第141話 ウォーカー船長の調査

「ウォーカー船長が怪しいと言うのか……」


 エーベルバッハ男爵の猜疑心――いや、仕事の熱心さに俺は閉口した。


「王子。そのウォーカーというヤツは、怪しいに決まっとる」


「エーベルバッハ君!」


「何です? 部長?」


「もう少し、物言いに気をつけたまえ!」


「ほう? 部長が経理の女性に、話しかけるようにネットリと話しましょうか?」


「……見ていたのか?」


「女性職員の尻ばかり目で追いかけるのは、良くありませんぞ」


 情報部長が、『ぐぬぬぬ』とばかりに拳を握り、エーベルバッハ男爵はゴミでも見るように情報部長を見ている。


「じい……。情報部は大丈夫なのか?」


「……とりあえず女性職員の数を減らしますじゃ」


 二人の様子を見かねて、今度は黒丸師匠が口を挟んだ。


「二人ともそれくらいにして欲しいのである。それがしは、ウォーカー船長とあまり交流がないのである。ルーナはどう思うのであるか?」


「ちょくちょく食料を運んでくれるので助かる。しかし、それが怪しいとも言える」


「ふむ。ちょくちょく偵察しているのであるか……」


「ちょっと! 二人とも! それはウォーカー船長に悪いですよ! 前の戦いでは、メロビクスの情報を教えてくれましたよ!」


 黒丸師匠とルーナ先生の疑って当然の態度は、さすがにヒドイと思う。

 商売とは言えアンジェロ領のライフライン――食料供給を担ってくれている。

 俺は疑うよりも、感謝の気持ちの方が大きい。


 だが、エーベルバッハ男爵は容赦がない。


「ふん! 問題のない情報を提供して信用を得る。良くある手だ」


「疑いだしたらキリがないだろう?」


「今、ウォーカーの野郎の住まいと出生地を調べている」


「どこだ?」


「エリザ女王国の港町リブレプト」


「わかった。任せる。結果が出たら報告してくれ」


 俺はエーベルバッハ男爵との会話を打ち切った。

 ウォーカー船長の件は、議論をしたところで水掛け論だ。

 情報部の調査結果を待とう。


 書類の束を見ていたヒューガルデン伯爵が、顔を上げた。


「アルドギスル派からは二人ですか……。メロビクス王大国との国境に近い領主貴族と亡くなった宰相エノーの元側近……」


 それはメチャクチャ怪しいな。

 情報部長が補足をする。


「二人ともメロビクス王大国へ、公用、私用で頻繁に訪問しております。身上調査からすると非常に怪しいと言わざるを得ません」


「尻尾を出すのを待ちますか?」


「今回の御前会議の結果が、どのようなルートでメロビクス王大国へ伝わるかで分かるでしょう」



 *



 情報部との打ち合わせが終わると、俺はヒューガルデン伯爵、ルーナ先生、黒丸師匠と、防衛計画について議論をした。


 表向き俺は自分の領地の防衛に専念する。

 実際は、あちこちの応援に回るのだ。


 俺は疑問に思っていたことを、ヒューガルデン伯爵にぶつけてみた。


「しかし、本当にスパイがいるのだろうか?」


 俺の疑問にヒューガルデン伯爵は、微笑しながら穏やかに答える。


「メロビクス王大国には、調査局という間諜を使う組織があります。我が国の情報部ほど組織だってはおりませんが、これから攻める国の情報は集めておりましょう。それに……」


「他にも何か?」


「それに、同時攻撃に、キャランフィールドとザムザが入っていたのは不自然でしょう?」


 そうだろうか?

 俺のゲーム感覚だと、複数地点を同時に攻撃するのは有効な手法だ。

 敵は防衛戦力を分散せざるを得ない。


 どこかに防衛力が弱い地点が出来るので、そこを突破口として敵陣営を崩す――SLGでは、良くある手だと思う。


「ヒューガルデン伯爵。なぜ、不自然だと?」


「普通なら国境を接するアルドポリスとシメイ伯爵領、そして王都の三カ所を攻撃目標とするでしょう」


 なるほど。

 そう言われてみれば……。

 海軍を使うとは言え、キャランフィールドへ攻め込んだ軍は、敵中に孤立する可能性もある。


「わざわざ遠いキャランフィールドと商業都市ザムザを狙ったのは、明らかにアンジェロ様を引きつけ、行動しづらくするのが狙いでしょう」


「では……、敵の術中にはまったように見せているのだな? それで、先ほどの御前会議か!」


「ご賢察です」


 全てはヒューガルデン伯爵の手のひらの上ということか。


 メロビクス王大国は、どうでるのか?

 スパイは誰なのか?


 気になることは多いが、俺はキャランフィールドへ戻り戦支度を始めることにした。



 *



 エルキュール族――大陸を移動して生活を営む少数民族である。


 楽士や踊り子など芸事に従事する者が多いが、一族の裏の顔は諜報を得意とするスパイ一族だ。

 現在は、フリージア王国の情報部と専属契約し各国各地から様々な情報を送っている。


 そして、ここ、エリザ女王国に一人の男が派遣された。

 その男は、エルキュール族のトラント――数字の三十を意味する名を持ち、一分の隙も無い男である。


「プロは余計なことをしゃべらない……」


 独り言である。


 トラントは、ウォーカー船長の調査をしていた。

 まず、エリザ女王国の大きな港でウォーカー船長の話を聞いて歩いた。

 船乗りや商人から、話を聞けたが……。


(みんな話す内容が同じだ……)


『港町リブレプトの出身で両親は既に他界、兄弟はいない。愛する妻マリールーが港町リブレプトで、ウォーカーの帰りを待っている』


『メロビクス王大国にツテがあり、商人の修行はメロビクスで行った』


『独立してからは、母国エリザ女王国を拠点にしている』


 トラントがウォーカー船長の話を聞くと、みんながみんな似た内容の話をする。

 そして、誰もがウォーカー船長を『イイヤツ!』と言う。


 人間生きていれば、悪い噂の一つや二つあっても仕方がない。

 まして、商売をしていれば、商売敵や成功に嫉妬した連中が陰口をたたかれる。


 しかし、ウォーカー船長には、そのような事はない。


(きれいすぎる……)


 トラントの目には、ウォーカー船長が慎重に良好な人間関係を構築し、悪い噂が立たないように慎重に行動しているように見えた。


 それは、優秀な商売人としての振る舞いなのかもしれないが、トラントには間諜――つまりスパイの振る舞いに見えた。


 怪しまれないように。

 誰にも足を引っ張られないように。

 慎重に行動する間諜の行動に見えたのだ。


 そして、エリザ女王国北西の港町リブレプトにまでやって来た。


(港町……と言っても、ここは漁師町だな……)


 リブレプトは、漁業の中心地であった。

 港から漁船が出航し、商船もいるが数は少ない。


(ここにウォーカーの家があるのか? 妻のマリールーがいるのか?)


 トラントは、五日間リブレプトに滞在した。


 そして、トラントが分かったことは、ここリブレプトにウォーカーの家はなく、マリールーは実在しない事だった。

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