第81話 友として

 ――夕方。


 俺はアンジェロ隊の天幕の前に立ち、茜色の空を見ていた。


 メロビクス王大国軍の略奪部隊を討伐に出たサラとボイチェフ、そして異世界飛行機グースの帰りを待っている。


 隣に立つリス族のキューが心配そうに声を上げる。


「遅いですね……」


「ん……。大丈夫だろう。シメイ伯爵は、実力派だと言うし帰ってくるさ」


「それならば――来た! グースです! 二機います!」


 俺の目にはまだ見えないが、獣人のキューには見えているらしい。


 しばらくすると俺の目にもグースがはっきりと見えた。

 ちゃんと帰ってきて良かった!

 キューには大丈夫だと言ったが、実は俺も不安だった。


 俺とキューが手を振ると、後部席の魔法使いが手を振り返した。


 二機のグースはゆっくりと大きく半円を描き着陸コースに入った。

 そのまま高度を下げ、アンジェロ隊そばの草地に静かに着陸した。


 すぐにリス族のキューと他のパイロットたちがグースに群がり点検整備を始める。

 俺は後部座席でぐったりしている女魔法使いに駆け寄った。


「お疲れ様!」


「あ……はい……ありがとうございます」


 手を貸して立たせ、鉄製ストーブのそばに連れて行く。

 握った手が冷たい。

 早く体を温めないと。


 ストーブの上に、寸胴鍋がかかっている。

 ルーナ先生が、寸胴鍋からスープを木のカップにすくって女魔法使いに渡す。


「みねすとろね。体が温まる」


「あっ……ありがとう……ございます……」


 女魔法使いは、両手でカップを受け取り、ミネストローネをすすりだした。


 続いてベテラン魔法使いだ。


「さあ! がんばって! 暖かいスープがありますよ!」


 後部座席でへたばっていたベテラン魔法使いを起こして、無理矢理引っ張って行く。

 体が冷たい。冷え切っている。


「す……すいません……」


「気にしないで! 空は寒いから体力を消耗する。わかっているから!」


 ベテラン魔法使いは、王子の俺に恐縮しているが、同じグース乗りとして放ってはおけない。


 二人ともかなり体力を消耗している。

 無理もない。

 冬場一日中空に上がっていたのだ。

 慣れている俺でもキツイ。


 二人の魔法使いは、ミネストローネをおかわりし飲み干した。


「ありがとうございました。すごく美味しかったです!」

「玉ねぎがトロトロの熱々で、腹から温まりました」


「みねすとろねは、グース乗りの定番。私とアンジェロが開発した料理」


 二人はルーナ先生に礼を言うと、俺に報告を始めた。


「今日は、二つの村を救援しました。こちらは、死傷者なしです」

「半刻ほどで、シメイ伯爵たちも戻っていらっしゃいます」


 サラとボイチェフも無事か!

 良かった!


 二人はミネストローネで元気が出たのか、徐々に興奮しだし戦闘の様子を説明しだした。


 どうやら初日からグースと地上部隊のコンビネーション攻撃が出来たらしい。

 グースから敵地上部隊に魔法を放つ。

 敵が混乱した隙に地上部隊が突撃する。

 あとは上空から援護しながら、地上部隊と呼吸を合わせて各個撃破。


 しかし、問題点もある。


「索敵時間が長いのがシンドイです……」


 ああ、それはそうだろう。

 パイロットのリス族は全身毛皮だが、人族は革ジャンを着込んでいても寒さが辛い。


 俺は運用方法を提案してみる。


「索敵はリス族のパイロットだけで行う方が良いかもしれない。魔法使いは地上部隊と一緒に行動して、攻撃の時だけグースに乗るのはどう?」


「そうさせてもらえると助かります!」

「シメイ伯爵に相談してみます」


 二人の魔法使いとの話が一段落したところで、じいが戻ってきた。

 フリージア王国陣内で情報収集をしていたのだ。


「ただいま戻りました」


「じい、どうだった?」


 じいはルーナ先生から、ミネストローネの入った木のカップを受け取り一口飲む。


「北の方にも、メロビクス王大国の略奪部隊が現れたそうですじゃ」


「他もいたのか……」


「はい。四つの村が襲われたとか。明日は、ニアランド王国が討伐部隊を送るそうです」


「すると、北側はニアランド王国が担当して、南側はフリージア王国が担当するのか?」


「明確な取り決めはしておりませんが、自然とそのようになりましたな」


「ふむ……わかった。ありがとう」


 自国の事ではないとは言え、やりきれない思いだ。

 四つの村には、何人の村人がいたのだろう?


 四十人?

 八十人?


 村の規模にもよるが百人以上は村人がいたのではなかろうか。

 犠牲者が少ない事を祈ろう。


(戦争って、こんなに難しいのか……)


 昔、女神ジュノー様に『ゲームのようにヤレ』と言われたが、全くゲームみたいに行かないよ。


「アンジェロ! サラとボイチェフが帰ってきた!」


 ルーナ先生の声に引き戻された。

 平原の先にシメイ伯爵の地上部隊が見え、馬車の荷台の上で大きく手を振るサラとボイチェフがいた。



 *



 アンジェロ領では留守居役のエルハムが、執務室で忙しく仕事をしていた。

 一日の終わりに、クイック製造を担うミスル人奴隷のリーダーと会議をするのだ。


 中年のミスル人奴隷が、エルハムに陳情する。


「作業中は火を扱いますので暑いくらいですが、宿舎に帰ってから夜が寒くてたまりません」


「うーん。確かに、想像以上の寒さだな」


 エルハムたちミスル人には、アンジェロ領の冬の寒さはこたえていた。

 今も、カマン・ホレックが作った鉄製ストーブにあたりながらの会議だ。


 エルハムは鉄製ストーブに薪をくべながら、対策を口にする。


「商人のジョバンニ殿に相談してみよう。暖かい服であるとか、何か調達してくれるだろう」


「そうしていただけると助かります!」


 ミスル人奴隷のリーダーは、鉄製ストーブを名残惜しそうに見ながらエルハムの執務室を出て行った。


 入れ替わりで黒丸が入室してきた。


「エルハム殿。良いであるか?」


「ええ、どうぞ。丁度終わったところです」


 黒丸は、メロビクス王大国との開戦以来元気がない。

 その事をエルハムも気にしていたが、何か事情があるのだろうと察して、触れないでいた。


「それがしは、戦場に行こうと思うのであるが……どうであるか?」


 エルハムは驚き黒丸を見つめた。

 同じ冒険者パーティーのアンジェロとルーナが参戦するのに、黒丸だけ参戦しない。

 不自然に感じていたが、これも何か事情があるのだろうとエルハムは思っていた。

 それが今になって参戦すると言うのだ。


「私は構いませんが……お気持ちが変わったのですか?」


 黒丸は、ポツポツと気持ちを語り始めた。


「そうであるな……。それがしは……、もう人を斬るのが、嫌になったのである」


「それは……」


「何百、何千、何万……どれだけ戦で人を斬ったか覚えていないのである。若い頃は、戦う事だけが楽しみであったのであるが……。今は、何の為に戦うのか分からないのである」


「戦う目的……いや、黒丸殿の戦う動機の事でしょうか? 例えば、手柄を立てて出世するとか、自分の強さを証明するとか、戦いに臨む動機がなくなってしまったのでしょうか?」


「そうかもしれないのである。ドラゴニュートは、長寿で戦好きな種族なのである。それこそ同族同士でも平気で戦う……。それがしは、何百年も戦い続け、疲れ果ててしまったのである……」


「なるほど」


 エルハムは、想像すら出来ないと思った。

 何百年も戦い続け、同族同士でも戦い、疲れ果てるとは、どんな心境であろうか。


 黒丸は鉄製ストーブの中で燃える火をじっと見ている。

 エルハムは、ゆっくりと言葉をかけた。


「黒丸殿。ご無理をなさる事はありません。あなたは戦い続けてきたのです。ここで休んだとて、誰があなたを非難しましょう」


 黒丸は火から目をそらさずに答えた。


「それがしは、アンジェロの師匠なのである。そして『王国の牙』の一員であり……何よりアンジェロの友なのである」


「……」


「友が戦うならば、それがしも戦うのである」


 黒丸が『友』と言うのを聞いて、エルハムは羨ましく思った。

 自分がミスル軍でしんがりをつとめた時に、『友』と呼べるほど信頼できる人物がいれば、また違った結果になっていたであろうかと。


「友ですか。それならば、そうですね。わかります」


「正直、今でも戦場に出るのは、気が進まないのである。しかし、それがしはドラゴニュートで、アンジェロは人族なのである」


「……それが?」


「ドラゴニュートは、長寿なのである。それがしよりも、アンジェロの方が早く老い、先に死ぬのである。人族の友と一緒に過ごせる時間は、短いのである」


 ドラゴニュートは、ドラゴンが人化した種族と言われている。

 エルフと同じか、個体によってはエルフ以上の長寿である。


 黒丸がアンジェロと共に過ごせる時間は、ドラゴニュートの時間感覚では短い期間なのだ。


 その事を、エルハムは理解した。


「わかりました。留守は引き受けました」


「頼むのである」


「ご出発はいつ?」


「明日の朝である。それがしの翼なら、ニアランドの戦場までひとっ飛びであるな」


「ご武運を!」


「かたじけないのである」


 翌朝、黒丸はオリハルコンの大剣を背負い、ニアランドに向かって飛び立った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る