第142話 ウォーカー船長の憂鬱
「ウォーカー船長から面会希望?」
「至急とのことですじゃ」
キャランフィールドに帰ってくると、ウォーカー船長から至急の面談希望が入った。
ウォーカー船長には、敵の間諜――スパイではないかと疑いがかかっている。
どう接して良いのか……。
俺はこんな経験は初めてだ。
「会っても良いのだろうか?」
「……」
取り次いだじいも難しい顔をする。
判断に迷うな……。
「アンジェロ様。会わなければ、『何事か?』とウォーカー船長を警戒させてしまいますじゃ。知られて困ることは伏せてお話しください」
「難しいな……わかった。通してくれ」
執務室にウォーカー船長が入ってくる。
眉根にしわを寄せ、難しい顔をしているな。
彼にしては、珍しい。
「アンジェロ王子! アリー様を避難させたい! 王子様からも、言ってくれよ!」
随分と慌てているようだ。
挨拶なしで、いきなり『アリーさんを避難させたい』と、よく分からない事を口にする。
「ウォーカー船長! 落ち着いて! 事情を話してください」
「あ!? ああ……そうだな……。すまない……。随分、焦っていたようだ……」
ウォーカー船長から事情が説明された。
アリーさんの祖父ギュイーズ侯爵から、『メロビクス王大国がキャランフィールドへ攻撃を仕掛ける。可能なら、アリーを安全な場所に避難させて欲しい』とウォーカー船長に依頼があったそうだ。
ウォーカー船長は、アリーさんに避難するよう呼びかけたが、アリーさんは拒否。
彼女は、キャランフィールドに残ると言っている。
「王子様からアリー様に言ってくれないか? 避難しろと!」
ウォーカー船長は真剣だ。
本気でアリーさんを心配しているのが伝わってくる。
これが何かの陰謀という線はあるだろうか?
あるかもしれないが、俺には思いつかない。
「避難先にアテがあるのか?」
「ああ。いくつかある」
「んん……。でも、アリーさんは、ここに残ると言っているのだろう?」
「だから! アンジェロ王子からも逃げろと言ってくれよ! 港に敵船が来てからじゃ遅い! 戦が始まる前に避難する必要がある!」
「なるほど……」
どうした物だろうか……。
じいをチラリと見て、じいに発言を促した。
「ウォーカー船長。アリー様を心配する気持ちはわかる……。しかし、ハイエルフのルーナ殿、白狼族のサラは、アンジェロ様と一緒に戦うのじゃぞ?」
「えっ!? いや、まあ――」
「アンジェロ様の婚約者が戦う中、アリー様だけが逃げ出したら、どう見られるか……。ウォーカー船長なら、想像がつくであろう?」
「うっ……」
それは……、アリーさんの立場がなくなるな……。
アリーさんも、それを分かっているから、キャランフィールドに残ると言っているのだろう。
「わかった……。仕方ない……。それなら、俺もキャランフィールドへ残って、アリー様をお守りしよう……」
「……」
アリーさんの身の処し方は決まったが、スパイ疑惑のあるウォーカー船長がキャランフィールドに残る。
断るわけにもいかないし……。
一難去ってまた一難か……。
*
エリザ女王国で調査を行ったエルキュール族のトラントからの手紙は、冒険者ギルドの転送装置を使って王都にある情報部へ届けられた。
トラントからの手紙は、商売人が書いた手紙にしか見えない。
『エリザ女王国の北西の港町リブレプトに来ています。ここは魚が安定供給されています。旦那様、買い付けの指示を下さい。こちらでとれる魚は以下の通りです――』
この手紙は魔法のインクで書かれている。
王都情報部の部員が、手紙に魔力を通し、あらかじめ決められた合い言葉を口にすると、手紙に書かれた文字が動き出した。
しばらくすると、動いていた文字が停止し、そこに現れた文章はウォーカー船長の嘘を暴く。
『ウォーカー船長の妻は、実在しない。港町リブレプトにウォーカー船長の家はない。経歴は偽装された物である。引き続きエリザ女王国を調査する。 トラント』
情報部長とエーベルバッハ男爵は、トラントからの手紙を前に協議をしていた。
「やはりウォーカー船長か!」
「部長。怪しい人物であると確証は得ましたが、ヤツがスパイと決まったわけではありませんぞ」
喜ぶ情報部長をエーベルバッハ男爵が諫める。
エーベルバッハ男爵は、眉一つ動かさない。
「うむ。そうだな……。トラントは、エリザ女王国を調査するのか?」
「そうですな。ウォーカー船長がスパイだとして……、エリザ女王国、メロビクス王大国、どちらのスパイか……。それとも他の国のスパイなのか……」
「エーベルバッハ君!」
「すぐにメロビクス王大国のエルキュール族に指示を出します。ウォーカーの足跡を探れと」
*
メロビクス王大国では、戦争準備が着々と進んでいた。
王都には各地から軍勢が集まり、人と物資でごった返している。
宰相ミトラルは、王宮で調査局から報告を受けた。
「――以上です」
「ご苦労だった。手はずに抜かりはないな?」
「はい。使用人として、複数人を潜り込ませてあります」
メロビクス王大国の調査局は、国内外の間諜を取りまとめている。
フリージア王国の情報部ほど組織だってはいない。
だが、現場レベルでは優秀な人材は何人もいる。
宰相ミトラルは、フリージア王国内に間諜を潜入させていた。
調査局長は、会談の最後に宰相ミトラルに確認をした。
「ウォーカーは、いかがなさいますか?」
しばらく考えて、宰相ミトラルは答える。
「捨て置け」
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