第89話 メロビクス王大国軍戦1

 メロビクス王大国軍は、少しずつ動きを活発化させた。


 最初は構築した野戦陣地への威力偵察だった。

 一人の魔法使いと二十人の大盾を持った重装備兵士のチームが、何度かちょっかいをかけてきた。


 俺たちフリージア王国魔法使いが構築した石壁を、敵魔法使いが崩そうと試みたのだ。


 何度か『砂化』の土魔法を発動して、石壁を崩そうとしていたが、石壁には印術を施してある。

 敵の魔法使いも印術に気がつき、重装備の兵士に守られながら撤退していった。


 あちこちの石壁に仕掛けてきたので、おそらく穴になる崩せそうな石壁を探していたのだろう。


 お生憎様。

 こっちは、偉大なるハイエルフ――ルーナ先生が、スパルタ方式で魔法使いを指導し、指示を出しているのだ。


 フリージア王国軍に所属する俺以外の魔法使いにとっても、何百年も生きているルーナ先生は偉大な先達だ。

 言うなれば――マスター・オブ・ザ・マジシャン。


「そこ! 印術はしっかり切る! 手を抜かない!」


 ルーナ先生に、叱られれば、どの魔法使いも背筋を伸ばして指導に従う。

 あのジト目が、フリージア王国軍陣中ににらみをきかしているのだ。

 俺たちフリージア王国軍の魔法使いが、石壁作りに手を抜ける訳がない。


 三日もすると、メロビクス王大国軍側も石壁を崩すのが難しいと判断したらしく、次の手を打ってきた。


 木製の馬防柵に火をつけるのだ。


 二十人ほどの敵歩兵隊が、馬防柵に油をかけて撤退する。

 そこへ遠距離から弓隊が火矢を放つ。


 しかし、丸太を積み上げた馬防柵は、乾燥しきれていないので、なかなか燃えない。

 木材で組んだ馬防柵に火がつけば、味方の魔法使いが急行し水魔法で消火する。


 俺たちが受けた被害は、馬防柵を五つ燃やされただけで済んだ。


 馬防柵への攻撃は、二日で終わった。


 そして今日になって、メロビクス王大国軍の雰囲気が変わった。

 朝食を食べているとルーナ先生が、気がついたのだ。


「炊煙が多い……」


「炊煙?」


「食事を作る際に出る煙の事。メロビクス王大国軍の炊煙が昨日より多い」


 アンジェロ隊全員の目が、メロビクス王大国軍に注がれる。

 なるほど、確かにルーナ先生の言う通り、メロビクス王大国軍陣地から沢山の炊煙が上がっている。


「兵糧不足から回復しましたね。さては、本国から補給が到着したな」


「ふむ。兵士の体力が、回復したと見るべきである」


 俺の言葉に黒丸師匠が見解を付け加える。

 そして、じいがうなる。


「これは来ますな……」


 従軍経験のあるルーナ先生と黒丸師匠が、じいの言葉にうなずく。


「いよいよ来るか……」


 俺たちは、急いで朝食をかき込み戦闘に備えた。



 それから一時間もしないうちに、メロビクス王大国軍の本格的な攻撃が始まった。

 戦場に角笛の音が響き渡り、メロビクス王大国軍が前進した。


 アンジェロ隊では、異世界飛行機グースを発進させた。


「一番機から順次発進せよ!」


 隊長機を先頭にして、次々にグースが空へ舞い上がっていく。


 今日のグースはいつもと編成が違う。


 パイロットは今までと同じリス族だが、後部座席には魔法使いを乗せている。

 シメイ伯爵と第二騎士団長ローデンバッハ男爵から派遣された魔法使いだ。


 一~三番機は、シメイ伯爵隊所属の魔法使いが乗る。

 四~六番機は、第二騎士団所属の魔法使いが乗る。


 シメイ伯爵隊、第二騎士団ともに前線にいる。

 アンジェロ隊のグースは、上空からこの二隊を援護だ。


 魔法使いには、アンジェロ領の三日月草を原料にした魔力回復薬を持たせてある。

 長時間に渡って活動が可能だろう。


 グースの発進を見届けた後、俺、ルーナ先生が飛行魔法で上空へ。

 黒丸師匠も続いて空へ上がる。


 俺たち『王国の牙』は予備戦力になっているので、上空から戦況を眺めるのだ。


 平原の東西で両軍が対峙している。

 地図で見ると左側、西にメロビクス王大国軍。

 地図で見ると右側、東にニアランド・フリージア王国連合軍。


 ニアランド王国軍は、東側でも北よりに陣取り。

 フリージア王国軍は、東側の南に陣取っている。



 -----------------


 メロビクス王大国軍:▲

 ニアランド王国軍:○

 フリージア王国軍□



 ▲  ○

 ▲  ○

 ▲  ○

 ▲  □

 ▲  □

 ▲  □



 -----------------



 メロビクス王大国軍の先頭は、大盾を構えた歩兵部隊だ。

 後ろに弓隊が続く。


 昨日と同じく馬防柵の破壊を開始したが、昨日と違うのは、敵兵士数の多さだ。


 馬防柵に油をかけて火をつける。

 ロープを引っかけ引き倒し、大槌でたたき壊そうとする。


 対して、味方の歩兵が馬防柵越しに槍を振るい、矢を放つ。


 そこへメロビクス王大国軍の弓隊の矢が降り注ぎ、味方の反撃の矢がメロビクスの弓隊に降り注ぐ。


 ルーナ先生が落ち着いた口調で解説をしてくれる。


「戦況は安定している。敵は馬防柵や石壁を崩せない。味方がしっかり守っている」


「なるほど」


「敵の矢によって、味方に被害が出ている。けれど、味方も反撃しているので問題ない」


「五分と言う所でしょうか?」


「柵や石壁の内側にいる分だけ、味方が有利」


 ルーナ先生の解説を聞きながら、改めて前線を見る。

 確かに敵の被害が大きい。


 メロビクス王大国軍とニアランド・フリージア連合軍の兵数は、五分だ。

 このまま時間が経過して、馬防柵や石壁を挟んだ戦闘が続けば、消耗するのはメロビクス王大国軍。


 気になるのは、敵主力の重装騎兵だ。


「ルーナ先生。重装騎兵は?」


「敵は馬防柵や石壁を崩さない限り、重装騎兵を投入できない。今のところ敵主力――重装騎兵を、戦わずして無力化している」


 重装騎兵は強力だが、その力を生かすには突撃を行う障害物のないスペースが必要だ。

 フリージア王国軍は、馬防柵や石壁で野戦陣地を構築している。


 どうやら、立ち上がりは俺たちフリージア王国軍優勢と言うことらしい。


 シメイ伯爵、第二騎士団の方を見る。

 この二隊は一番南側、フリージア王国軍の外側に配置された。


 両隊とも問題なさそうだ。

 グースも上空から、魔法攻撃を行い、それが良い牽制になっている。


 フリージア王国軍中央は、第二王子アルドギスル兄上派閥の貴族が固めている。

 ここが一番敵の攻撃が激しいが、味方の兵数も多い。


 味方に被害が出ているが、上手く予備の兵士と入れ替えを行い、戦線を維持している。


「はっはー! みんな頑張れ! 頑張れ!」


 アルドギスル兄上は、前線に近いところに出て味方を鼓舞している。

 怖がって後ろにいるかと思ったけれど、アルドギスル兄上は意外と度胸があるな。

 指揮は部下任せだが、そこに立っているだけで立派だし、味方も励まされるだろう。


「ポポの所は、攻撃が少ない」


 ルーナ先生の指摘で、フリージア王国軍の一番北側――ニアランド王国軍に一番近い位置に視線を移す。


 ポポ兄上の所は、馬防柵が少ない。

 俺から木材や丸太を、あまり買っていないからだ。


 魔法使いが石壁を作ってあるが、フリージア王国軍の中でも守りが薄いエリアだ。


 メロビクス王大国軍の歩兵攻撃が、ほとんど行われていない。

 注意して見ると、隣に陣取るニアランド王国にも敵の攻撃が少ない。


「敵に何か狙いがあるのか?」


「あれであるな! 重装騎兵が動いているのである!」


 黒丸師匠の指さす先を見る。

 メロビクス王大国軍の後方に控えていた重装騎兵が、北側へ動いている。


「配置変更?」


「おそらく北側のニアランド王国軍とポポ隊に、重装騎兵をぶつけるのである」


「あそこは守りが薄いですからね……」


 ポポ兄上の陣は馬防柵が少ないが、ニアランド王国軍陣地はもっと少ない。


「重装騎兵を突撃させるのかな?」


「そうであるな。横一列は無理でも、突撃する隙間はあるのである。それがしなら、そこからこじ開けるのである」


 俺たち三人は、上空から戦闘を注視した。



 *


 第一王子のポポは陣中で、落ち着かないでいた。

 初陣の緊張と味方を裏切る罪悪感に押しつぶされそうであった。


 ポポの隣に控える宰相エノー伯爵が、ポポにしか聞こえない小声で話しかけた。


「ポポ殿下。落ち着ついて下さい。兵士が見ておりますぞ」


「う、うむ……」


「メロビクス王大国軍は、示し合わせた通りの動きをしております」


「そう……なのか?」


「はい。他の箇所に比べて、我らの隊への攻撃は薄いです」


「では、そろそろか……」


 ポポは椅子から立ち上がり、座り直した。

 宰相エノー伯爵は、ポポを励ます。


「何のご心配もございません。我らはメロビクスとニアランドに押されたフリをして、後退すれば良いのです。誰も裏切りとは気がつきますまい」


「そ、そうだな……上手くいくだろうか?」


「大丈夫です。ご安心を」


「……わかった」


 ポポは真っ青な顔で、水を飲む。

 宰相エノー伯爵は、艶々した血色の良い顔で、野戦食の干し肉を噛み千切った。

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