第117話 北部縦貫道路

 俺は海獣人セイウチ族と海産物取引をした。

 族長のヒマワリさんから得た情報を、早速じいに伝えることにした。


 じいは、アンジェロ領キャランフィールドにいない。

 アルドギスル兄上の領地に出張っている。


 俺はじいに手紙を書いた。

 大まかな手紙の内容は、以下の通りだ。


 ・エリザ女王国で鉄製品が値崩れした。

 ・時期は、一月前。四月頃。

 ・情報の出所は、海獣人セイウチ族のヒマワリ族長。

 ・セイウチ族の近くに他の獣人も住んでいる。

 ・彼らはエリザ女王国としか、交易がなかった。


 アルドギスル兄上の領地へ向かうグース定期便に、じいへの手紙を預けた。



 グースを見送り、冒険者ギルドへ向かう。

 これから、黒丸師匠と打ち合わせだ。


 ギルド長の部屋――黒丸師匠の部屋にある応接セットに座る。

 目の前のテーブルには、黒丸師匠が書いた地図が広げられている。


 領都キャランフィールドから、商業都市ザムザまでの地図だ。


「ありがとうございます!」


「この地図を作るのは、大変だったのである……」


 そりゃそうだ。

 この地図は人が通る所は描かれていない。

 描かれているのは、魔の森の中を流れる川や崖など、人が立ち入らない場所だ。


 黒丸師匠は商業都市ザムザとキャランフィールドの冒険者ギルド長を掛け持ちしている。

 二つの街の間を、しょっちゅう飛行しているのだ。


 そこで、俺は黒丸師匠に、上空からの偵察と地図作りをお願いした。


「本当にやるのであるか?」


 黒丸師匠は、呆れた声を出す。

 俺は顔を上げニヤリと笑った。


「ええ。北部縦貫道路の建設に着手しますよ!」


 北部縦貫道路――俺の領地開発構想の目玉だ。


 商業都市ザムザは、大きな湖の畔にある。

 この湖から川が流れていて、領都キャランフィールド東側にある魔の森の中につながっている。


 この川沿いの木を切り倒し、魔の森の中に一本道を開通させるのだ。


「無茶なことを考えるのであるなあ……」


「そんな遠い目をしてもダメです! やりますから! ルート的には大丈夫そうですよね?」


「ふむ……。上空から見た限りでは大丈夫そうである。川が蛇行しているのは一カ所であるな」


「ここですね……」


 黒丸師匠が地図を指さす。

 俺はS字に川が湾曲している箇所を確認した。


「ここ以外、川は、ほぼまっすぐに流れているのである」


「じゃあ、川沿いに道路を建設すれば、キャランフィールドとザムザを最短距離で結べますね」


「そうである。しかし、大きな予算が必要になるし、労力も大変である。やる価値があるのであるか?」


「ありますよ」


 俺は黒丸師匠に、北部縦貫道路について説明をした。


 北部縦貫道路は、商業都市ザムザとキャランフィールドを連結する道路だ。


 大陸貿易の一大拠点である商業都市ザムザと港のある領都キャランフィールドが、道路でつながる。


 陸上貿易と海上貿易を連結させる効果があるのだ。

 二つの街をつなぐ、経済効果は大きいと予想している。


 先日のセイウチ族のように、陸上貿易で取り扱う香辛料を欲しがる人もいる。

 逆に海上貿易で取り扱う商品を、内陸で欲しがる人もいるだろう。


「確かにそうであるな」


「それに、ニアランド王国を弱体化させる狙いもあります。長期的にですけど」


「ニアランドを? どういうことであるか?」


 俺は地図の上に指を滑らせる。

 地図の外側になるが、ニアランド王国の港がある地点を指さす。


「ニアランド王国の港は、ここです。まさに、陸上貿易と海上貿易の結節点です。ニアランドは、高い関税をかけているのですよ」


「なるほど……。ニアランドの港から、ここキャランフィールドへと――」


「ええ。貿易の結節点を移すのです。ニアランドより安い関税率にすれば、港を利用する商船を、ごっそり奪い取れます」


「ニアランドの税収が減るわけであるな。戦争どころでは、ないのである」


「ふふ。経済戦争で負けてもらいますよ。まっ、すぐに効果は出ないと思うので、あくまで長期的な話です」


「ふう……。わかったのである。アンジェロ少年が、そこまで考えているなら反対しないのである」


「ありがとうございます。冒険者ギルドには、作業員の護衛を依頼します」


「承ったのである」


 魔の森の中に道を通すのだ。

 当然、魔物の襲撃がある。

 作業員の安全確保の為に、冒険者の護衛は必須だ。


 話を終え、俺が帰ろうとすると、黒丸師匠から元スラムの冒険者たちの話があった。


「ミディアムたちは、長い目でみてやって欲しいのである」


「……と言うと?」


「アンジェロ少年は、ミディアムたちを、あまり好いてないと思うのである」


「まあ、あまり良い印象はないですね……」


 スラムの住人と言っても、全員が悪党というわけではない。

 元住民からの聞き取りによると、本当の悪党は事前に情報を察知して、逃げてしまったらしい。


 俺の領地に移ってきたのは、住むところがないので仕方なくスラムに住んでいた人や仕事がなく貧しかった人がほとんどだ。


 最初は、強制移住だったので反発もあった。

 だが、食事、仕事、共同住宅を与えたら、態度は軟化した。


 今では、みんなそれぞれの持ち場で真面目に働いている。


 一方で、ミディアムたちは、態度が悪かった。

 どこの職場でも受け入れを拒否されたのだ。


 そんな経緯があるので、俺のミディアムたちへの印象は悪い。


 黒丸師匠は、俺の気持ちがわかっていると言うように、うんうんと何度もうなずいた。


「わかるのであるよ。彼らは態度が悪いのである。けれど……、なんと言うのであるか……。アンジェロ少年とは、生まれ育った環境があまりにも違うのである」


「……それは、どういう意味でしょうか?」


「アンジェロ少年は、王宮で生まれ育ったのである。衣食住に苦労したことはないであるな?」


「それは……、そうですね」


「周りは、常識や良識のある人であるな? 愛情を注がれたであるな?」


「はい」


「彼らは、違うのであるよ。生まれた時から、貧しく。愛情の代わりに、暴力を注がれて育ったのである。態度が悪いというよりも、身構えて警戒している。いや、ああして、強い態度でいないと生きていけない環境だったのであるな」


「ふう~。おっしゃりたいことはわかります……」


 重たい話に、俺は深いため息をついた。

 確かに、そうだ。

 酷い環境で育てば、俺もそうなってしまうかもしれない。


 だから、ミディアムたちのことは、長い目で見ろ……か……。


 黒丸師匠がミディアムたちをかばう。

 それは、俺にとって、少し面白くない。

 黒丸師匠の愛情を取られたような気がするのだ。


 まあ、でも、そんな事で、ヤキモチを焼いても仕方が無い。


 優秀な冒険者が増えるのは、キャランフィールドの安全の為に喜ばしいことだ。


 俺はそんな風に考えて、もやっとした気持ちを抑え込んだ。


「わかりました。すぐにどうこうする事はないとお約束します」


「ありがとうである」

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