第6話 やさしさ-1




日曜日。沙耶は芽衣と駅で待ち合わせをして、一緒に学校へ向かった。お天気は程よい晴天で、グラウンドで応援するのには丁度良い具合だった。帽子越しに、水色の空を眺める。


「応援するのはいいけど、私、ルール知らないのよね」


「私も、知らないよ。でも、優斗が、ボール持って走ったら応援しろって」


二人で話しながら歩いていく。まあ、球技なんだから、ボールを持ったら攻撃、くらいは分かる。その程度でいいのだろう。別に、試合を分析して対策を編み出さなきゃいけない訳でもないし。


「優斗くんがいっぱい走るといいねー」


のんびり言いながら、芽衣がにっこりした。芽衣も中学でバレーボールをやっていて、体を動かすのは好きだといっていたから、試合なんかを見るのは楽しいのだろう。沙耶も中学ではバスケットをやっていたし、そういう気持ちは分かる。


校門を潜り、グラウンドに行ってみると、どうやら丁度始まるところらしかった。相手チームの選手たちが円陣を組んでいて、優斗たちも、集まって顧問の先生の話を聞いているようだ。


「丁度良かったね」


「うん」


校舎の敷地からグラウンドに降りる階段脇の、芝の敷いてあるところに二人で腰を下ろした。他にも何人かのギャラリーが居て、沙耶たちだけではないことにほっとする。


ホイッスルが鳴った。一斉に選手達が動き始めて、一気にグラウンドが熱を帯びる。ベンチからの声援も凄い。その声量に、少し圧倒されてしまうほどだ。


楕円のボールが転がって、相手チームと取り合いになる。人の塊の中からボールがぽんと飛び出して、綺麗にパスが繋がった。


「あ! 優斗!」


パスを受けた優斗が走る。相手チームのタックルをかわして、ぐんとスピードに乗った。相手チームの選手が優斗を止めようと懸命に追っていて、優斗はチームメイトがフォローについてくるのにパスのフェイントを入れながら、ディフェンスの間を切り込んでいく。鋭角に曲がるステップは、ちょっとびっくりするほど相手のディフェンスを抜けていく。


優斗の体がゴールラインの向こうに飛び込んだ。ぴーっと高いホイッスルの音がする。トライだとわかった。


「わあっ! すごい!」


芽衣が握りこぶしをぐっと握って叫んだ。沙耶も思わず拍手をする。すると、頭の上から声が被った。


「おー、高崎もやるじゃないか」


声に驚いて見上げると、沙耶たちの丁度背後に、崎谷先生が立っていた。先生は手をかざして日差しを避けながら、グラウンドを見つめていた。


「先生! いつ来たんですか?」


「おう、職員室にホイッスルの音が聞こえたからな。応援してやろうと思って」


職員室に居た、ってことは、今日も先生は仕事をしていたのだろうか。本当に教師って大変だなあと思う。芽衣も崎谷先生を見上げながら、声を掛けていた。


「一緒に見るんだったら、座った方が疲れないですよ」


「良いんだよ、ここで」


先生は立ったまま、芽衣に応えていた。すると、階段を下りてきた人がするりと沙耶の隣に腰を下ろした。


「崎谷が出て行くから、どこに行くのかと思ったら」


「あれ? 横尾先生」


沙耶の隣に座ったのは、横尾先生だった。横尾先生は、座ったまま崎谷先生のことをちらっと見上げて、それから沙耶たちに話しかけてきた。


「なに? 高崎の応援?」


「そうです。優斗くんに誘われた沙耶ちゃんに誘われて」


「高崎も、二年でレギュラー取るなんて、やるなあ」


横尾先生も、グラウンドの方を見つめて、にこにこと言った。どうやら、一緒に応援してくれるらしかった。


「…崎谷先生も、応援されるんでしたら、座った方が楽ですよ?」


横尾先生はちゃんと芝に座ったのに、どうして崎谷先生は立ったままなんだろう。不思議に思って聞いてみると、崎谷先生は、グラウンドから視線を沙耶に戻して、少し口の端を上げてくれた。


「…仕事、残してるからな」


「そーなんですか?」


でも、じゃあ、なんで横尾先生は座っているんだろう。そう思ったけど、その疑問は横尾先生の大きな声に飛ばされてしまった。


「おおっ! 岡本、高崎がまた走った!」


「えっ」


ぱっとグラウンドを振り返ると、優斗が楕円のボールを抱えて疾走している。今度はディフェンスのタックルに掴まってしまった。


「ああっ! 優斗、頑張れ!」


「優斗くん、頑張れ!」


思わず芽衣と一緒にグラウンドに向かって叫んでいた。もみくちゃになりながらも、ボールが生かされる。タックルされた優斗も、起き上がってボールを追っている。試合はぐんぐんと展開していった。


「優斗、行っちゃえー!」


「頑張れっ!」


「そこ! タックル!」


流れるボールに、沙耶たちは一生懸命声援を送った。ボールを追いかけ、体がぶつかり合う度に、ベンチやギャラリーから声が沸き起こる。いつの間にか熱中して、握りこぶしを握って応援していた沙耶たちの背後から、太陽の日差しがさんさんと降り注いでいた。やけに背中が暑いな、と感じて振り返ると、丁度崎谷先生が校舎の方からグラウンドの方へ戻ってくるところだった。


(…あれ? 先刻まで、暑くなかったのって……)


沙耶たちの背後に降り注いでいる日差しは、先刻まで崎谷先生が立っていた角度からのものだった。午後の日差しは五月とはいえ、陽が届く分結構強い。沙耶は帽子のつばを持って、それを深く被りなおした。


グラウンドでホイッスルが鳴る。前半が終わったようだった。


「ほら。お前たちも、ちょっと休憩しろ。水も持たないで…」


崎谷先生はそう言って、手に持っていたポカリのペットボトルを差し出してくれた。ちゃんと人数分、三つだ。


「横尾先生も」


「おう、悪いな」


崎谷先生は、ペットボトルを沙耶たちに手渡すと、もう一度校舎の方へ戻ろうとしていた。…最後まで見ていかないのだろうか。


「先生?」


「俺は職員室に戻るから。良かったら後で結果教えてくれや」


そう言って、崎谷先生は手を振った。はあい、と返事をして先生を見送る。…少し、先生のシャツの背中が汗をかいているように見えた。


「…………」


沙耶たちに日陰を作ってくれていた崎谷先生は、ちゃんと水分の補給はしたんだろうか。大人って、色々に気が回るなあ、なんて、思わず感心してしまった。




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