第88話 裏切りのステップ
ハジメ・マツバヤシは、お付きの女魔法使いミオと数名の騎士を連れて、戦場から離れていた。
商人ゲロッパを通じ、フリージア王国宰相エノー伯爵から、話し合いの場を設けたいと、再度誘いがあったのだ。それもニアランド王国副将アラルコンも同席したいと。
彼がいるのは、メロビクス、ニアランド、フリージアの三カ国がにらみ合う戦場から、北に離れた森の中だ。
「あれか」
森の中に白い天幕が張られている。
天幕の周りには、警備の兵士が十数名。
そして、兵士に交じって商人ゲロッパがいた。
女魔法使いミオが、警戒感をあらわにした。
「……大丈夫なのでしょうか?」
「たぶん大丈夫だよ」
「ハジメ様! 天幕に入った瞬間、殺される可能性もあるのですよ!」
女魔法使いミオの心配をよそに、ハジメ・マツバヤシはいつもと変わらぬ軽い調子だ。
「ミオには、コレを渡しておくよ」
「コレは!?」
「グロック19。僕が持っているのと同じ拳銃だよ。ミオの分を取り寄せたんだ。撃ち方は、前に教えたから分かるよね?」
「はい」
女魔法使いミオは、ハジメ・マツバヤシから拳銃を受け取った。
グロック19は、オーストリアのグロック社が開発した小型オートマチック拳銃だ。
9ミリパラベラム弾を15発装弾可能。
拳銃本体にプラスチックが多用されていて、軽量小型で女性でも扱える。
「魔法は発動まで時間がかかるでしょ? ヤバそうだったら、その拳銃をぶっ放して逃げよう」
「わかりました」
女魔法使いミオは、ハジメ・マツバヤシから拳銃を借りて試射した事があり、拳銃の威力、射撃速度の早さは理解していた。
魔法のように発動までに時間がかからない。
構えて、狙い、引き金を引けば、敵に対して鉄の弾が発射される。
(これがあれば……。ハジメ様と私で拳銃を撃って牽制し、逃げることが出来る……)
「ほら、予備のマガジンもあげるよ」
「よろしいのですか? この拳銃は入手困難な魔道具だと、以前伺いましたが?」
「ミオは特別だよ! 僕とミオの仲だからね!」
「ありがとうございます」
「じゃあ、行こう!」
ハジメ・マツバヤシ一行は天幕に向かった。
天幕の前で商人ゲロッパが、ハジメ・マツバヤシ一行を迎える。
「お待ちしておりました。天幕の中には、護衛をお一人だけお連れ下さい」
ハジメ・マツバヤシは、女魔法使いミオを連れて天幕に入る。
天幕では、フリージア王国宰相エノー伯爵が、ハジメ・マツバヤシを迎えた。
この会談の発起人だ。
天幕の中は広く、中央にテーブルが置かれている。
既に一人、ニアランドの軍装に身を包んだ男が席についている。
先日フリージア陣内で顰蹙を買ったニアランド王国副将アラルコンだ。
ハジメ・マツバヤシは一番奥の席に案内され、宰相エノー伯爵も席に座った。
女魔法使いミオは、ハジメ・マツバヤシの後ろに立ったまま控えた。
「では、お互い名乗っておきましょう。まず私から、フリージア王国宰相エノーでございます」
「メロビクス王大国伯爵ハジメ・マツバヤシだ」
「ニアランド王国が副将アラルコン」
宰相エノー伯爵は、笑顔を絶やさず。
ハジメ・マツバヤシは、ニヤニヤと笑い。
ニアランド王国副将アラルコンは、卑屈な笑顔を顔面に貼り付けていた。
最初にハジメ・マツバヤシが、口を開いた。
相変わらずの軽い口調だ。
「で、何について話し合うのかな? メロビクスは王宮も貴族もこの戦争に乗り気でね。和平を持ちかけられても、僕は困るよ」
宰相エノー伯爵と副将アラルコンは、顔を見合わせて
「マツバヤシ伯爵。我らはメロビクス王大国と対立するつもりはございません」
「その通りです! メロビクスは大国! 我が国は、メロビクスの犬になれと言われれば、犬にもなりましょう」
特にニアランド王国副将アラルコンは、卑屈にへりくだってみせた。
強者に対しては、徹底して下に出る。
それがニアランド王国の伝統的な外交方針なのだ。
二人の態度を見て、ハジメ・マツバヤシのニヤニヤ笑いが一層強まる。
「ふーん。それで、降参でもするの? 属国にでもなるの?」
五才の子供が行儀悪く足を組み、大人二人に対して意地悪な言葉を投げつける。
普通の大人なら、普通の貴族なら、怒ってテーブルを蹴り上げるだろう。
しかし、宰相エノー伯爵と副将アラルコンは下手に出た。
「属国というのは、いささか外聞が悪うございます。友好的な同盟を結びたいということでいかがでしょうか?」
「ニアランドは従属的な同盟関係でも受け入れる準備がございます」
ハジメ・マツバヤシは、良い気分だった。
宰相と副将、一国を代表する人間が、自分にペコペコしている。
いっそ靴の裏をなめろと命令してみようかと、上機嫌で想像してみた。
同時にメロビクス王大国軍を率いるシャルル・マルテ将軍や他の貴族の顔を思い浮かべた。
彼らは戦果を欲している。
装備を一新した軍の力を試してみたくて仕方がないのだ。
果たして、戦わずに両国の従属を受け入れるだろうか?
ハジメ・マツバヤシは、とりあえず曖昧な返事を返した。
「どうかなあ……」
「まずは、我らの提案をお聞きいただけませんか?」
「まあ、聞くだけなら……」
宰相エノー伯爵は、ニアランド王国と打ち合わせ済みの提案を話し出した。
「まず、メロビクス王大国軍は、我がフリージア王国軍に攻撃をして下さい」
「ふん、ふん」
「貴国が攻撃を始めたら、ニアランド王国も我がフリージア王国軍に攻撃を開始します」
「えっ!?」
ハジメ・マツバヤシは、きょとんとした。
フリージア・ニアランド連合のうち、ニアランド王国が裏切ると、宰相エノー伯爵は言っているのだ。
ハジメ・マツバヤシの驚きが一段落するまで、宰相エノー伯爵は待った。
落ち着いたところで、話を再開する。
「ニアランド王国軍が、我がフリージア王国軍を攻撃し始めたら、第一王子ポポ殿下の軍が後退します。すると我がフリージア王国陣にスペースが出来るでしょう」
「……」
「そこを貴国の重装騎兵で押し込み。フリージア国王の首級をお取り下さい」
「正気かい……」
ハジメ・マツバヤシは、それっきり沈黙した。
(罠だろうか?)
一つの可能性として――この会談は大きなトリックの一環で、宰相エノー伯爵が話したことを信じてメロビクス王大国軍が行動すると、メロビクス王大国軍は罠にはまる。
そこまで考えたが、その可能性を否定した。
(この異世界は、無線も携帯電話もないからな。一万を超える大軍同士の戦いで、壮大な罠は無理だ。それに国王を殺せ……罠の餌としてはバカバカし過ぎる。誰も信じないだろう……)
ハジメ・マツバヤシは、罠の可能性を排除して考えたが両国の狙いが分からなかった。
素直に降伏をすれば、それで済む話だ。
何より、国王が戦死する事で、フリージア王国にどんな得があるのだろうか?
「わからないな……」
「何か?」
「ねえ。国王が戦死するんだよ!? エノーさんの所は、何も良いことないでしょう? 何の得があるの?」
宰相エノー伯爵は、にっこりと笑った。
「そこでお願いですが、次の王は第一王子のポポ殿下に。両国の後押し、後見をお願いしたいのです」
「ああ! そういうことか!」
ハジメ・マツバヤシは、配下の騎士に集めさせたフリージア王国の情報を思い出した。
フリージア王国は、第一王子と第二王子の二派閥が、次の王位を巡って争っている。
宰相エノー伯爵の話は、フリージア王国内の王位継承争いでもあると理解が及んだ。
ハジメ・マツバヤシは、ニアランド王国副将アラルコンに向いた。
「ニアランドは、それで良いの?」
「はい。第一王子のポポ殿は、我が国ニアランド王国の血をひいておりますし、ニアランドの姫とご婚約もしております」
「そう、それなら、ポポさんが王様になった方が良いね」
次に、宰相エノー伯爵に向く。
「フリージアは……というより第一王子のポポさんはいいの? 間接的に父親を殺すことになるけど?」
「はい。ポポ殿下におかれては……、既に覚悟は出来ております。国王陛下、お父君のお命は大切であるが、それよりも国と民の安寧こそが望みである……と」
「ふーん」
ハジメ・マツバヤシは、心の底から面白いと思った。
国王である父親の命より、国や民が大切。
だから、父親を敵国に売る。
何という詭弁!
何という醜さ!
何という面白さ!
声にこそ出さなかったが、心の中でゲラゲラ大笑いした。
(絶対、自分が王様になりたいだけだよね! 面白いね! 兄弟が憎しみ合って、子供が父親を殺すか! いや、楽しませてくれるなあ!)
ハジメ・マツバヤシは、笑いをかみ殺し返事をした。
「わかった。シャルル・マルテ将軍に話すよ。なーに任せて、きっと上手くいくよ」
ハジメ・マツバヤシ一行は、天幕を後にするとメロビクス王大国軍陣に急いだ。
女魔法使いミオは、ハジメ・マツバヤシを前に抱き馬上にあった。
天幕の中で聞いた話が、どうしても受け入れられなかった。
「ハジメ様、あのような醜悪な策……よろしいのですか?」
「いいの、いいの。だって、面白いじゃなーい」
「はあ、しかし……」
「ふふ、僕は滅茶苦茶に壊すのが楽しいのさ」
女魔法使いミオは、いつものように諦めることにした。
メロビクス王大国軍指令のシャルル・マルテ将軍は、ハジメ・マツバヤシの持ち帰った案を採用した。
彼は手柄を立てたかったのだ。
宰相の息子として、誰もが認める手柄が。
その為、策の醜悪さを分かっていながら、この話にのった。
詳細を詰めるべく、シャルル・マルテ将軍自身が宰相エノー伯爵と会談を行った。
戦後、ニアランド王国とフリージア王国は、いくつかの領地をメロビクス王大国軍に割譲し、従属的な同盟関係を結ぶ。
メロビクス王大国とニアランド王国は、フリージア王国第一王子ポポが王位につくことを承認する。
かくして、第一王子ポポ、宰相エノー伯爵、ニアランド王国の裏切りが決まったのであった。
*
フリージア王国第一王子のポポは憂鬱だった。
「エノー、本当にこれで良いのか?」
「では、お止めになりますか? 王位は、アルドギスル王子かアンジェロ王子の手に落ちますが?」
「……化粧をする男や平民腹に王位をくれてやるわけにはいかん」
「でしたら、実行あるのみでしょう」
「……」
ポポは愚かだった。
そんなポポでも、父殺し――国王を弑する事が、許されざる事であると分かっていた。
だが、アルドギスルとアンジェロに負けたくない気持ち、権力に対する執着は、良心や罪悪感に勝ってしまった。
最初から罪悪感も良心もない宰相エノー伯爵は、自信たっぷりに言ってのけた。
「ご心配なく。万事このエノーにお任せ下さい」
「わかった。任せる」
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