第80話 人がくの字に曲がる(物理)
――翌日。
俺たちの懸念通りになってしまった。
朝から異世界飛行機グース二機に上空偵察させていた。
メロビクス王大国軍陣地から、騎馬二十、兵士百ほどが、南へ向かって移動を始めたのだ。
おそらく略奪部隊だろう。
「王子! 任せろ! メロビクスの泥棒野郎どもは、ボコボコにしてやるぜ!」
シメイ伯爵が、請け負ってくれた。
昨日は昼食の後、シメイ伯爵がすぐに戻ってきた。
宰相エノー伯爵から、略奪部隊討伐の許可を取ってきたのだ。
その後は、シメイ伯爵が交渉してきてなかなか大変だった。
シメイ伯爵は、グースを使った攻撃を目撃していた。いたくグースを気に入り、売ってくれとせがまれた。
「いやあ、スゲエよ! 空から攻撃するなんざ最強じゃね?」
そう言ってくれるのは嬉しいが、グースには高価なミスリル金属やワイバーン素材などが使われているので、非常に高額――というより、値段がつけられないのだ。
例えば――
プロペラは、リス族の熟練職人が一本の木材から手作業で削り出し磨き上げている。
プロペラの軸受けや車軸に使われているボールベアリングは、ホレックのおっちゃんが何度も何度もトライアンドエラーを繰り返して作り上げた。
――このようにグースは、職人によるハンドメイド品なのだ。大量生産は出来ない。
それに誰でも空から攻撃が出来るようになる異世界飛行機グースのアドバンテージを他領に渡したくない。
そこで、シメイ伯爵にはグース購入をあきらめて貰った。
「待ってくれ! 王子! 俺はやってみたいんだよ! あの空からの魔法攻撃を!」
しかし、シメイ伯爵はグースを使った魔法攻撃をやってみたいらしく、粘りに粘られてしまった。
結局、グース二機をパイロット付きで貸し出す事にした。
搭乗する魔法使いは、シメイ伯爵のところの魔法使いが乗り込む。
そして、グース二機を貸し出す交換条件として、白狼族のサラと熊族のボイチェフを戦闘に参加させて貰う事になった。
表向きには、シメイ伯爵が戦力に不安を感じた為、アンジェロ隊からグース二機と獣人二人を借り受けた形だ。
これは、じいの発案で、サラとボイチェフに経験を積ませ、手柄を立てさせておく方が良いそうだ。
じいなりに何か狙いがあるのだろうと、この発案を承認した。
グースの貸し出しを有料にしようかとも思ったけれど、メロビクス王大国軍の略奪部隊を叩くのは俺の希望だ。
シメイ伯爵は俺の代わりに戦闘する訳だから、無料で貸し出す事にした。
「オイ! アンジェロ! 行ってくるぞ!」
「あーんじぇろ。行ってくるだあ~」
「サラ、ボイチェフ、頼むぞ!」
「任せろ! 弱い者いじめをするヤツラをやっつけてくるぞ!」
サラとボイチェフは、いつも通りの調子で、シメイ伯爵とともに出発した。
さて、問題は……グースに乗り込む魔法使い二人だ。
一人は若い女性の魔法使いで、もう一人は白髭のベテラン魔法使いだ。
魔法使い用ローブの上から、無理矢理革ジャンを羽織らせた。
若い女性魔法使いが言う。
「あの……動きにくいのですが、この革ジャンというのは着ないとダメでしょうか?」
「上空は寒いですよ。動きにくくても、しっかり着込んでおいた方が良いです」
「はあ……わかりました」
冬空に上がると本当に寒いのだが、彼女はグースに乗った事がないから、わからないのだ。
俺は、ある非常用アイテムを取り出して、二人に説明を始めた。
「これをお一人に一つ。持っておいてください」
「これは何でしょう? 水筒……では、ないですよね?」
俺が手渡したのは、革袋の水筒に木製の受け口をつけた物だ。
女性には非常に説明しづらいが……。
「これは……こうして……。空でどうしても用を足したいときに使う物です」
「えっ……!」
そう、この非常用アイテムは、簡易トイレなのだ。
俺は木製の受け口を股間にあてがってみせたが、女性魔法使いは顔を真っ赤にして黙ってしまった。
「グースは短い距離で着陸が出来ます。けれど、安全の確保が必要です。つまり――」
「敵や魔物が近くにいたら、地上に降りられないのですね……」
ベテラン男性魔法使いが、深くうなずきながら、俺の言葉の続きを話してくれた。
「そういう訳ですので、今のうちに……その……用を足しておいた方が……」
「わかりました。ちょっと失礼します」
「……失礼いたします」
二人は土魔法で囲いを作った臨時トイレに消えていった。
俺が臨時トイレ(女性用)の近くで、耳をそば立てていたのは内緒だ。
*
シメイ伯爵の部隊は、南へ略奪部隊を追っていた。
騎馬十騎、馬車五台、軽装歩兵・弓兵百人の移動速度重視の編成だ。
白狼族のサラと熊族のボイチェフは、馬車の荷台に乗り込んでいた。
辺り一面は畑だが、既に収穫は終わっていた。
「伯爵様!」
異世界飛行機グースが高度を下げ、軍列の横を飛行する。
シメイ伯爵は、馬に乗り部隊中央にいた。
グースの後部座席に座る女魔法使いがシメイ伯爵を見つけ、身を乗り出し報告を行う。
「この先の村でメロビクス王大国軍が略奪始めました! お早く!」
「分かった! それじゃあ、空から援護を頼むぜ!」
「了解です!」
グースのパイロット席に座るリス族が、操縦桿を引き、アクセルを踏む。
グースの機首が上がり、機体後部のプロペラがうなり声を上げ、機体を大空に力強く舞い上げる。
シメイ伯爵は、上昇していくグースを見ながら、『やはり、飛行機は使える!』と再認識していた。
(索敵時間が、段違いだ! 早い! 馬や人では、こうはいかない……。やっぱり凄いな、あの王子は!)
シメイ伯爵は、軽く笑む。
アンジェロ王子は面白い、と。
部隊の中央にいたシメイ伯爵は、馬の横腹を蹴って部隊の先頭に向かう。
やがて村が見えてきた。
自軍とは異なる軍装の兵士が、ちらほらと見える。
略奪は既に始まっている。
シメイ伯爵は突撃を決意した。
「戦闘準備! このまま村に突っ込む! メロビクスの泥棒野郎どもを蹴散らせ!」
「「「「「おう!」」」」」
騎馬は槍を構え、軽装歩兵は剣を抜く。
そのまま村へ突撃した。
「フッ!」
村の入り口でうろうろしていたのが、あるメロビクス王大国軍兵士の運の尽きだった。
シメイ伯爵の槍が、その兵士の胴を突き、後ろへ吹き飛ばした。
シメイ伯爵は馬体を揺らし、村に入る。
村の広場に敵兵が十五人ばかり集まっているのが見えた。
同時に空から火魔法ファイヤーボールが降ってきた。
「グースか!」
上空のグースに乗る魔法使いから放たれたファイヤーボールは、広場にいる敵兵士の中央に着弾し、二人の兵士を吹き飛ばした。
敵兵士は、予想外の空からの攻撃に目を白黒させる。
その隙をシメイ伯爵は逃さない。
村の広場に一気に馬を乗り入れて、槍を振るい敵兵を蹴散らす。
大きな馬体と高い位置から振るう槍の圧力を使った、騎乗技術だ。
村の広場に固まっていた敵兵は四散し、後続の騎馬と軽装歩兵に次々と討ち取られた。
「うわーん! おかあさーん!」
村の奥から子供の泣き声が聞こえてきた。
シメイ伯爵が泣き声の方に目をやると、既に走り出す者がいた。
白狼族のサラと熊族のボイチェフだ。
二人の視線の先には、幼い女の子に刃を突きつける敵兵士と、シメイ伯爵たちに向かって恫喝する士官がいた。
「オマエら! 引け! 引けえー! 子供を殺すぞ!」
シメイ伯爵は士官を侮蔑し怒りを覚えたが、同時に指揮官としての理性が冷徹に状況を観察させた。
子供を人質にしたのは、時間稼ぎ。
彼らの後ろで、二、三十人のメロビクス王大国軍の兵士たちが動いている。
(時間を稼ぎ隊列を整え、こちらの動きを止めて逆撃に出るつもりだろう……)
シメイ伯爵は、敵の狙いを喝破していた。
同時に自軍に動きがあるのも気がついていた。
サラとボイチェフが、敵正面からではなく、大きく右に迂回し、家や木の陰を使って敵兵士と士官に背後から近づいていた。
(サラとボイチェフと言ったか……。じゃあ、王子様部隊の実力を拝見しますか……。まあ、獣人二人だけだが、どこまでやれるかな?)
卑劣な敵への攻撃をサラとボイチェフに任せると決め、自分は敵の注意を引きつける事にした。
「待て! 無体な事をするな! 俺はシメイ伯爵! この部隊の指揮官だ! そっちの指揮官は誰だ?」
大声で敵に呼びかけると、卑怯な士官が慣れた様子で女の子に蹴りを見舞い、いたぶりながら返事をする。
「指揮官は私だ! 村人は、そこの納屋に押し込めてある。お主らが引かぬのであれば、納屋に火をつけるぞ!」
シメイ伯爵は、敵の手際の良さに、うんざりした。
(俺たちが来なかったら、村人は納屋ごと火あぶりかよ! こいつら略奪に慣れていやがる!)
怒りに一瞬手が震えたが、視界の隅にサラとボイチェフをとらえた。
足音を立てずに、高速で士官と兵士に近づいている。
シメイ伯爵は一芝居打った。
「おお! なんと嘆かわしい! ほれ、この通り、槍を置こう! 村人たちを助けてたもれ!」
槍を敵の方へ、放り投げてみせた。
士官が邪悪な笑みを浮かべる。
「なかなか素直ではないか、よし! 次は――」
「オマエが悪いやつだな!」
士官は後ろからかけられた声に、ギョッとして振り向く。
視界に三角の白い犬耳が目に入った。
(間合いを詰めていやがる!)
士官は腰のサーベルを抜き、横薙ぎに払った。
しかし、白狼族のサラには、てんでスローモーな動きに見えた。
(オマエ! 黒丸師匠やアンジェロの動きに比べたら、ゴブリン並だな!)
サラは余裕を持って敵のサーベルをかわし、白銀に輝くショートソードを素早く振るった。
白い曲線軌道を描き、サラのショートサーベルは、敵士官のこめかみから胸下まで斬り裂いた。
続けて、女の子に刃を突きつける兵士の頭を、横真一文字に斬る。
名工ホレックがサラの初陣の為に鍛えたショートソードは、鉄に微量のオリハルコンを混ぜたオリハルコン合金製。
鉄剣の鋭い切れ味とオリハルコンの頑丈さを備えたショートソードは、人の頭蓋骨など苦にもしない。
兵士は血をまき散らし、裏返った声を上げ地に倒れた。
「オイ! シメイ伯爵! 女の子を頼む! 納屋も!」
「お、おう!」
サラはいつもの調子でシメイ伯爵に村人救出を頼むと、後方で隊列を組もうとしていた敵兵集団に向かう。
そして、先行する熊族のボイチェフに一声。
「ボイチェフ! 切り倒せ!」
「おー!」
ノンビリとした声を上げたボイチェフは、肩に担いだ大斧を木に打ち付けるように横へ払った。
ボイチェフが持つ大斧もホレックが鍛えた一品だ。
斧自体は鉄製だが、刃の部分だけオリハルコンで丸く鍛えられている。
つまり斧自体に刃の鋭さはないが、重く丈夫な鈍器として仕上がっている。
その大斧を力の強い熊族のボイチェフが振るうとどうなるのか?
「ああ!」
「グゲ!」
「ゴ……」
「ぽう」
「べご……」
五人をいっぺんに『くの字』にして吹き飛ばした。
吹き飛ばされた五人は、圧着され曲げられた木材のように、一塊となって吹き飛びシメイ伯爵の目の前に落ちた。
「こいつはヤベエ!」
シメイ伯爵は、目の前の光景に興奮した。
人が、武装した敵兵士が、麦を刈るようになぎ倒されている。
それも体が折り曲がったまま元に戻らないのだ。
「こりゃ、棺桶に入らねえな。ハッハア!」
思わず笑みがこぼれる。
サラとボイチェフは、遠慮会釈なしに敵兵を粉砕している。
白狼族のサラが、狼そのもの素早い動きで敵兵を切り裂き、熊族のボイチェフが物理で圧殺する。
「強いなあ。いや、強いぞ! うちの領地の近くにも獣人がいたな……。味方に出来んかな?」
シメイ伯爵が、そんな事をつぶやく間に、サラとボイチェフは一人残らず敵兵士を平らげた。
村人は納屋から解放され、人質に取られた女の子も無事母親と再会した。
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