいは、第一夫人に身分の高い貴族家の娘が嫁ぎ、子供を産むので、自然と長子継承になるのだ。
三男であれば、長男と次男が何らかの理由で死亡しない限りは、家名相続の目はない。
実家に部屋をもらい、家長の手伝いをして一生を終えるのだ。
いわゆる部屋住み人生である。
しかし、どこか跡継ぎの男子がいない貴族家に入り婿すれば、自分が貴族家の当主になるチャンスがある。
肩身の狭い部屋住み人生から、堂々の貴族家当主人生へのライフチェンジ……。
貴族家三男以下が夢見るサクセスストーリーの一つである。
今、そのチャンスが目の前に転がっている。
「まず、赤獅子族と青狼族のテリトリーは、第二騎士団に与える。ここはアンジェロ様の準直轄地域として、開発を行うのじゃ。次に、メロビクス王大国南部じゃが、先ほど言うたように、この遠征で活躍した者に褒美として与えられる」
フリージア王国貴族たちは目をギラつかせた。
コーゼン男爵は、続ける。
「現在、我らの支配地域は騎士爵家が十四家ほどじゃ。これから支配地域が増えれば、増えるだけ、お主らに分配する貴族家は増える。それから、入り婿じゃから、家臣や領民は温存するでな。領地の運営は楽じゃぞ」
今回の遠征に、貴族家の跡を継げない男子が多数参加していた。
戦争で活躍して、どこかの家に武官として仕官する。
あわよくば王宮や王子のおそばに……。
そんな風に考えていたら……なんと!
貴族家当主になれるかもしれない!
「国王陛下ならびにアンジェロ様から、メロビクス王大国南部の仕置きはワシに一任されておる。ワシにとって大切なのは、アンジェロ様に忠誠を誓い、役に立つ人材じゃ。お主らに期待しておるぞ」
コーゼン男爵は、遠征軍を完璧に掌握した。
意気が上がる遠征軍だが、遠征軍主将のルシアン伯爵は、コーゼン男爵の人心掌握に恐れいった。
ルシアン伯爵は、頭ではコーゼン男爵が語るストーリーに納得をしていた。
占領地域の貴族家男子を処刑し、生き残った女子とフリージア王国貴族の三男以下を入り婿で結婚させる。
双方にメリットのある話なのだ。
処刑された貴族家側は、名前が残るし、女子ではあるが血脈をつなぐことが出来る。
また、家臣は命が助かり、それまでとあまり変わらぬ環境で働くことが出来る。
そして領民は、貴族家当主、つまり頭が変わっただけで、普段接する村長などは変わらぬ。
当主がフリージア王国貴族となれば、フリージア王国兵から乱暴な扱いを受ける心配が減る。
入り婿になる貴族も、占領地域とはいえ貴族家当主になれるビッグチャンスであるし、何より統治機能が温存されるので、新米当主としての苦労が大分減る。
フリージア王国側としても、占領地域で乱暴や略奪が減るので、占領すれば即国力アップにつながる。
みんな万々歳に見える。
――だが、これは貴族家の乗っ取りなのだ。
コーゼン男爵の辛辣な手法に、ルシアン伯爵はやや非難がましい気持ちを持った。
「コーゼン男爵……あなたは……」
「ワシにとって大切なのは、アンジェロ様ですじゃ。アンジェロ様が王になり、フリージア王国を安定して治める為に、ワシは動いておるだけですじゃ」
「しかし、やり方が……。アンジェロ殿下は、ご存じなのでしょうか?」
「いや、知りません。知る必要もありません。汚れ仕事は、ワシが一手に引き受けるつもりですじゃ」
「……」
コーゼン男爵の決然とした態度に、ルシアン伯爵は敬意を抱いた。
そして、コーゼン男爵にここまで言わせ、行動させるアンジェロにも敬意を抱かずにいられなかった。
こうしてメロビクス王大国南部は、フリージア王国の新たな領土として組み込まれていった。
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