第5話 約束
「先生、プリント取りに来ました」
昼ごはんを食べ終わってから職員室に行くと、横尾先生が丁度お弁当箱を片付けているところだった。
「おおー、来たか。えーっと、これとこれを持っていってくれ」
渡されたプリントの束は二つ。共和政ローマと帝政ローマについてだった。
「来週の小テストは、このプリントから出すからって皆に言っといてくれ」
このプリント、といわれた紙には、びっしりと重要項目が書き並べてあって、図解も含めるとほとんど隙間なんてない。
「先生、どっちかだけにしましょうよ。これじゃあ、的が絞れないです」
プリントを見た優斗がそう言うと、横尾先生は優斗の頭をものさしで、ぺん、と叩いた。
「ばーか。ヤマ張ってどうすんだよ。全部覚えるために作ったんだから、全部覚えて来い。要点ばっかりだから、今後も役に立つって」
うええー、と優斗が唸る。沙耶も、これだけびっちり書かれてあると、ちょっと辟易する気持ちになってしまう。仕方ない。教師は如何に勉強させるかで、生徒は如何に勉強を避けるかで頭が一杯なのだ。例えば、台風なんかで授業が休みになって嬉しいのは、そういう気持ちがあるからだ。勿論、将来的には、先生方のやっていることの方が正しいと思うけど。
「じゃあ、配っとけよ」
そう言って、横尾先生が、ほら早く行け、と手振りで示した。沙耶と優斗は、プリントを抱えて職員室を出る。二人で並んで廊下を歩いていると、廊下の向こうから見知った顔が歩いてきた。
「あっ、沙耶」
「芽衣ちゃん」
長身の友人は、去年一緒のクラスだった永山芽衣だった。明朗快活な彼女は長い腕を思いっきり伸ばして、ぶんぶんと手を振ってきた。
「どーしたの、そのプリント」
芽衣は沙耶と優斗の傍まで寄ると、沙耶たちが持っていたプリントを見て言った。
「世界史のプリントなの。来週小テストするって、横尾先生が」
「え、ホント? じゃあ、私たちも今度の授業で、それ、貰うのかなあ」
「多分、そうだと思うわ。テストもあるんじゃないかな?」
沙耶が言うと、芽衣が「ええー」と嫌そうな顔をした。全く、「テスト」という響きは、気分を萎えさせるものだ。
「折角あと二日頑張ったら週末だって思ってたのになあ。テストがあるんじゃ、楽しくないよ」
「全くだよ」
芽衣の不満に優斗が思いっきり同意する。優斗が持っていたプリントを芽衣に見せて、こんなに覚えることがあるんだ、なんて訴えている。勿論、芽衣の顔がますます嫌ぁな顔になった。
「じゃあさ。芽衣ちゃんも一緒に、日曜日の優斗の練習試合、応援に来ない? 優斗、レギュラー取ったんだって」
「へえー。優斗くん、出るの? じゃあ、私も折角だから応援に来ようかな」
「ホント? 嬉しいなあ。やっぱり、応援はあった方が気分の盛り上がりが違うからね」
優斗が嬉しそうに笑って言うので、沙耶と芽衣は一緒に応援に来ることを約束した。一人で応援だと声も出ないかもしれないけれど、芽衣と一緒だったら思いっきり応援が出来そうだ。週明けの小テストはともかく、楽しい日曜日になりそうだった。
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