第118話 冒険者たちの哀歌
シュッ! シュッ! シュッ! シュッ!
ミディアムは、鉄製のギルドカードをボロ布で磨く。
まだ、暗い早朝の宿舎の部屋。
簡素な木のテーブルの上には、きれいに磨かれたミディアムの装備品が並べられていた。
表を磨き終わると、裏。
裏を磨き終わると、側面。
大切な宝石を扱うように、ミディアムはギルドカードの手入れをした。
ギルドカードを磨き終えると、ミディアムは満足してギルドカードを首から下げる。
装備品を身につけていると、仲間が目を覚ました。
冒険者パーティー『砂利石』が泊まっているのは、急ごしらえの木製二段ベッドが並んだ六人部屋だ。
冒険者ギルドの向かいにアンジェロが土魔法で建てた宿泊施設である。
「おーす……」
「おう! 早く支度しろよ! メシ食ったら行くぞ!」
「張り切ってんなあ~」
ハツと言葉を交しながら、ミディアムは身につけた装備品を確認する。
冒険者ギルドから貸し出された革鎧。
ベルトにはショートソードと作業用のナイフ。
布袋やロープと言った道具類。
怪我に備えたポーションと清潔な布。
獲物を運ぶ為の背負子は、仲間が交代で運ぶ。
最後に胸元のギルドカードを指先で弾く。
「忘れ物はねえな……」
ミディアムたちが、見習い冒険者から五級冒険者になり五日がたっていた。
食堂で朝食をかきこみ、弁当を受け取る。
冒険者ギルドへ到着した頃には、陽が昇っていた。
「うーす!」
「おはよーございまーす!」
ミディアムの挨拶に、受付の小さな娘が舌っ足らずな挨拶を返す。
「今日も同じか?」
「はい。『砂利石』さんは、魔の森で魔物討伐をお願いしまーす」
「おう! じゃあ、行ってくらあ!」
「行ってらっちゃーい!」
冒険者パーティー『砂利石』。
スラム街出身のミディアム、カルビ、ジンジャー、レバ、ハツは、いつものようにキャランフィールドの東にある魔の森へ向かった。
午前中の狩りは、ゴブリンとホーンラビットを二匹ずつ仕留めた。
怪我人も出ず順調な滑り出しだ。
昼食の弁当を食べていると長身のハツが、違う場所へ行ってみようと言い出した。
「この辺りの獲物は、もう余裕でしょ! 違う場所で狩りをしてみようぜ!」
ミディアムは、なんとなく嫌な感じがした。
――新人のうちは、無理せず生き残れ!
黒丸のアドバイスを思い出したのだ。
「……どうかな。無理する事は、ねえんじゃ――」
ミディアムの言葉は、他のメンバーのはずんだ声に遮られた。
「いいね!」
「俺たち最強でしょ!」
「雑魚ばっか相手にしてもなあ、そろそろ強いのを狩ろうぜ!」
ミディアム以外の四人は、強気な言葉を繰り返した。
ミディアムは思う。
(ひょっとして、俺が慎重すぎたのか? 俺たちはもっと『ヤレる』のか?)
そんな事を考えていると、ハツがミディアムの肩を叩き無邪気な笑顔を見せた。
「おい、ミディアム! リーダーが、そんな弱気じゃ困るぜ!」
「むっ……。別に弱気じゃねえよ!」
「おっ! そうか? じゃあ、午後は違うところへ行ってみようぜ! 俺たちゃ、冒険者なんだから、冒険しなくちゃ!」
「良いだろう……」
ミディアムは、何となく不安を感じたが、他の四人の勢いに押し切られてしまった。
昼休憩が終わると、ミディアムたち『砂利石』の五人は、北へ向かって歩いた。
魔の森からキャランフィールドへ向かう道を越える。
北の山へ向かって、登りの狭い道が続いていた。
人が一人通れる程度の杣道だ。
ミディアムは、立ち止まり他の四人に相談をする。
「こっちか?」
「行ったことねえな」
「行ってみよう!」
「いいんじゃね」
「決まりだ!」
ミディアムを先頭に五人は縦一列で杣道を進む。
前方からミディアムたちに近づく、人影が見えた。
ミディアムは後ろのメンバーに指示を出す。
「止まれ! 人影が見える! 一応、警戒しろ!」
アンジェロ領キャランフィールドの近くで、住民に敵対する人物はいない。
だが、ミディアムは黒丸に教えられた通り、油断なく警戒態勢をとった。
自身は右手を挙げて、近づいてくる人影に大きく振って見せた。
「おーい! 俺たちは『砂利石』だ!」
ミディアムの呼びかけに、人影が応えた。
「こっちは『白夜の騎士』だ!」
ミディアムは渋い顔をした。
冒険者パーティー『白夜の騎士』は、白狼族のサラたちだ。
ミディアムたちスラムの住人がキャランフィールドに来た初日に乱闘した相手だ。
(気に入らねえ……)
サラたちと再戦しようとは思わないが、肝胆相照らすとはいかないミディアムたちであった。
やがてサラたち『白夜の騎士』は、ミディアムたちとすれ違う。
すれ違いざまサラはミディアムに声をかけた。
「オイ! ミディアム!」
「ああ! なんだよ?」
「この先は、強い魔物がいるぞ! 気をつけろ!」
サラのしゃべり方はぶっきらぼうで、あまり愛想の良いものではなかった。
それでもミディアムは、サラが自分たちを心配して警告してくれていると理解できた。
「……ありがとよ」
サラたちと別れ三十分ほど道を上ると、道は平坦になった。
左右は魔の森である。
ガサッ!
右の方で、草をかき分ける音がした。
すぐさまミディアムが右手を挙げて、後ろに続くメンバーに異常を知らせる。
ミディアムは右側の魔の森に寄り、音がした方向をジッと見るが、草木が邪魔で何も見えない。
背の高いハツがミディアムの横についた。
背の高いハツは、何か見えたようである。
「魔物がいるな……」
「見えるのか?」
「ああ、ちょっと先に開けた場所があって、そこに黒いホーンラビットがいる。でも、角がないし、ちょっと小さいな」
「黒? 角がねえ?」
ミディアムは、嫌な予感がした。
黒いホーンラビットは、今まで見たことがなかった。
オマケに角がないとハツは言う。
(別の魔物じゃねえのか……?)
ミディアムは、先ほどのサラの言葉を思い出した。
『この先は、強い魔物がいるぞ! 気をつけろ!』
ミディアムたちが出会った魔物は、ホーンラビットではなく、キルラビットという別の魔物であった。
角はないが、強力な爪と素早い動きが特徴で、切り裂き攻撃を仕掛けてくる。
体格はホーンラビットよりも小さいが、ホーンラビットより何倍も手強い相手だ。
だが、ミディアムたちは、その事を知らない。
迷うミディアムを放って、ハツが動いた。
「おい! ハツ!」
「俺が正面から仕掛けるぜ! フォローよろしくな!」
自信たっぷりに言うとハツは、槍を片手に魔の森の中へ分け入った。
「チッ! 仕方ねえな……。みんないつも通り回り込め! 俺は左へ行く!」
ミディアムは、単独で左方向へ向かった。
魔の森の中、草をかき分けながら進む。
そろそろと思ったところで、魔物がいる方向へ。
すると魔の森にハツの悲鳴が響いた。
「ギャアー! ああ! あっ……ああ!」
「ハツ……。ハツ!」
ミディアムは、魔の森の中を急いだ。
草をかき分け視界の開けた場所に出ると、地面にハツが倒れ、ハツの上にウサギ型の魔物が乗り鋭い爪を振るっていた。
ハツは血まみれで、ピクリとも動かない。
ミディアムは、顔から血の気が引くのを感じた。
同時にハツを助けようと、大声を上げ突撃を行う。
「おおー! テメー! ハツから離れろ!」
大ぶりなショートソードの一振り。
キルラビットは、余裕を持って回避した。
そこへ逆側から、壁役のカルビが現れた。
手に持った盾ごとキルラビットに覆い被さる。
動きの速いキルラビットだが、攻撃をしたミディアムの逆側からの襲撃に不意を突かれた。
逃げることが出来ずカルビの盾と地面に足を挟まれてしまう。
「KI! KI! KI!」
キルラビットは、脱出しようともがくが、カルビは盾に体重をのせガッチリと抑え付けている。
「今だ! 早くヤレ!」
「おおう!」
「わかった!」
「ヨシ!」
ミディアム、ジンジャー、レバが、手に持った得物を振るう。
動きを封じられたキルラビットは、すぐに討伐された。
だが、戦いが終わっても、ハツはピクリとも動かない。
手先の器用なレバが、急いでポーションを傷口にふりかけ、布を巻き手当をする。
だが、やがて首を横に振った。
「ダメだ……死んじまってる……」
「「「……」」」
ミディアムは考えた。
何か出来る事はないか?
何か手はないのか?
何か……!
「魔法だ……ここにはスゲエ魔法使いがいる……。そいつに治してもらおう!」
ミディアムの言葉に、三人が顔を上げる。
アンジェロ領には、規格外の魔法使いが二人いた。
一人は領主のアンジェロ、もう一人はエルフのルーナ・ブラケット。
「そうだ! 魔法だ!」
「魔法なら……何とか生き返る……かも……」
「魔法使いの所へ、ハツを連れて行こう!」
ミディアムたちに、魔法の知識はなかった。
だが、魔法ならハツを何とか出来るのではないかと、一縷の望みをかけたのであった。
ミディアムは、背負子から獲物を下ろし、ハツをロープでくくりつけた。
「ヨシ! 交代でハツを担ぐぞ! 走るんだ!」
「「「オウ!」」」
ミディアムたちは、これまでに倒した獲物を放りだして走った。
四人で代わる代わる背負子にくくりつけたハツを担ぎ、坂道を下った。
そして、キャランフィールドの冒険者ギルドへ駆け込んだ。
「オイ! 黒丸の旦那はいるか! 黒丸の旦那!」
受付の小さな娘が、大慌てで黒丸を呼びに行く。
ギルド長の部屋から出てきた黒丸は、ミディアムたちを見て大きくため息をついた。
「ハツ……であるか……」
「ああ! 魔物にやられた! 息をしてねえ! なあ、黒丸の旦那! 魔法使いを呼んでくれ!」
「……」
「魔法なら……魔法なら! ハツを助けてくれ! なあ、ここには凄い魔法使いがいるんだろ? 呼んでくれよ!」
「わかったのである……」
黒丸は冒険者ギルドから飛び出し、回復魔法にすぐれたルーナ・ブラケットを連れてきた。
ルーナは、冒険者ギルドの床に横たわるハツを見て、深く息を吐いた。
一目見て、死亡しているとわかったのだ。
ハツに歩み寄るとひざまずき、そっとハツの頭を撫でた。
そして、ミディアムたちに、優しく告げた。
「一度失われた魂は、戻すことが出来ない」
ミディアムは、顔色をなくした。
「そりゃ……どういう意味だ!」
「死んだら生き返すことは出来ない」
「ウソだろう? ウソをつくな!」
「ウソじゃない」
「信じねえぞ! ハツを……ハツを……生き返らせてくれよ! なあ、頼むよ! オイ! あんた凄い魔法使いなんだろ? なあ、頼むよ!」
「……」
ミディアムの言葉が涙に濡れ、ルーナは無言で目を伏せた。
黒丸がミディアムの肩を抱き、しばらくしてミディアムたちは現実を受け入れた。
――ハツは死んだ。生き返ることはないのだ。
ハツの遺体は、その日のうちにルーナが魔法で焼いた。
魔の森の近くでは、死者はゾンビやスケルトンになりかねない。
ハツは骨も残さず灰になった。
訓練場のすぐそばの空き地に、ハツの灰を埋め墓標を建てる。
ルーナと黒丸が、ミディアムたち四人に付き添った。
ルーナが死者の魂に捧げる祈りの言葉を唱え、黒丸が哀惜の念を込め横笛を吹いた。
夕焼けの中、ミディアムたち四人は、地面に穴を掘りハツの灰を埋める。
木の柱を一本。
それがハツの墓標だった。
「これを渡すのである」
「これは……?」
黒丸はミディアムに、ハツのギルドカードを渡した。
死者であることが分かるように、丸い穴が開けられている。
「ハツの遺品である」
「……ありがとよ」
スラムから移住してきたミディアムたち。
スラムでは、沢山の仲間を失った。
病気や怪我。
トラブルに巻き込まれ殺された仲間もいた。
ミディアムたちは、仲間を失うことに慣れていた。
だが、アンジェロ領に移住して、冒険者になり、『砂利石』の五人は、まともな生活を始められた。
ハツの死は、地べたをなめる人生から脱出した矢先だったのだ。
これからという時にハツが死んでしまったことが、ミディアムたちには、たまらなく悲しかった。
――シュッ! シュッ! シュッ! シュッ!
翌日、ミディアムは、いつものように起きて、いつものように支度をした。
まだ、暗い早朝の宿舎の部屋で、ボロ布でギルドカードを磨く。
自分のギルドカードを磨き終えると、ハツのギルドカードを磨き始めた。
ミディアムは、眉根を寄せ一心にハツのギルドカードを磨く。
表、裏、側面と何度も磨く。
やがて、他の三人も目を覚まし、無言で支度をする。
「メシ行こうぜ……」
「おう」
カルビの呼びかけに、ミディアムはいつものように応えた。
装備を身につけ、食道へ向かう。
ミディアムの胸元で二枚のギルドカードが、鈍く光っていた。
「じゃあ、行こうぜ! 今日も稼ぐぜ!」
ミディアムは、ハツを含めた五人に、今日も呼びかけるのであった。
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