第31話 手紙
翌日、いつもの時間に登校すると、下駄箱の中に薄い黄色の封筒を見つけた。多分糊で封がしてあるそれには、表にも裏にも何も書いてなくて、だから沙耶は悩んでしまった。…これは、何の手紙だろう。ここに置いていった人が、場所を間違えているっていうことはないだろうか。
(…見ても、大丈夫なのかな…。相手を間違えてるんだったら、見ない方が良いのかな…)
そんな風に下駄箱の前で考え込んでいたら、後ろから背中をぽんと叩かれた。
「沙耶、おはよう。何してるの?」
「あ…っ、ああ。おはよ、優斗」
差出人も分からない封筒を、咄嗟に隠す。でも、優斗にはすぐにばれてしまった。
「なに? 手紙じゃん。沙耶、もらったの?」
「…もらった…、っていうか、下駄箱に入ってたの…。…場所間違えたのかなあ?」
戸惑う沙耶の応えに、優斗が嬉しそうに笑った。
「そんなの、間違えるわけないじゃん。そっか、沙耶にも春が来るんだね!」
「えっ、そういう手紙?」
優斗は、沙耶の問いに、また笑った。しかも、すごく浮かれている。
「そりゃ、そうじゃないの? そっかー、そっかー。良かったな、沙耶」
「いや、良かったとか、そういうのじゃないよ? 多分」
あまりに優斗が浮かれているので、傍から見ると手紙を受け取ったのが優斗みたいに見える。でも、本当に沙耶に宛ててこの封筒が届けられたのだったら、ちょっと困るなあ、と思った。
手紙を手に、躊躇う空気を感じたのか、優斗が、どーしたの? と首を傾げた。
「…や…、本当ににそうなら、どうしよって思って」
「なんで? 会ってみたら良いじゃん。なんで『どうしよ』なの?」
優斗に問われて、沙耶ははっとした。…先生のことは、言えない。だから、そんな気になれない、という理由を優斗に説明できないのだ。
「…いや……、なんか、こんなの、初めてだから……」
なんとか、言葉を誤魔化す。でも、本当にこんなこと初めてだから、戸惑っているというのも本当だ。優斗は、沙耶の応えに笑ってぽんと背中を叩いた。
「なんだ、そんなこと。会って、話してみたら、合う人か合わない人か分かるよ。話してみないと、その子がどんな人かも分からないじゃん? 会うだけ会ってみたら?」
もうすっかり封筒の中身が男の子からのものだと決めてしまっている。沙耶は、そんなんじゃないかもしれないよ、と優斗に言っておいて、封筒を鞄の中に仕舞った。そのまま靴を履き替えて、廊下を右に行く。北校舎へ行こうと思ったのだ。
「? 沙耶? 教室行かないの?」
「…だって、この封筒の中身が本当にそうなら、人の居るとこでなんか、読めないよ…」
沙耶が苦笑して応えると、優斗は、あ、そっか、と苦笑いした。どうやら出しゃばってしまったことを恥じているようだった。
「うん。じゃあ、後でな。上手くいったら、教えてよ」
「上手くいったらね」
優斗が南校舎に行ってしまうのを見届けずに、沙耶は北校舎の階段を登った。この前、芽衣に連れられた階段を上る。二階には特別教室がずらりと並んでいて、そのうちのひとつに、沙耶は入っていった。
椅子にも座らずに、鞄から取り出した封筒の封を切る。中には封筒と同じ色の便箋が一枚入っていた。
『今日の放課後、体育館の裏に来てもらえませんか』
書かれていたのは、それだけだった。文字は角ばった文字で、確かに差出人は男の子かもしれないとは思うけれど、これは、優斗が言うような手紙なのだろうか。それとも……。
(…崎谷先生も、人気あるし……)
もしかして、ばれたのかな、とちょっと背筋が冷える思いだ。これが女の子からだったら、崎谷先生を取らないで、という手紙にも見えるのだ。もしそうだったら、どうしよう…。
崎谷先生を、諦めることなんて出来るだろうか。もう知ってしまった、蜜の味。そう思うだけで、昨日先生が触れた鎖骨の下辺りが甘く疼く。
(どうしよう…)
どちらにせよ、そして全く違う話だったとしても、手紙を見てしまった以上は、やはり今日の放課後、体育館の裏に行かないといけないだろう。どうか、ばれてませんように、と祈るばかりだった。
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