第87話 戦場の心得
――軍議から五日が経過した。
俺はひたすら石壁を魔法で生成している。
フリージア王国軍は、歩兵が木材で馬防柵を築き、魔法使いが石壁を生成し、全軍を上げて陣地構築をしているのだ。
五日前の軍議では、フリージア軍の行動方針を巡って議論が白熱した。
速攻を主張したのは、第二騎士団長のローデンバッハ男爵と副官ポニャトフスキ騎士爵だ。
「メロビクス王大国軍は、いまだ兵糧の回復が出来ていないでしょう。その間に叩くべし!」
「しかり! 速攻で打って出るべし!」
多くの貴族が賛成した。
一方で慎重な意見も出た。
シメイ伯爵だ。
「いや、待て! 俺はメロビクス王大国軍と剣を合わせてきた。不意打ちをしたから、苦戦はしなかったが、装備は充実していたぜ。真っ正面からぶつかるのは、不味いだろう」
この意見に賛同する貴族も多かった。
シメイ伯爵は、異世界飛行機グースとの連携でメロビクス王大国軍の略奪部隊と戦ってきた。
空から魔法による奇襲攻撃を行い、敵が混乱したところでシメイ伯爵たちの地上部隊が突撃する。
メロビクス王大国軍の略奪部隊としては、敵がいないと思っていた村や町で、突如空から攻撃を受け、空に意識を向けたら地上から更に攻撃を受ける、不意打ちの連発を食らったのだ。
そのため、シメイ伯爵の損害は軽微で済んだ。
しかし、この見通しの良い平原では、このパターンの奇襲は使いづらい。
空からの攻撃は、そろそろメロビクス王大国軍も警戒しているだろう。
シメイ伯爵の言う通り、正面からガチでぶつかることになる。
そうなると――。
「うーん……重装騎兵か……。あの突撃は厄介だ……」
どこからともなく警戒する声が聞こえだした。
会議の流れが慎重論に傾いたところで、第二騎士団副官のポニャトフスキ騎士爵が、作戦を提案した。
「でしたら、野戦陣地構築はいかがでしょう?」
全員の目がポニャトフスキ騎士爵に注がれる。
第二騎士団長ローデンバッハ男爵が、手で『話せ』と促す。
「重装騎兵の恐ろしさは、衝撃力です。通常の騎兵は機動力が武器ですが、重装騎兵は違います。大きな馬体と重装備の騎士が、ドン! と敵兵にぶつかり、粉砕する『重さ』が武器です」
なるほど。
俺はポニャトフスキ騎士爵の解説にうなずく。
「さらに、守備力も高い。騎士の丈夫な鎧、馬にも鎧をつけておりすので、矢をはじき返します。重装騎兵が突撃を始めたら、その勢いを止めるのは歩兵や弓兵では難しいのです」
俺は想像をしてみる。
異世界飛行機グースに乗って、上空から重装騎兵を見たことがある。
あれが集団になって、平原を走り、スピードがたっぷりのった突撃を敢行する。
歩兵じゃ止められないな。
「そこで、我が軍の周囲に馬防柵、壁など障害物を築き、重装歩兵が突撃できないようにするのです。これが野戦陣地構築案です」
「「「「「おお! なるほど!」」」」」
大天幕の中に納得した声が響く。
うん。分かる話だ。
騎馬突撃を封じることで、重装騎兵の長所『衝撃力』を殺すことが出来る。
重装騎兵が機能しなくなれば、兵数では五分になる。
悪くなさそうな案だ。
「しかし、この案にも欠点があります。この案は守備重視ですので、メロビクス王大国軍が攻めてこなければ、戦が長期化する」
「「「「「むうう……」」」」」
「一方で、先ほどから私が主張している速攻案であれば、戦は短期で終わりますし、兵糧不足で弱っている状態のメロビクス王大国軍を叩けます」
ポニャトフスキ騎士爵は、速攻案を押したいらしい。
野戦陣地構築案は、あくまで対案というわけだ。
勝てれば速攻案の方がメリットがあるだろう。
あくまで、勝てれば――。
「ただし、重装騎兵とは正面からやり合わなければならないですよね?」
軍議に参加している貴族がポニャトフスキ騎士爵に質問をした。
それは、俺も思っていた所だ。
俺が極大魔法をドン! と打ち込むなら、問題はない。
だが、ここにいる貴族は、現在の俺の魔法がどの程度の威力なのかを知らない。
全軍で戦らしい戦をする気だろう。
それなら、重装騎兵の突撃は、高リスクに感じる。
ポニャトフスキ騎士爵は、しばらく沈黙した後に答えた。
「その通りです……」
このやり取りで、『重装騎兵のリスクを軽減する』事を重視する意見が多数出た。
やがて、野戦陣地構築案に軍議は決した。
速攻案も野戦陣地構築案も、それぞれメリット・デメリットがある。
実戦経験のない俺は、どちらが良いのか判断できなかった。
グースで攻撃をかけた初日や翌日なら、敵の動揺もあるだろうから速攻で良かった。
けれど、今となっては、メロビクス王大国軍にシメイ伯爵との戦闘報告も入っているだろうから、グースを投入しても大きな動揺はないだろう。
ならば野戦陣地構築案も有効……と思った。
帰り際、国王である父上に耳打ちする。
「父上、私が極大魔法を打ち込んで、この戦を終わらせることも出来ますが?」
「アンジェロ、孝行息子よの。戦では配下の貴族に手柄を立てさせることも必要なのだ。お前の魔法は、私の切り札にさせておくれ」
父上は嬉しそうに微笑んで、俺の頬を撫でた。
俺としては、この戦を早く終わらせたい思いもある。
――俺は、ワビを入れてこないニアランドの魚野郎どもにも、豹族の村を全滅させたメロビクス王大国軍にも、むかついているのだ。
だが、父上にそう言われては、俺も引き下がるしかない。
「わかりました。父上」
そんな軍議があったのが、五日前だ。
俺はアンジェロ領に転移魔法で戻って、太い木材、丸太を大量にアイテムボックスに入れて、フリージア王国陣中で売りまくった。
「丸太一本銀貨十枚! 太い木材一本銀貨五枚!」
日本円だと、丸太が十万円、木材が五万円くらいだ。
ここは平原で切り倒す木が無いのだ。
つまり馬防柵を作るにも木材がない。
従軍している商人も、大量の木材は持っていない。
ないものは運ぶしかないが、悠長に何日もかけて木材を運ぶわけにもいかない。
向かい合っている敵、メロビクス王大国軍が、いつ攻撃を仕掛けてくるか分からないのだ。
そこで俺の出番だ。
フリージア陣中に、丸太と木材を山積みにしてみせた。
丸太と木材は、バンバン売れた!
第二騎士団やシメイ伯爵はもちろん、アルドギスル兄上派閥の貴族も大量に買っていった。
それどころかポポ兄上派閥の貴族も、夜になってから、こっそり買いに来たのだ。
ポポ兄上の派閥は丸太金貨一枚とも思ったが、戦に負けては仕方ないので同じ値段で販売した。
結局、丸太は百本販売。銀貨千枚、一千万円の売り上げ。
木材は三百本販売。銀貨千五百枚、一千五百万円の売り上げ。
合計で銀貨二千五百枚。
日本円で約二千五百万円の臨時収入になった。
戦場にしては、良心的な価格設定だった為、フリージア王国軍陣内で俺の評判が上昇するという副次効果もあった。
丸太と木材の需要が収まったので、俺は魔法で石壁を作る作業に没頭している。
魔法で人の背丈ほどの石壁を作り、印術で魔石に印を刻み、壁に埋め込む。
こうして印術を使っておけば、敵の魔法使いに石壁が崩されにくくなる。
周りでは他の魔法使いも作業をしている。
きれいな石壁を作る熟練のアースメイジもいれば、平原に人の腰丈の土山を形成する若い魔法使いもいる。
なるほど。
騎馬の突撃を防げれば良いので、土山でも十分騎馬の障害物になる。
俺の周りには、黒丸師匠と白狼族のサラが護衛兼見張りにつく。
とは言っても、黒丸師匠は保護した豹族の姉妹を連れてきて、ショートソードを持たせて剣術を教えている。
「そうである。剣はあまりギュッと握らないのである。軽く握って、剣の重さを使って振るのである」
「竜のおじちゃん! わかった!」
「わかったー!」
幼女とは言え、さすがは獣人。
苦も無くショートソードを振っている。
基本的な身体能力が、人族とは段違いだ。
「オマエたち! 腕が上がったら狩りに連れて行ってやるぞ!」
「ホント! 狩りに行く!」
「行くうー!」
白狼族のサラも妹のように二人を可愛がっている。
結局、この二人はアンジェロ領に連れて行くことになった。
ニアランド王国からは、『獣人など好きになされよ』と返事が来たのだ。
俺は、この返事に憤慨したが、じいは違う見方を示した。
「恐らく全滅した獣人の村に、人族を定住させるのでしょう」
「えっ!? それって村の乗っ取り!?」
「そうですじゃ。だから、生き残りの姉妹は、いない方が都合が良いのでしょう」
「……」
ニアランド王国が、一層嫌いになったよ。
そんな訳で、黒丸師匠とサラが豹族の姉妹の面倒を見ている横で、俺は黙々と野戦陣地を構築している訳だ。
「西部戦線異常なし……」
俺は、あくびをかみ殺しながら、印を切る。
だが、メロビクス王大国軍には、本国から大量の食料が運び込まれたとの情報が入ったから、そろそろ攻撃が始まるかもしれない。
「アンジェロ。良いか?」
別の場所で石壁構築をやっていたルーナ先生がやって来た。
「ちょうど手が空いたところです」
「少し話す」
ルーナ先生から、ピリッとした気を感じる。
俺は表情を引き締めて立ち上がる。
「アンジェロは、この戦争が初めて」
「そうですね」
「だから心構えを伝える」
戦の心構えか……。
俺は対魔物戦闘は、山ほどこなしているが従軍経験はない。
オークやゴブリンのような人型の魔物とは、また違うのだろうし、盗賊退治とも違うだろう。
俺は背筋を伸ばして返事をする。
「お願いします」
「大事なのは、たった一つ。敵は確実に仕留める」
「……戦闘不能にすれば良いのですよね?」
俺はルーナ先生の言葉を聞いて、思いついた事を口にした。
するとルーナ先生は、一層厳しい目つきと口調で俺に告げた。
「違う。確実に絶命させる」
「……」
「迷わず殺せと言っている」
あまりの言いように、俺は眉間にしわを寄せルーナ先生をにらむ。
ルーナ先生も、俺を真っ直ぐ見て言葉を続ける。
「戦場では、兵士は剣や矢、ファイヤーボールと同じ」
「えっ!? どういう意味ですか?」
「兵士一人一人には、意思があるし、感情もある。家族もいれば、友人もいる。わたしたちと同じ」
「はい、その通りだと思います」
「しかし、戦場では、命令に従う殺戮兵器に過ぎない。兵士個人の意思は関係ない。突撃と命令されれば突撃するし、殺せと命令されれば殺す。それが戦場での兵士。わかる?」
「それは……なんとなく、わかります。理屈の上では、理解できる話しです」
俺は戦場経験がないので、実際に突撃してくる兵士がどうなのかわからない。
ただ、ルーナ先生の話す理屈は理解できた。
極論だが……。
例えば、俺の友人がメロビクス王大国軍にいたとする。
その友人が突撃しろ、アンジェロを殺せと命令されたとする。
友人は命令に従うしかない。
命令に背けば、命令違反で処分される。
最悪、処刑されるだろう。
だから、友人の意思は関係がないという事だろう。
「アンジェロは優しい。それは美点。私も好き」
「それは……どうも……」
「けれど戦場では、その優しさは欠点。敵兵士に温情を与えて助けよう、話して和解しようなどとしたら、命を落としかねない。その隙に殺される」
「……」
「突撃してきた兵士に『話し合おう! わかりあおう!』などと呼びかけても無意味。突撃してくる兵士は、敵を倒すことしか考えてない。だから――」
「剣や矢と同じ、ファイヤーボールと同じですか……」
「そう」
おそらくはルーナ先生の言うことは、正しいのだろう。
そんな隙を見せたら、俺が殺されたり、周りの味方が殺されたりする。
だから『確実に仕留めろ』、『迷わず殺せ』なのか……。
俺は、いつの間にか目を伏せ、奥歯を強く噛みしめていた。戦争の非人間的な局面を見せつけられた思いだ。だが、俺は死ぬ気はないし、仲間を失いたくない。
ルーナ先生に視線を戻し、きっぱりと言い切る。
「わかりました。その時が来たら、迷いません」
「それで良い。戦場に気が満ち始めている。決戦が近い」
ルーナ先生がメロビクス王大国軍の方を見た。
そこには一万を超える大軍が蝟集し、気を放っていた。
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