第119話 ミート商会
「ハツが死んだ!?」
「そうである。魔物との戦闘で死亡したのである……」
俺が朝一で執務をしていると、黒丸師匠がやって来た。
そこで、スラム街出身の冒険者ハツが死亡したと告げられたのだ。
俺は強い衝撃を受けた。
アンジェロ領の住人で、初めての死者なのだ。
「それで……葬儀は?」
「昨日の夕方済ませたのである。それがしとルーナが同席したのである」
「俺も呼んでくれれば……」
正直、俺も葬儀には参列したかった。
彼らを良く思っていなかったが……。
だが、そのことと葬儀に参列して死をいたむのは別問題だ。
黒丸師匠は、ゆっくりと首を振る。
「止すのである。領主が参列したら、大事になるのである」
「それは……そうですが……」
「ミディアムたちだけで、静かに送ったのである。墓は訓練場のすぐそばに建てたのである」
「後で案内を……。花を供えます」
「そうするのである。ハツも喜ぶのである」
俺は目をつぶりハツの冥福を祈る。
それから黒丸師匠と北部縦貫道路の警備について打ち合わせを始めた。
「魔の森で大規模工事をするには、護衛が足りないのである」
黒丸師匠が、腕を組み、問題点を指摘する。
領都キャランフィールドの冒険者ギルドに所属しているのは、四組のパーティーだ。
・王国の牙:俺、ルーナ先生、黒丸師匠
・白夜の騎士:白狼族サラたち
・エスカルゴ:メロビクス王大国出身者
・砂利石:スラム出身者
「アンジェロ少年やルーナは、別の仕事もあるので警備に回せないのである」
「黒丸師匠もギルド長の仕事がありますよね。それも二拠点……」
「そうなのである。動かせるのは、三つのパーティーであるな」
「中堅パーティーが二組。初心者パーティーが一組」
「台所事情が苦しいのである。商業都市ザムザから、中堅パーティーを一組なら回せるのであるが」
「合計四組ですね……もう、二組くらい欲しいですね」
「そうであるな」
魔の森は奥へ行けば行くほど強い魔物が出てくる。
北部縦貫道路の工事を始めた時点では、強い魔物は出てこない。
ゴブリンやホーンラビットが中心だから、四組いれば余裕だ。
だが、工事が進んで、魔の森奥の方となると……四組では不安だ。
それにアンジェロ領周囲の魔物討伐もしてもらいたい。
「白狼族に人を出してもらいましょう」
「それが良いのである。白狼族なら心強いのである!」
「あとは……この前、交易をしたセイウチ族に相談してみます。他の獣人もいるそうなので、出稼ぎしたい人がいれば、キャランフィールドに来てもらうのはどうでしょう?」
「名案であるな。普段狩りをしている獣人がいると良いのである」
こうして黒丸師匠との打ち合わせを終え、俺は書類仕事に戻る。
じいがいないから、やることが多いな……。
*
リス族のベートは、異世界飛行機グースを操縦していた。
「もう、そろそろだ……」
今日は、アンジェロ領キャランフィールドから、アルドギスル領、領都アルドポリスへの定期便運行である。
後部座席に搭載したクイック一樽の配達と、『じい』ことルイス・コーゼン男爵へ手紙を渡すのが仕事だ。
朝一でキャランフィールドを出て海岸沿いを南西へ飛行する。
昼頃、南へ折れればゴールは目前だ。
「見えた!」
遠くにアルドポリスの街が見えた。
――アルドギスル第二王子領。
ここは、旧エノー伯爵領である。
敵国ニアランド王国と隣接した最前線の領地だ。
裏切ったエノー伯爵の領地だったこともあり、アルドギスル領に変わった際に、街の名前を『アルドポリス』と改名。
さらに、ヒューガルデン伯爵の指揮により、『臭う』官吏も一掃された。
旧エノー伯爵領は、生まれ変わったのである。
街が近づくとベートはぼやきだした。
「キャランフィールドやザムザみたいに、街の外に飛行場を造ってもらいたいな……」
アルドポリスの飛行場は、街の中にあった。
領主館の横に飛行場が造られたのだが、滑走路が街道を横切っているのだ。
アルドギスル領は、ニアランド王国と隣接していて人の行き来が盛んな場所である。
商業都市ザムザ
↓
フリージア王国王都
↓
ニアランド王国王都
↓
メロビクス王大国王都
陸上交易の大動脈――メロビクス街道だ。
そのメロビクス街道と滑走路が十字にまじわっているのだ。
徒歩、馬車……沢山の人々が、メロビクス街道を移動している。
「やれやれ……」
ベートは、ぼやきながらグースを操り、領主館の上空を周回する。
すると兵士が十人ほど館から飛び出してきて、メロビクス街道で交通整理を始めた。
「ここでしばらく待て!」
「危ないぞ! 入るな!」
「早く出ろ!」
兵士たちが槍を掲げて街道の通行を遮断する。
人間踏切だ。
「よしっ……出てくるなよ……」
街道では、沢山の人がグースの着陸を見守っている。
興奮して飛び出す人がいないことを祈りながら、ベートはグースを滑走路へ下ろした。
*
ベートは、アルドポリスの領主館で、クイック一樽を引き渡した。
残る仕事は、コーゼン男爵にアンジェロからの手紙を渡すだけである。
コーゼン男爵は、アルドポリスの街中にある『ミート商会』にいると聞いていた。
ベートは、ミート商会を探す。
「ミート商会……ミート商会……。ここか!」
ミート商会は、ごくごく平凡な商家だった。
レンガ造りの細長い三階建ての建物で、店に入ると香辛料や塩が並べられていた。
ベートは、キャランフィールドを出る時に指定された言葉を、店員に告げる。
「すいません。アンジーさんから手紙を預かっているのですが?」
すると店員はスッと目を細めた。
口元の笑顔を消さずに、指定通りの言葉をベートへ返して来る。
「どなたへの手紙でしょう?」
「ご隠居様へ」
「でしたら、三階にお上がりください」
ベートは、店の奥に目立たなくしつらえられた階段から三階へ上がった。
体格の良い男が、廊下の壁に背をもたれかけていた。
男はベートをチラリと見た。
「合言葉は? ミーと?」
ベートは緊張しながら、教わっていた合い言葉を伝える。
「コウモン」
すると男は、廊下の奥にあるドアをアゴでしゃくった。
「よし、入れ!」
廊下の奥にあるドアを開くと、そこには『じい』ことルイス・コーゼン男爵がいた。
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