第11話 穏やかじゃない昼




翌日。午前中の授業を終えて、沙耶は優斗に誘われて購買部に向かった。いつもながら売店は混んでいて、この時期は、ちょっと人ごみが暑いくらいだ。なんとかサンドイッチをゲットした後、会計の列に並んでいると、後ろから頭をぽんと撫でられた。


「沙耶たちも買いにきてたの?」


「あ、芽衣ちゃん」


頭の上に手を置かれたままだったので、沙耶は後ろを振り返るのではなく、首を上に仰いだ。にこにこと笑っている芽衣の手にはおにぎりがひとつ。三人は仲良く会計の列に並んだ。


「今日はちょっと急いで食べような、沙耶」


「あ、そうね」


昼休み中に、優斗に昨日やってきた数学の問題集を見てもらうのだ。教室じゃ煩いだろうから、図書室に行くことにしてある。


「へえ、勉強? 頑張るわねえ」


私なんて、もう小テストなんて捨てちゃってるわよ、なんて言って芽衣が笑う。別に成績に響くわけでもない小テストだけど、崎谷先生には連休中にもお世話になっているし、出来ればあまり悲惨な点数は取りたくないな、というのが沙耶の気持ちだ。


「まあ、あんまりな点数も、なんだかなーって思って」


「良い心がけだ」


沙耶が苦手意識から苦笑いで言うと、会計の列の前の方からこちらに向かって崎谷先生が歩いてきていて、声を掛けてくれた。手には会計の済んだビニール袋が提げられている。先生は今日もお弁当を頼み損ねたようだった。


「崎谷先生」


沙耶の顔が綻ぶのと、優斗の目つきが鋭くなるのが同時だったことに、芽衣は気付いた。


「しっかり勉強してこいよ。小テスト悪かったら、また補習するからな」


「えー、またですか?」


補習、の言葉に、連休のことを思い出している二人の間に、優斗が割って入る。


「大っ丈夫です。今日、沙耶と一緒に俺が勉強しますから」


「おう、高崎。そういうお前も、気ぃ抜くなよ?」


崎谷先生が優斗に視線をやって、言う。そうなのだ。だから、なるべく優斗の負担になってはいけない。大丈夫。ゆっくりきちんと解けば間違わないって、崎谷先生が教えてくれたから、小テストのときも、そうすればいいのだ。


会計の列が動く。沙耶は一歩前に進んで、でも優斗は先生と向き合ったままだった。


「先生の思うとおりになんか、させませんから」


優斗は先生に向かってはっきりと言った。少し剣のある声に聞こえた。空気も、なんだかぴりぴりしたものになっている。


「俺? 何のことだ?」


「とぼけたって、無駄ですから」


「あ、…あの、優斗……」


ただならぬ優斗の様子に、沙耶はその腕をきゅっと引っ張った。優斗が振り向いて列の前に進む。その様子を見ていた先生に、芽衣はぽそっと声を掛けた。


「…敵視されちゃったわね、先生」


「……何のことだか」


先生が肩を少しすぼめて見せて、そして職員室に戻っていく。沙耶はおろおろと隣の優斗と、後ろに歩いていってしまった先生を交互に見ていた。





「ねえ、優斗。先生なんにも悪いことしてないよ?」


「沙耶にはしてないかもしれないけど、他の生徒にとって良いことじゃないよ」


図書室で教科書と問題集を広げながら、優斗が言う。沙耶も倣ってノートと問題集を広げた。問題を確認して、そして沙耶のノートに優斗の視線が来た時に、沙耶は昨日芽衣と話したことを言った。


「先生は、ずっと前から先生やってらっしゃるから、本当に駄目なことはされないと思うの。だから、優斗の思ってること、勘違いだと思うの」


「…勘違いだったら、良いけど」


優斗が言葉を切る。沙耶が自分の言うことが受け入れてもらえたと思って安心すると、優斗が話を続けた。


「だったら、尚更、小テスト頑張らなきゃいけないじゃん? 崎谷先生のこと、煩わせるわけにはいかないんだから」


煩わせる、の言葉に、沙耶は胸がしくりとした。崎谷先生にしても、優斗にしても、自分はなにかと色々煩わせているようだった。


「あ、…うん」


「だから、ここのページから見ていこ。俺もやってきたから、照らし合わせたら、少しは分かるんじゃないかな」


優斗の声は、もうやさしい。そのことだけにでも、沙耶は少し胸を撫で下ろす。崎谷先生のことも優斗のことも好きだから、なるべく二人が先刻みたいに険悪にならないといいと思う。それには、まず、自分がちゃんとしなきゃいけないんだ、と沙耶は思った。








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