第143話 私自身の未来の為に~開戦
――十一月初旬。
『メロビクス王大国軍とニアランド王国軍が、ついに動く!』
俺は王都で情報部から報告を受けた。
「ついに始まったか……。キャランフィールドへ戻るか……」
スパイの正体は明らかになっていない。
情報部長の話は、曖昧なのだ。
スパイを泳がせているのか?
それとも本当にわかっていないのか?
ウォーカーは、スパイなのか?
せめてそれだけでも確定の情報が欲しい。
俺の顔色が悪かったのだろう。
白狼族のサラが、両手を俺の頬にパチンとあてて顔を近づける。
「オイ! アンジェロ! 安心しろ! 親父様とお袋様は、守ってやるぞ!」
王都にもスパイがいるらしい、王宮といえども油断は出来ない。
そこで、俺の所から、父上と母上に護衛をつけた。
白狼族のサラが率いる特殊部隊だ。
特殊部隊は、四人で一チーム。
三チーム十二名と連絡・移動用としてブラックホークを三機投入した。
サラには、母上の警備をお願いしたのだが、母上はサラを気に入ったらしい。
どうやら、娘が出来た感じで、嬉しいらしいのだ。
「まあ、まあ、サラちゃん頼もしい!」
「お袋様には指一本触れさせない!」
サラは自信たっぷりだ。
嫁姑の仲が良いのは、ありがたい。
「じゃあ、サラ! よろしく頼む!」
「任せろ! アンジェロも頑張ってこい!」
サラが拳を突き出してきたので、俺も拳を突き出しコツリと軽くあてる。
転移魔法でキャランフィールドへ。
さあ、勝つぞ!
*
アルドギスル領アルドポリス。
ニアランド王国との国境沿いに、アンジェロが魔法で構築した防壁が連なる。
「アルドギスル殿下! 殿下はいずこにおわす!」
街の方から防壁へ、騎乗の伝令兵が疾駆する。
街道を一望できる防壁の上から、アルドギスル王子がノンビリとした声をあげた。
「ほーい! ここにいるよー! どうしたー!」
「メロビクス王大国軍とニアランド王国軍が進発したと情報が入りました!」
「わかったー! ありがとー!」
防壁の上から、第二王子のアルドギスルと腹心ヒューガルデン伯爵が手を振って了解を示す。
「いよいよだね! 楽しみー!」
アンジェロが魔法で築いた防壁は、ヒューガルデン伯爵の指揮で改造された。
石壁の上に、木製の櫓や武者返しが設置され、多くの弓兵と魔法使いが配置されている。
投擲用の石や短槍が、そこかしこに積み上げられ、短槍の穂先は鈍い光を放ち、今か、今かと出番を待っているようだ。
さらに、防壁の下、フリージア王国側には、遠くへ石を飛ばす攻城兵器トレビュシェットがズラリと並んでいた。
アルドギスル派の貴族が多数応援に駆けつけ、士気は高く、食料や回復用ポーションなどの物資もたっぷりとある。
ヒューガルデン伯爵は、美しい顔を崩し不敵に笑った。
「本当に楽しみです……。今度こそ裏切り者を根絶やしにしてやりましょう……」
*
シメイ伯爵領の領都カイタックに一機のグースが舞い降りた。
操縦するのは、リス族のベートである。
ベートはキャランフィールドから、シメイ伯爵へ報せを運んできた。
報せを聞いて、シメイ伯爵は嬉しそうに笑った。
「そうか! いよいよか!」
「はい! メロビクス王大国軍とニアランド王国軍が動き出したそうです! ところで、本当に援軍はグース二機だけで良いのですか? アンジェロ王子は、増援可能と言っていましたよ」
当初、アンジェロは、身体能力に優れる獣人を中心とした援軍を、シメイ伯爵領に送り込もうと考えていた。
森と山に囲まれたシメイ伯爵領ならば、獣人が適しているだろうと考えたのだ。
だが、シメイ伯爵は、グース二機だけを援軍として希望したのだ。
「ウチは領民も戦えるからな! 伊達に南部騎士団なんて呼ばれてねえさ! グースが来てくれれば、百人力だ!」
「そう言って頂けるのは、グース乗りとして嬉しいですが……。わかりました! ご武運を!」
「おう! 王子の方も気張ってくれ!」
ベートは再びグースに乗り、空に舞い上がった。
領都カイタックの上空を旋回すると、多くの領民が西へ、メロビクス王大国が攻め込んでくる方へ向かっているのが見えた。
「……普通は敵から逃げるものじゃないのか?」
楽しそうに、まるでピクニックにでも出かけるように戦場へ向かうシメイ伯爵領民を見て、ベートは震え、攻め込んでくるメロビクス王大国軍に同情した。
「スパゲッティの茹で棒で、殴り殺されたくはないな……」
シメイ伯爵領――そこには、悲壮さの欠片もなかった。
*
商業都市ザムザ郊外の南西の平野、ここに第二騎士団が野戦陣を敷いていた。
ローデンバッハ男爵と参謀ポニャトフスキ騎士爵は、『メロビクス王大国進発!』の報せを聞くと、すぐこの場所を戦場に設定したのだ。
「ポニャトフスキ。おいでなすったぞ」
「来ましたな……」
ローデンバッハ男爵とポニャトフスキ騎士爵が見つめる先、平原の向こうに土煙が上がった。
ポニャトフスキ騎士爵の隣で馬にまたがる女魔法使いミオが疑問を口にした。
「なんで、獣人が商業都市ザムザに攻めてくるのでしょう?」
「ミオさん。おそらくはメロビクス王大国の口車にのせられたのでしょう」
「えーと、それはわかりますが、獣人のテリトリーから商業都市ザムザの間には、イタロスの諸都市がありますよね? 普通は通れないですよね?」
ミオの疑問はもっともで、これから攻め込んでくる赤獅子族と青狼族のテリトリーは、フリージア王国と国境を接していない。
イタロス地方の商業都市群が国境を接している。
イタロス地方は王政ではなく、商人の代表者が政治を行う形態だ。
メロビクス王大国から、圧力、有利な商取引の誘い、賄賂などが、イタロスに対して行われ、イタロスはメロビクス王大国に好意的な中立を行うこととした。
ポニャトフスキ騎士爵は、また、ミオの疑問に答える。
仕事の一環とはいえ、会話できるのが非常に嬉しそうだ。
「ミオさん。イタロスの愚か者どもは、獣人の通行を許可したのです。先日、アンジェロ王子たち『王国の牙』が、確認をして来ました」
「ふーん……。メロビクスの口車ですか?」
「まあ、そのような事です。薄汚い外交工作ですので、美しいミオさんが知る必要はありません」
突然春が訪れ、ずっと脳内が春のままなポニャトフスキ騎士爵に、ローデンバッハ男爵は軽くため息をつく。
そして、話題を変えた。
「あー、ミオ殿。馬の乗り心地はいかがかな?」
「とても良い馬ですね!」
「メロビクス王大国の馬だからな」
「へえー!」
母国の馬と聞いて、ミオは顔をほころばせる。
隣に馬を並べるポニャトフスキ騎士爵は思う。
(婚約者の祖父から、アンジェロ王子に贈られた馬だとは言わなくて良いな……。ミオさんの素敵な笑顔を見られるとは……アンジェロ王子に感謝を!)
ポニャトフスキ騎士爵は、敵前であることも忘れてミオの笑顔に見とれていた。
その横でローデンバッハ男爵が、何とも言えないやる気のない表情をした。
(話題の変更に失敗したな……。アンジェロ王子も余計な事をしてくださる……)
アンジェロは、アリー・ギュイーズの祖父ギュイーズ侯爵から贈られた馬を、商業都市ザムザに連れて来た。
「俺は空を飛んで戦うから、誰かこの馬を使って! メロビクス王大国産の良い馬だよ!」
戸惑う馬を余所に、アンジェロは馬や援軍を転移魔法で運び終わると、さっさとキャランフィールドへ帰ってしまった。
(まあ、アンジェロ王子としては、最大限の戦力を与えようとしているのだな)
ローデンバッハ男爵の言う通り、商業都市ザムザには第二騎士団以外の多くの戦力が伏せられていた。
「ピー! ピー! ピー!」
突然、戦場に青狼族の指笛が響き、第二騎士団の面々は、赤獅子族と青狼族が真っ直ぐに突っ込んでくるのが見えた。
予想外の早仕掛けに、ローデンバッハ男爵が舌打ちする。
「チイッ! やつら移動後の休憩もとらずに、いきなり開戦か!」
「さすがは、獣人ですな。伝令! 各部署に伝達! 開戦である! 作戦通りに行動せよ!」
ポニャトフスキ騎士爵の指示で、伝令兵が四方に散った。
フリージア王国軍対メロビクス王大国・ニアランド王国連合軍の戦い。
初戦は商業都市ザムザ郊外で始まった。
女魔法使いミオは、決然と前を向く。
ミオはアンジェロに感謝していた。
敵対していた自分を受け入れてくれたこと。
母国との戦いに自分の参戦を許してくれたこと。
そして、ミオは母国との戦いに意味を見いだしていた。
「今度は……、私自身の未来の為に……、戦うのです!」
ミオの右手から敵に向かって魔法が放たれた。
その動きに迷いはなかった。
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