第52話 ミスル人奴隷たち
ギガランド国の奴隷商人にミスル国貴族の娘エルハムさんと彼女の部隊を丸ごと買い取る事を伝えた。
ジョバンニとベルントが価格交渉の為に応接室から出て行った。
しばらくするとエルハムさんが礼を言いに応接室へやって来た。
「アンジェロ王子! この度は、私の希望をかなえて下さりありがとうございます!」
「いえいえ。優秀な人材をまとめて確保出来て、こちらとしても良かったです」
その後はエルハムさんの待遇について、じいから説明をした。
エルハムさんは、アンジェロ領の騎士爵になる事や奴隷として買った兵士たちの面倒を見る事を快く引き受けてくれた。
「アンジェロ王子、実はもう一つお願いがあるのですが……」
「何でしょう?」
「この者たちをミスル国から連れて来て貰えないでしょうか?」
エルハムさんは、懐から一枚の紙を取り出した。
じいが受け取って俺にその紙を渡す。
紙には人の名前がずらずらっと書いてある。
何かのリストだ。
「このリストは?」
「これは捕虜になった兵士……。アンジェロ王子が奴隷としてお買い上げになった兵士たちの家族です」
「兵士たちの家族という事は、ミスル国に住んでいるのですよね?」
「そうです。兵士たちは、夫であり父親であるのです。一家の大黒柱を失った兵士の家族の中には、路頭に迷う者も出て来ましょう。奴隷に落とされ幼くして娼館で働かされる者も出て来ましょう」
「うーん……。まあ、それは確かに気の毒ではあるが……」
「そこでアンジェロ王子がミスル国から兵士たちの家族を引き取れば、家族たちは助かりますし、兵士たちも喜んでアンジェロ王子に忠誠を誓うでしょう」
「その理屈はわかるが、ミスル国が兵士の家族を譲ってくれるかな?」
「そこは何とも……。しかし、フリージア王国の王子であらせられるアンジェロ王子なら、交渉のテーブルにはつけるかと存じます」
礼という話だったが、ちゃっかり新たな要望を突き付けて来たな。
エルハムさんは、話すだけ話すとさっさと退出して行った。
ビジネスライクな人だな。
まあベタベタされるよりはいいや。
こういう頭の回転が速い所を買ったのだから。
改めて手元のリストをじいと二人で見てみる。
「エルハム殿の母御もリストに入っておりますな」
「え!? あれっ、本当だ。ちゃっかりしているな」
「まあ、貴族家の跡目争いもあったのなら、娘の所に身を寄せる方が良いかもしれませんな。しかし、貴族も引き取るとなると……、ミスル国王に話を通さなければならんですな……」
「
俺とじいが眉間にシワを寄せて考え込んでいるとジョバンニとベルントが戻って来た。
「ただいま戻りました。おやっ? いかがなさいましたか? 何か問題でも?」
「いや、実はさ……」
ジョバンニとベルントに、エルハムさんからの要望を聞かせた。
ジョバンニがすぐに反対の声を上げる。
「そこまでする必要がございましょうか? 我々は奴隷を買いに来ただけです。既にエルハム殿の希望を受け入れて部隊を丸ごと買い取りました。更なる要求は、少々図々しいのではないでしょうか」
なるほど。
確かにそうだね。
「ベルントはどう思う?」
商業都市ザムザで奴隷商を営むベルントは、今回アドバイザー的な立場で同行して貰っている。
プロの奴隷商人から見て、今回のエルハムさんの要求はどうなのだろう?
「宜しいのではないでしょうか? エルハム殿のご希望をかなえて差し上げては?」
意外だな。
怪しからん! トンデモない! 奴隷を甘やかす必要はありません! 位の事は言うかと思った。
「理由は?」
「理由は二つございます。一つは、家族が居た方が奴隷の働きぶりが安定するのですよ」
「ああ、やはり家族が居た方が、安心して働けるという事か……」
なるほど、奴隷のパフォーマンスが良くなるのか。
ベルントも良い所があるのだな。
奴隷商人と言っても、心根は優しい人間なのかもしれないな。
俺が一人納得するとベルントが爆笑した。
「ブワッハハハハッ! いや、アンジェロ殿下はご慈愛に満ちていらっしゃる。残念ながら、そうではございません。『働きが悪かったらオマエの家族がどうなるか、わかっているだろうな? 手籠めにして、娼館に売り飛ばすぞ!』と脅すのでございますよ」
ダメだ。やっぱりこいつは最低だ。
人質として家族を手元に置くのかよ。
「聞くんじゃなかった……」
「ブハハハ! まあまあ、そんな私を嫌わないで下さい。今回は大陸中央部のミスル国の奴隷でございます。私たちが住む大陸北西部とでは、食べる物から生活習慣まで何から何まで違います。ならば、保険を打っておく、という事でございます」
「保険?」
「彼らは兵士で同じ部隊の所属でございます。反乱を起こしたらいかがなさいますか?」
「ん!? うーん、そういう可能性もあるのか……」
確かに。アンジェロ領は北部にあるので、ミスル国に比べたらかなり寒いだろう。
ミスル出身者には、辛い生活環境かもしれない。
反乱もあり得なくはない。
俺が腕を組んで考え込むと、じいがベルントに賛成した。
「じいもベルントに賛成でございます。人を使うのに『飴と鞭』は必要でしょう。ミスル奴隷の家族を領主館の近くで働かせれば、いざという時の
飴と鞭か。
確かに日本の職場でも使われるよな。
生活を人質に取られている、なんて言う人もいたな。
俺は良い領主であろうと思うけれど、飴ばっかり配っていてはなめられる。
ベルントやじいの言うような、支配者らしいシビアな考え方も慣れないといけない。
「わかった。もう一つの理由は?」
「奴隷の買い取り額が安かったのですよ! いや~、買い叩きました! 奴隷が安く手に入ったのですから、ついでに家族もミスルから買われたらいかがでしょうか?」
そんなにキラキラした良い笑顔で言われてもねえ……。
ギガランドの奴隷商人相手に嬉々として値切るベルントを想像したらちょっと引いた。
「あー。ジョバンニ。そんなに安くなったのか?」
ジョバンニは、頬をピクピクさせて答えた。
「……一人銀貨三十枚です」
「……そりゃまた買い叩いたね」
商業都市ザムザでは奴隷の相場は、金貨二枚、銀貨だと二百枚だ。
日本円換算だと、二百万円のところを三十万円まで値切った事になるな。
「ベルント、鬼だな!」
「なにをおっしゃるのですか! この国は戦争ばかりしているので、戦争奴隷は在庫がダブついているのですよ。在庫奴隷は食事をするので、置いておくだけで金がかかります。怪我していた者も引き取って一人銀貨三十枚ですから、これはもう神の慈悲とでもいうべき行いです!」
「神の方が何て言うかねえ……。エルハムさんはいくらだったのだ? 美人だし貴族の娘だから高かったろ?」
「いえいえ。エルハム殿は売却の難しい不良在庫でございますよ。彼女は貴族の娘ですので奴隷にするには、二の足、三の足を踏みますし。他の奴隷と同じ扱いにも出来ない金食い虫ですよ。それをアンジェロ殿下が慈悲を持ってお引き取りになるのですから、ここは感謝の心で献上するのが商人の道という物です」
「……色々言っているけど、つまり
ギガランド国の奴隷商人が気の毒になって来たな。
ま、まあ、俺たちとしては安く優秀な労働力が手に入ったから良いけど。
「そういう事なら、予算にかなり余裕がある。ミスル国と交渉して家族を引き取っても良いな。じい! 書面の準備を!」
「かしこまりました!」
俺たちは買い取った奴隷とエルハムさんをアンジェロ領に転移魔法で送ると、ミスル国に移動した。
宿屋に泊り、面会依頼をミスル国王に出し返事を待った。
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