第82話 なぜかゲロッパ
ハジメ・マツバヤシ伯爵は、後方に陣を構えていた。
「やれやれ、子供扱いしたと思ったら、今度は一丁前の大人扱いか。勝手だねえ~」
ハジメ・マツバヤシは、伯爵位を得ているとはいえ、まだ五才の子供である。
メロビクス王大国軍司令官の将軍シャルル・マルテは、ハジメ・マツバヤシに告げた。
「子供ながら貴族家当主としての出陣、誠に天晴れ! しかし、今回の戦は、安全な後方で観戦をされよ」
「ああ、わかった。そうさせて貰うよ。気遣いありがとう」
ハジメ・マツバヤシは、シャルル・マルテ将軍の言いつけに素直に従った。
元々、この戦に反対していた事もある上に、彼が率いているのは護衛の騎士十人とお付きの女魔法使いミオだけ。
前線で活躍するには、戦力不足だと考えていた。
(まあ、僕は剣も魔法も使えない。戦闘能力ゼロだからね。後方でミオのお尻を撫で回していれば良いさ)
ハジメ・マツバヤシとしては、『今回の出陣は、お付き合い』、『伯爵家当主としての義務』で出陣してきたに過ぎない。
前線で働く気は、さらさらなかった。
ところが昨日、敵の襲撃があってから状況が変わった。
シャルル・マルテ将軍に呼び出され大天幕に出頭すると、将軍や軍幹部たちは渋い表情をしていた。
「ハジメ・マツバヤシ殿に、兵糧の手配を命じる」
「は?」
突然の命令にポカンとするハジメ・マツバヤシ。
シャルル・マルテ将軍の傍らに控える副官が、咳払いをして補足説明を始めた。
昨日の敵の襲撃で、かなりの兵糧を失った事。
兵糧は数日分しかない事。
近隣の村から兵糧を徴発する事。
本国から兵糧を輸送する事。
「ハジメ・マツバヤシ殿が管理をしていらっしゃる王領の農地からも、至急兵糧を輸送していただきたいのです」
ハジメ・マツバヤシは、呆れていた。
(万を超える軍で他国に侵略をして、『兵糧を失いました。テヘ、ペロ!』は、ねえだろう!)
ハジメ・マツバヤシは、かなりイラッとしていたが、気持ちを抑えて副官に問うた。
「兵糧の追加ね。いいよ……。わかったけどさ……。襲撃で兵糧を失うって、警備の兵士は何をやっていたの?」
「それが……空から攻撃を受けたと……」
「はあ? 空から?」
ハジメ・マツバヤシは、日本からの転生者である。
当然、飛行機やミサイルなど、空から攻撃できる兵器は知っている。
しかし、この異世界には、空から攻撃できる兵器は存在しない。
正確には、アンジェロが異世界飛行機グースを飛ばすまでは、存在していなかった。
グースが攻撃をしていた時、ハジメ・マツバヤシは天幕の中で女魔法使いミオの尻を撫で回していたのだ。
グースを見ていないので、敵が空から攻撃したという話を、はなから信じていなかった。
「空飛ぶ魔物でも出たの? ワイバーンとかさ」
「いえ。魔物は出ておりません。兵士の報告によれば、空飛ぶ魔道具に乗った敵兵士が攻撃してきたと……」
「へえ。それは斬新な報告だねえ。いや、僕も空を飛んでみたいなあー。その兵士は酒でも飲んでたの?」
「いえ。敵が空飛ぶ道具を開発したようです。今も空を飛んでおります」
「……マジで?」
副官は天幕の外にハジメ・マツバヤシを連れ出し、空を指さした。
そこには上空から、メロビクス王大国軍を監視・偵察している一機のグースが飛んでいた。
「マジだった!」
ハジメ・マツバヤシは、異世界に転生して初めて感嘆の声を上げた。
――日本より、地球より、遙かに科学力が劣る異世界。
――日本より、地球より、遙かに文明が劣る異世界。
ハジメ・マツバヤシは転生して以来そのように考え、この異世界を、この異世界に住む人々を見下していた。
自分は物を教えてやる優位な立場で、この異世界には見るべき物は何もない。
そんな認識でいた為、まさかこの異世界で飛行機が飛んでいるとは想像し得なかったのだ。
(あれは飛行機……。いや、ハンググライダーか? しかし、プロペラはついているから、飛行機になるのか……。構造自体は簡単そうに見えるな……)
ハジメ・マツバヤシは、呆けた顔で飛行機を眺める副官に、軽い調子で提案をした。
「ねえ。アレを買えないかな? 買ってパクれば良いじゃん!」
「えっ!? 買う!?」
「うん。我が国は大国でしょ? だったら出入りしている商人も沢山いるでしょう? 商人の中には、色々なコネを持っている商人もいるだろうから、ひょっとしたら空飛ぶアレを買えるかもしれないよ」
「なるほど……。ニアランド王国やフリージア王国にコネのある商人に当たってみろと……。それで、ぱ、ぱくるとは?」
「パクるっていうのは、そっくり真似して、同じ物を作る事だよ。何も無い状態から空飛ぶアレを作るのは大変でしょ? けど、現物があれば、かなり違うんじゃない?」
副官はヒゲを右手でいじりながら、ハジメ・マツバヤシの言葉を考えた。
空飛ぶアレは、おそらく魔道具であろう。
現物があれば、魔道具士が模倣出来る可能性はある。
副官は姿勢を正し、ハジメ・マツバヤシに頭を下げた。
「確かにそうですね……。ご助言かたじけなく。あの、それで兵糧の方は?」
「ああ。了解したよ。早馬を出すよ。けど、輸送の途中で敵に襲われたらシャレにならないから。迎えの兵士は出してよね」
「それはもちろんです!」
「じゃあ、僕は自分の天幕に戻るよ」
ハジメ・マツバヤシは、大天幕を後にした。
自分の天幕に戻ると、顔見知りの商人ゲロッパが来ていた。
天幕の中に招き入れ、自身は椅子に腰掛ける。
「やあ、ゲロッパ。相変わらず、でっぷり太っているね。元気?」
「元気にしております。マツバヤシ様……恐れ入りますが、お人払いを……」
「人払い? 何? 内緒話?」
「はい……」
「ふーん……。良いけど、ミオはダメだよ。ミオは僕のお付きだからね。じゃあ、他の人は天幕から出て」
護衛の騎士たちが天幕の外に出た。
天幕の中は、ハジメ・マツバヤシ、お付きの女魔法使いミオ、商人ゲロッパだけになった。
商人ゲロッパは懐から、書状を取り出した。
「こちらは、フリージア王国宰相エノー伯爵様からの密書でございます」
「へえ……。どういう事かな?」
商人ゲロッパはひざまずいて、密書を差し出しているが、ハジメ・マツバヤシは警戒して受け取らずにいた。
隣に控えている女魔法使いミオも、思わず息をのんだ。
今まさに戦おうとしている敵陣営の宰相からの密書。
それが届いた。
取り扱いに気をつけなければならない。
空気を察して、商人ゲロッパが説明を始めた。
「私はフリージア王国とも商売をさせていただいておりまして、宰相エノー様とも懇意にさせていただいております」
「そう。それで?」
「今回の戦で一儲けできないかと考えまして、昨晩、宰相エノー様を訪ねたのでございます。すると、エノー様が『メロビクス王大国軍の有力者に知り合いはいないか?』と問われたのでございます」
「それで、僕の名前を出したの?」
「左様でございます。宰相エノー様は、メロビクス王大国に渡りをつけたいとおっしゃいました」
「……わかった。じゃあ、密書を見ようか」
女魔法使いミオが商人ゲロッパから密書を受け取り、ハジメ・マツバヤシに手渡した。
羊皮紙を四つ折りにした密書を開き読む。
密書には、以下の内容が書かれていた。
・フリージア王国は、ニアランド王国との盟約に基づいて参戦したが、メロビクス王大国と積極的に戦う意思はない。
・この戦の後、停戦ないし、和平を結びたい。
・よろしき時、よろしき場所で、会って話したい。
ハジメ・マツバヤシは面白そうな顔をした。
そもそも、ハジメ・マツバヤシは、この戦には反対していたのだ。
戦を仕掛けるにしても、自身が手掛けている農業改革が一段落してからにして欲しい。
戦争相手二カ国のうち少なくともフリージア王国は、継戦の意思はない。
ならば、一戦して、さっさと和平なりなんなりを結んで、自分の屋敷に帰りたい。
そんな事を、考えていた。
「ミオも読むかい?」
「いえ。私には分かりかねると思いますので……。政治的な事は、ご容赦を」
「うん、分かった。ミオには、ベッドの中の事だけ相談するよ」
「!」
ハジメ・マツバヤシは、しばらくアゴに手をやり考えてから、商人ゲロッパに告げた。
「エノーさんには、わかったと伝えてよ。僕で良ければ、いつでも会うよ」
「はっ! 必ず宰相エノー様にお伝えいたします。それでは、失礼をいたします」
「うん。よろしくね」
商人ゲロッパが出て行くと、ハジメ・マツバヤシは護衛の騎士たちに指示を出した。
「フリージア王国と宰相エノー伯爵について情報を集めて。どんな些細な事も報告してね」
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