第7話 やさしさ-2
試合は、僅差で優斗たちが勝った。グラウンド中央で選手同士で礼をしてから、集団がばらけた時に、優斗が沙耶たちに向かってガッツポーズをして見せた。沙耶たちは腕を上げて拍手をして、優斗の活躍を称えた。横尾先生も拍手をしていた。
「さーて、俺は職員室に戻るけど、お前らはどーすんだ」
横尾先生に聞かれて、沙耶は答えていた。だって、崎谷先生と約束したんだから。
「崎谷先生に、試合の結果、お知らせしようかなって」
隣に居た芽衣にどうするかと尋ねたら、沙耶に付き合ってくれるというので、三人で職員室に向かった。横尾先生はそのまま職員室横の入口から入っていって、沙耶と芽衣は昇降口から上履きに履き替えて職員室へ向かった。
「失礼します」
扉を開けて礼をすると、近くに居た先生達が、一瞬こちらを見て、そのまままた仕事に戻る。部屋の真ん中までは声が届かなかったようで、やっぱり崎谷先生は机に向かったままだ。机と机の間を、芽衣と一緒に先生の方へ歩いていく。
「先生」
声を掛けると、やっぱり漸く気がついてくれたように崎谷先生が顔を上げた。おお、なんて言って、眼鏡越しに微笑う。
「どうだった、試合」
「優斗たちが勝ちました。…えーと、18対15です」
「そーか。結構接戦だったな」
にこにこと嬉しそうにしているのは、やっぱり担任を持った生徒が活躍したのが嬉しいんだろう。
「…あの」
沙耶は躊躇いがちに先生に声を掛けた。こんなこと、聞いてどうするって訳でもないのだけど。
「ん? どーした?」
この前と同じく、先生が座ったまま沙耶を見上げてきた。いつも教卓に立っている先生の姿を見慣れているから、やっぱり見下ろすのは不思議な感じがする。
「…あの、……その、先生、暑くなかったかなって……」
崎谷先生は最初から沙耶たちの背後に立っていた。もし、先刻の背中の汗の訳が沙耶の思うとおりなら、先生は随分と人が良いと思う。
沙耶が聞くと、崎谷先生は微笑った。
「別に、なんともないからな。途中で戻ったし。それより、お前らこそ、ちゃんと自分の管理は自分でしろよ? 天気も良いんだし、水も飲まずに炎天下に居たら駄目だぞ?」
やっぱりだった。高校生にもなって、先生に迷惑をかけてしまったことが分かって、沙耶は申し訳ない気持ちになった。
「す、すみませんでした…」
ぺこりと頭を下げる。芽衣も、ありがとうございました、と言って頭を下げた。ふ、と息の漏れる音がして、ぽんぽん、と下げた頭を撫でられた。
「生徒を、病気にさせる訳には、いかないからな」
本当にやさしく、そんなことを言ってくれた。多分、沙耶たちが気にし過ぎないように、という心遣いだと思う。きっと、崎谷先生は教師という仕事だから、という訳でなく、沙耶たちの後ろに立ってくれたのだ。
ますます申し訳ない気分になる。すると、そんな気配を察知したかのように、もう一度頭をぽんぽんと撫でられて、ほら、顔上げて、と言われた。
「もー、気にすんな。永山も、これからは、気をつけろよ」
「はーい」
芽衣がにっこりと朗らかに笑って言う。沙耶も芽衣の声に釣られて、顔を上げた。崎谷先生は、やさしく微笑ったままだ。
「帰り、気をつけて帰れよ。今日は良く寝ること」
はぁい、と返事をして職員室を出る。扉を閉めるときにちらっと見た視線の先で、崎谷先生が微笑っていてくれた。
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