第79話 シメイ伯爵
「略奪か……」
それは思い至らなかった。
敵の食料を焼き、奪い、こう言っては何だが……俺はいい気になっていた。
敵が略奪をすれば、多くの農民に被害が出る。
敵国の兵士に乱暴され、最悪殺されるかもしれない。
少なくとも困窮するだろう。
被害にあうのは、隣国ニアランド王国の農民で、俺たちフリージア王国の農民ではない。
しかし……。
俺は口の中に苦い物が広がるのを感じた。
「ポニャトフスキ騎士爵。略奪は行われるだろうか?」
「可能性は高いと思います。なぜなら――」
ポニャトフスキ騎士爵曰く。
敵の目的はニアランド王国への侵略。つまり新しい領土を得る事だ。
この一戦に勝てば良いというわけでなく、戦に勝って新たな領土を占領しなくてはならない。
軍を駐留させるので、食料は必要なのだ。
「――ならば、まず食料を確保し、それから戦闘。勝利して後に、占領を行うと考えるのでは?」
「そうですね。なら手っ取り早く略奪して食料を確保するか……」
面倒だな。
食料を失ったメロビクス王大国軍が短期決戦をしかけてきて、それを俺とルーナ先生で撃滅する。
そんなシナリオを持っていたのだけれど、どうやらそうなりそうにない。
「仕方がない。また、抜け駆けをするか……。メロビクス王大国軍の略奪部隊を潰そう」
「お待ちください! それはお止めになった方がよろしいですじゃ」
俺は再度出撃と思ったが、じいに止められた。
「先ほどの軍議であれほどもめた以上、さらに波風を立てるのは……。さすがにまずいですじゃ」
「じいの言う事もわかるが、略奪を放ってはおけないだろう? 他国の民とは言え、何の罪もない人々が被害にあうのを看過できない!」
「お待ちを! 他国の事は他国の責任ですじゃ。それに戦があれば、略奪があるのはよくある事です」
「むっ……」
じいの言う事もわかる。
理屈では。
しかし、感情で納得できない。
俺が敵の食料を焼いたせいで、関係ない人が略奪の被害に遭うのは受け入れがたい。
それなら、俺が敵に正面から突っ込んで、魔法を撃ちまくった方が良かった。
「アンジェロ様。じいは、会った事もない他国の民よりも、アンジェロ様の方が大事ですじゃ。これ以上、ご自分のお立場を悪くなさいますな」
じいに説かれて、俺は口をへの字に曲げ沈黙する。
気まずい空気が流れた。
これまで黙っていたシメイ伯爵が口を開いた。
「なあ、王子! 俺が行ってこようか?」
「えっ!?」
シメイ伯爵のフランクな口ぶりに、じいがとがめる視線を送る。
「ああ。すまん。俺は田舎者だからな。言葉遣いが悪いのは、勘弁してくれ」
「構いません。ざっくばらんにお話しいただけた方が、私も嬉しいです」
「あんたが動けないなら、俺がメロビクスの泥棒野郎を追い払って来るよ」
シメイ伯爵は、オールバックの赤い髪を両手でなでつけながら、不敵に笑った。
「シメイ伯爵が?」
「ああ。俺が『出る』と言えば、エノーのハゲ親父も文句を言えないだろう」
ふふ……。シメイ伯爵は、口が悪いな。
宰相エノー伯爵を、ハゲ親父か。
第二騎士団のローデンバッハ男爵とポニャトフスキ騎士爵も、ニヤニヤ笑いだ。
「やって貰えれば、私は嬉しいですが……大丈夫ですか?」
「俺は、これでも一目置かれる存在だからな。なに、エノーのハゲに話は通しておくさ。本隊との交戦でなけりゃ。許可は下りるよ」
「そういうことでしたら、お願いします!」
「おう! 任せろ! じゃあ、早速エノーの所に行ってくるかな」
こうして、三人との昼食は、お開きになった。
意義のある時間を過ごせて、俺は満足した。
昔は貴族との付き合いは、面倒と考え敬遠していた。
だが、最近は考えが変わった。
北部王領に追い出され、軍議ではポポ兄上とぶつかった。
今後の事を考えると、なるたけ味方を増やしておきたい。
それが俺自身と俺の仲間の為になるだろう。
*
第二騎士団長ローデンバッハ男爵と副官ポニャトフスキ騎士爵は、フリージア王国陣内を並んで歩いていた。
二人の付き合いは長く、騎士団長と副官というよりも親しい友人関係だった。
ローデンバッハ男爵が、楽しそうに話し出した。
「ポニャトフスキ。貴官はアンジェロ王子を、どう思った?」
ポニャトフスキ騎士爵は、真面目に答える。
「いや、驚きました。情報、補給、戦略への理解は、とても十才とは思えない。素晴らしい!」
ポニャトフスキ騎士爵は、亡国の貴族だ。
故国を失った若きポニャトフスキ騎士爵は、フリージア王国に流れ着き第二騎士団に仕官した。
――余所者。
そんなレッテルを跳ね返すべく、ポニャトフスキ騎士爵は己を鍛えると同時に、戦略戦術の研究に没頭した。
やがて第二騎士団で頭角を現し、副官のポストを得た。
――第二騎士団の頭脳。
ポニャトフスキ騎士爵は、団員たちから敬意を込めて、そう呼ばれるようになった。
そんな自分と同じ考え、同じ目線を、わずか十才の王子が持っている事に、ポニャトフスキ騎士爵は内心で驚喜していた。
ローデンバッハ男爵は、珍しく興奮するポニャトフスキ騎士爵を面白く思いながら、アンジェロの事を思い出した。
「それに、飛行機……と言ったか、空飛ぶ魔道具に、新しい料理! それにクイックという酒!」
「あれは強烈でしたね……」
二人は顔を見合わせ、ニンマリと笑った。
アンジェロは、『昼間だから、一杯だけ』と、昼食をともにした三人にクイックを馳走していた。
三人ともクイックの味には閉口したが、酒精の強さに感動を覚えた。
やがて二人の会話は、フリージア王国の権力争いに移る。
「アンジェロ王子の事を考えると我らの国も、これからどうなるかわからんな」
「そうですね。ポポ第一王子がアレですからな……」
「ああ。アレではな……」
*
『アレ』ことフリージア王国第一王子のポポは不機嫌だった。
初陣の緊張に加え、自分がフリージア王国軍を仕切らねばとの気負いが、わがままな気質に拍車をかけた。
自分の天幕の中を落ち着きなく歩き回り、食事が気に入らないと従者を怒鳴り、理由もなく兵士を蹴り飛ばした。
見かねた宰相エノー伯爵が、ポポ王子をいさめた。
「殿下、落ち着いて下さい」
「むっ! エノーか……」
エノー伯爵は第一王子派の筆頭であり、隣国ニアランド王国とのパイプが太い人物である。
自分の熱心な支持者に言われて、ポポは渋々と椅子に座る。
エノー伯爵は、ゆったりとした動作で礼をすると、ポポに自分の成果を告げた。
「先ほどニアランド王国の国王陛下にお目にかかって参りました」
「うむ」
「ニアランド国王は、フリージア王国の参戦に礼を述べられました。そして、ポポ殿下にも礼を述べられ、よろしく伝えるようにとおっしゃいました」
「む……そうか! そうか!」
隣国の王が、名指しで自分に礼を述べた事で、ポポの自尊心は大いに満たされた。
そこへエノー伯爵が声を潜めて告げる。
「それで……ニアランド王国よりポポ殿下に婚姻の打診がございます」
「こ……婚姻……! 相手は……その……美人か?」
「少々お待ちを」
エノー伯爵は、天幕の外に声をかけ一枚の姿絵を運ばせた。
「こちらが輿入れを打診された姫のお姿でございます」
「おおっ! なんと美しい!」
姿絵には一人の美しい少女の姿が描かれていた。
品良くまとめられた金色の髪、神秘の湖のように澄んだ青い瞳。
ポポは一目見て気に入った。
「うむ! 良い! エノー、話を進めろ!」
「かしこまりました」
ポポは知らなかった。
大陸北西部では、王族貴族の婚姻をする場合、画家が描いた姿絵を事前に交換する習慣があった。
だが、姿絵は……かなり美化して描かれる……。
つまり異世界フォトショ職人とでも言うべき技量を画家は持っていたのだ。
*
荒ぶるポポをなだめたエノー伯爵は、自分の天幕へ向かった。
(さてさて、これでフリージア王国とニアランド王国の関係は、より一層強くなる……)
エノー伯爵は、遠くに見えるメロビクス王大国軍の陣をにらんだ。
(ふむ……メロビクス王大国が、侵攻してくるとは……。メロビクス王大国とも絆が必要だ。誰かメロビクスと連絡を取れる者はいなかったか?)
エノー伯爵は、しばらく歩いたところでシメイ伯爵に捕まり、散々頭髪の事をなぶられた。
「ええい! うるさい! メロビクスの別働隊と戦いたいなら、許可を出す! 本隊には、手を出すな! いいな!」
「おう! 任せろ! ハゲ!」
「わしは、ハゲてないわ!」
ハゲ扱いされたエノー伯爵は、やや薄くなった頭頂部を気にしながら自分の天幕に戻り、メロビクス王大国へ向けた密書をしたためた。
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