第12話 雲行き
空がグレーの雲に覆われていた。低気圧が近づいてきているとかで、夕方から雨になる、と朝の天気予報で言っていた。窓から入ってくる風も、どこか湿り気を帯びているように思うから、もうそろそろ降り出すのかもしれない。
教卓には崎谷先生が立っていて、紙の束を抱えていた。
「それじゃあ、この前の小テスト返すから、名前呼んだら取りに来て」
先生が抱えている束は、小テストの答案用紙らしかった。男女で五十音順に名前が呼ばれて、その度に生徒が席を立って教卓まで取りに行く。
「―――、大滝、…もうちょっと頑張れ。加藤…、調子良いじゃないか。金山、……もーちょっと丁寧に問題読め」
次々と、名前を呼ばれていく。
「岡本」
沙耶も呼ばれて席を立った。教卓まで答案を取りに行くと、先生が手渡してくれるときに、眼鏡越しに微笑ってくれた。
「前より良く出来てる。その調子だ」
思いがけずやさしい声で褒められて、嬉しくなった。自席に戻る途中で優斗と目が合って、良かったな、と目で合図されて、嬉しかった。答案を見てみると、実力テストのときより赤い丸が増えている。多分平均点よりはまだ悪いだろうけれど、でも沙耶にとって、これは進歩だ。満足感に浸りながら席に着く。崎谷先生は全ての答案を返却し終わると、教卓に手を置いてクラス全員に向かって話し始めた。
「自分の弱いところを、ちゃんと復習しておくこと。中間まで間がないことだし、部活や遊びも良いけど、ちゃんとやるべきことはやっておくこと」
そうなのだ。うかうかしていると、すぐに中間テストが始まってしまう。沙耶は現国などの文系科目はまあまあ出来たので、やっぱり理系科目を重点的に勉強しなければならないだろう。…進路は文系を選択するつもりなので、なんだかちょっと腑に落ちないところもあるけれど。
そうして授業が始まった。前回の授業の復習を少しやって、それから今度はグラフの移動について授業が進んでいく。沙耶はやはり、教科書と先生の板書を見比べるので精一杯だった。とても、理解して頭に叩き込んで、そうして問題がすらすらと解けるようになるとは思えない。一生懸命、先生の板書を見ていると、時々ふと、崎谷先生の視線と目が合うような気がした。沙耶の席は教室の後ろの方だったので、教室全体の様子を見渡していたのかもしれない。でも、くるりと全体を見渡す視線が、ふいに沙耶のところで止まるような気がした。…もしかすると、授業についてきているかを心配してくれているのかもしれない。少し恥ずかしい気持ちになりながらも、沙耶は嫌な気分ではないことに気がついた。
(……だって、気にかけてくれてるんだったら、頑張らないと…)
崎谷先生は、やさしい。そんな先生が、出来の悪い生徒を気にかけるのは当たり前かもしれないけれど、その気持ちになんとか応えたいと思う。そう思わせる先生っていうのは、やっぱり悪い先生ではないと思うのだ。むしろ、生徒のことを良く考えてくれる、いい先生だと思う。
(……その辺を、やっぱり優斗に分かってほしいなあ)
そんな風に思う。崎谷先生が、沙耶だけを補習したのだって、別にその後、クラスの中で何か言われたわけでもないし、逆に「連休中まで勉強なんて、災難だったね」などと同情されたくらいだ。だから、優斗が気にしすぎなんじゃないかなと思う。優斗は優斗で、沙耶が何か揉め事に巻き込まれるのではないかと心配してくれているのだから、それも悪いことじゃない。どう言ったら、優斗に分かってもらえるかなと、そんな風に思った。
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