第53話 ドラゴニュートの尾

 ミスル国の首都レーベにやって来た。

 マイル川沿いの歴史ある町だ。

 建物は日干しレンガ造りで、あまり美しいとは言えない。


 だが、食べ物は美味い!

 香辛料や砂糖が安価なせいだろう。

 味付けがしっかりしている。


 ミスル国ラムセス国王への面会依頼は、すんなり通った。

 俺たちは宮殿に招かれ謁見の間に通された。

 国王との謁見なので、王子の俺、男爵のじい、ギルド長の黒丸師匠の三人だ。


 白い石造りの宮殿は美しく、間口が明け放されているので川から風が吹き抜けて涼しい。

 開放的な雰囲気は、南の異国に来たのだなと実感させられる。


 謁見の間はとにかく広い。

 体育館よりも広いな。サッカーが出来そうだ。

 その広い謁見の間に多種多様な種族、人種が詰めかけている。


 ライオン型の獣人や地球世界で言うアフリカ系の人族もいる。

 フリージア王国近辺では、見かけないな。


 さすが歴史ある大国だ。

 広い国土に多種多様な種族が住んでいるのだろう。


 俺たちは謁見の間に通されると、ど真ん中に立って待つように言われた。

 しばらくして、ミスル国王の来場が告げられる。


「太陽の子にして、この世界で唯一の偉大なる王! ラムセス七百七十七世陛下、ご入来!」


「すげえ……、七七七って……」


「ハッタリでございますよ」


 俺がボソリと呟くと、じいが直ぐに修正情報をくれた。

 なんだよ。権威付けの為に、盛っているのか!


「仲の悪いギガランド国が七七六世なら、ミスルが七七七世にする。するとギガランドは……」


「七七八世にすると……、二国で競り合った結果増えて行ったのか……」


 謁見の間の奥の白い幕がめくりあげられて、ミスル国王が入って来た。

 四十才位の人族で痩せぎすの男だ。


 白のゆったりした布を体に巻き付けて、黄金の腕輪や黄金の髪飾りを付けている。

 黄金づくりの豪奢な装飾品は、さすが大国! と思わせられる。


 だが、国王さんの貧相な口ヒゲがマイナスポイントだな。

 小物感を漂わせて、あれがすべてをぶち壊している。


「遠方よりよくぞいらした。ミスル国は貴殿を歓迎するぞ。余がラムセスじゃ」


 黄金の椅子に座るとミスル国王は、甲高い声で話しかけて来た。

 ちょっと嫌な感じを受けたが、礼法に則った挨拶を返す。


「突然の訪問にもかかわらずご尊顔を拝す機会を頂戴いたしました事を感謝いたします。フリージア王国第三王子アンジェロでございます」


「うむ。アンジェロ殿からの希望は書面で確認した。そちが買い取ったミスル国兵士の家族とエルハム・メネヒブクカウラの母親を連れ帰りたいとの事じゃな?」


「左様でございます」


「ふむ。ふむ。ふむ。どうしたものかのう。どうしたものかのう」


 な、なんだ?

 ミスル国王は、頭を左右に振って大袈裟に悩む芝居を始めたぞ。

 これって駆け引きなのかな?


「さ、些少ではございますが、もし必要であれば金貨のお支払いもいたしますが?」


「いや! 遠方からわざわざ来た異国の王子にそのような事ものう。無粋であろう。のう? のう? のう? のう?」


 何だろう?

 国王さんの周りの家臣に話を振っているよ。


 あ、これは『フリ』なのか?

 じゃあ、そろそろ話を振られた家臣が、条件を出してくるのかな?


 太ったハゲ頭の大臣らしき人が話し出した。


「国王陛下! ようございましょうか?」


「苦しゅうない! 申してみよ!」


「アンジェロ王子は、幼いながら冒険者としても卓抜した技量と豊富なご実績をお持ちと聞いております」


「ほう! 冒険者とな!」


「何でも『王国の牙』という無敵のパーティーを率いていらっしゃるとか」


「ほう! 『王国の牙』とな!」


 いや、これ絶対に事前打ち合わせをしていただろう。

 芝居がクサすぎるぞ。


「アンジェロ王子には、その冒険者としての力でもってミスル国にご貢献を頂き。その実績をもって国王陛下が願いをかなえると言うのはいかがでしょうか?」


「ほう! なるほど~。それは名案であるな!」


 つまり俺に何かして欲しいのね。

 魔物退治かな?


「私に出来る事なら微力を尽くしますが……。私はフリージア王国の王子ですので、貴国ミスルでは外国の王族になります。ですので、あまり派手な活動は如何なものかと……」


 戦争に参加させられてはたまらないので、やんわりと釘を刺す。すると大臣が、間髪入れずに代案を出してきた。


「なるほど。それでしたら『冒険者のアンジェロ』としてお引き受け下さいませんか? そうすれば後々外交問題にもなりません」


「ふむ! それは名案であるな!」


 まあ、そっちがそれで良いなら、俺の方は構わないけど。

 何をさせる気なのかによるな……。


「わかりました。冒険者のアンジェロ、『王国の牙』としてご相談を受けましょう。それで我々に何を?」


 ミスル国王と太った大臣が、目を見合わせてニヤリと笑った。

 太った大臣が大声で相談内容を告げた。


「砂竜を退治して頂きたい!」


「砂竜?」


 聞いたことがないな……。

 名前からして竜種だと思うけれど……。

 俺の後ろに控える黒丸師匠をチラリと見たが、黒丸師匠も知らない様子で首を振った。


「詳しい状況をご説明下さい」


「我が国南部にミスリル鉱山がございます。そのミスリル鉱山手前の砂漠地帯に砂竜が現れたのです。現在ミスリルの採掘作業が止まっており、非常に難儀をしています」


 砂漠に出る竜で砂竜か……。

 あ、背中の方でブワリとやる気を感じた。

 黒丸師匠がやる気になっているな。


「砂竜の詳しい情報はありますか?」


「三匹の砂竜が確認されておりますが、もっといるのではないかと睨んでいます」


「なるほど……」


 複数頭いると言う事は、ワイバーンなんかと同じ亜竜かもしれない。

 竜種は縄張り意識が強いから、複数頭現れる事は滅多にないのだ。

 だが、亜竜は複数頭で縄張りを維持する事がある。


 亜竜数匹なら、俺と黒丸師匠の二人でも討伐可能だろう。

 引き受けても良いかな……。


「アンジェロ殿への依頼は、この砂竜を討伐する事です。砂竜の素材と魔石は、我が国の所有といたします」


「え!?」


 それは……、ちょっとおかしいな。

 冒険者に討伐依頼を出した場合は、討伐した魔物の素材や魔石は冒険者の物になる。

 冒険者ギルドが定めたルールだ。

 知らないのかな?


「あの……、ご存知ないのかもしれませんが、討伐した魔物の素材や魔石は討伐した冒険者の所有物なのですが……」


「いや! それはいけません! 砂竜は我がミスル国領内に現れたのですから、所有権は当然我が国にございます」


「いや、冒険者ギルドではですね。そういうルールにはなってないのですよ。魔物素材は討伐した人間の物になるのですよ」


「いえいえ! アンジェロ王子、それはいけません! 砂竜の素材は我が国の物です!」


 太った大臣は強気だな。引く気が全くない。

 国王の方は半笑いで俺と大臣のやり取りを眺めているだけだ。


 どうやら二人は俺にタダ働きをさせたいらしい。

 砂竜を倒して貰って、素材や魔石も頂いて一石二鳥のつもりなのだろうな。


 うーん……。

 国王と大臣のやり口には腹が立つが、『ミスル国兵士の家族とエルハムさんの母親を連れ帰りたい』と頼み事をしているのはこっちだからな。


 その弱みに付け込んで来たか……。

 どうした物かな……。


「さあ! アンジェロ王子! お引き受け頂けますかな?」


 太った大臣が一層声を張って俺に詰め寄った。

 すると俺の背後から黒丸師匠が常にない冷たい声で話し出した。


「認められないのである」


「はっ!? 今なんと?」


「さっきから黙って聞いていれば何であるか! それがしは商業都市ザムザのギルドマスター黒丸である。『王国の牙』の前衛を務める者である」


「チッ! お名前は伺っております……」


 大臣は舌打ちして、黒丸師匠を睨みつけた。


「大臣殿は先ほど『冒険者のアンジェロ』に相談すると言ったのである。それならば、本件はミスルの冒険者ギルドを通し、冒険者ギルドのルールに則った処理をするのである」


「いえ、ですから! 砂竜の所有権は……」


「それがしは怒っているのであるよ!」


 黒丸師匠の底冷えする声が謁見の間に響いた。

 ここは灼熱のミスル国のはずだが、真冬の北国のように寒く感じる。

 黒丸師匠が『威圧』しているからだ。


 やばいぞ!

 本気で怒っている!


「オマエたちはわかっているのであるか? それがしたちは『王国の牙』であるよ。竜種を何匹殺したと? 数えきれない程討伐したのであるよ。それがしたちにとって竜退治など、ハエを落とすに等しいのであるよ!」


『威圧』が強くなる。

 謁見場にいる貴族や兵士が、バタバタと気を失って倒れだした。


「おわかりか? 『王国の牙』は、一人一人が竜を上回る力を有しているのである。オマエたちの目の前に立っているのは、竜を超えた者なのである! この宮殿を更地に変えるなど造作もない事なのである!」


 太った大臣は、腰を抜かしてへたり込んでしまった。

 黒丸師匠は止まらない。


「オマエたちはロクでなしである! 民をかえりみず戦争を続け! 殿しんがりを務め勇戦した貴族の娘を助けず! 自分たちの国に出た砂竜の討伐を自力で出来ず! さらにアンジェロ少年に砂竜を倒して、素材をよこせとタカリをかけたのである! このクズめ!」


 先ほどから謁見場の内外で人の倒れる音が連鎖している。

 もうこの場に立っていられる人は、余程精神力が強い人だけだ。


 一部の将軍や高官と思われる人物だけが、かろうじて立っている。

 彼らは膝をガクガク震わし顔面蒼白だが、黒丸師匠の殺人的な威圧を受けたのだ。立っているだけで褒めてあげたい。


「アンジェロ少年! もう良いのである! この国自体を潰して帰るのである!」


 いや~、ここまで怒った黒丸師匠を見るのも久しぶりだな。

 ミスル国については、奴隷商でエルハムさんの話を聞いた時から怒っていたからな。

 腹に据えかねたのだろう。


「まあ、黒丸師匠。それ位で矛を収めてください。俺も一応王子なので、外国を潰したりすると色々と面倒なので……」


 黒丸師匠をなだめて辺りを見回すと、意識のある人間は数えるほどしかいなかった。

 じいは立ったまま目をクワッと開いて失神していた。


「あー、えーと。ミスルの冒険者ギルド経由で依頼を出して下さい。ちゃんと砂竜は討伐するので。それではミスル国王陛下! これにて失礼をいたします!」


 黄金の玉座で失神し失禁しているミスル国王に深く一礼して俺たちは退出した。


「金がなければ、あの金ピカの椅子を売れば良いのである!」


 黒丸師匠の怒りは、しばらく収まらなかった。

 虎の尾ならぬドラゴニュートの尾を踏み抜いた太った大臣は、泡を吹いていたな。色々無事である事を祈る。

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