第4話 穏やかな昼
連休が明けて、校舎は賑わいを取り戻していた。授業も通常通り。教室の窓は開け放たれることが多くなり、五月の風が穏やかに生徒達の頭上を通り抜けていた。
「こら! 高崎! 寝てんじゃねーよっ」
教卓から声が飛ぶ。名指しされた優斗は、腕に突っ伏していた顔をがばっと上げた。教室に小さな笑いがおきて、その時にチャイムが鳴った。
「…っと、ここまでか。よし、高崎…、と岡本で、後で職員室にプリント取りに来い。来週小テストするからな」
テスト、の言葉に教室中から「えーっ」という声が上がる。でも、横尾先生はそれを気にするでもなく、教室から出て行ってしまう。おでこに制服の跡をつけた優斗が、沙耶のところに寄ってきた。
「見事に寝てたね」
「昨日、夜更かししちゃったんだ。どーしても、マンガの続きが気になって」
大きな欠伸をして、優斗がおでこを擦る。沙耶は笑って一緒に優斗のおでこを擦ってやった。
「後でって言ってらっしゃったよね、横尾先生。昼ごはん食べてから、行こっか」
「うん」
そう二人で決めて、一緒に購買部へ行く。お昼ごはんのサンドイッチを買うのだ。
校舎の端にある購買部は、沙耶たちが行くともう既に混雑していて、順番待ちの状態だった。沙耶はサンドイッチとヨーグルトを、優斗はコロッケサンドとおにぎりを手に取ると、会計の為にレジに並んだ。
「ねえ、沙耶。今度の日曜日に、練習試合があるんだ。見にこない?」
「日曜? 見に行っても良いけど、私、ラグビー分からないわよ?」
「良いの、良いの。何となく見ててくれたら。ボール持って走ったら、大声で応援するだけだから」
大声で、は、その場の雰囲気になってみないと分からないけれど、まあ、折角優斗がレギュラーで出られるらしいから、それはちゃんと見てあげてもいいと思う。
「うん。そしたら見に行こうかな」
「やった」
優斗が喜んでガッツポーズをしているところへ、ずらっと行列した先頭から、会計を済ませた人が次々に出てくる。その中からひょっこりと崎谷先生が現れた。
「あ、先生」
「おー、岡本に高崎じゃないか」
「先生も、今日は購買部だったんですか」
「おう。弁当頼み損ねたからな」
先生は、手に持ったビニール袋をがさがさやると、その中からパックのジュースを取り出した。
「岡本。この前言ってたジュース。ちゃんと問題集、復習しとけよ?」
差し出されたオレンジジュースを思わず受け取る。…でも、補習中に問題集を八割は解けなかったから、約束はなしなんじゃないだろうか。
「いい、いい。どーせもう一個買ってあるから。その分、頑張って復習しろよ」
「あ、ハイ」
先生は沙耶に言い含めてしまうと、優斗の方を向いて、おう、と声を掛けた。
「先生。沙耶だけ、贔屓ですか」
「違うって。約束だったからな。それより高崎、今度練習試合だって?」
「そーっす」
「レギュラー落とさんように、頑張れや」
「はーい」
優斗の返事を聞いて、先生は職員室に戻って行った。流石、担任を受け持つ生徒のことは良く把握しているなあと思う。教師って、やっぱり大変そうだ。
「先生っていう職業を、なんか尊敬するわ、私」
「そーかもね。それはあるかもしれない」
二人でそんな風に先生への感想を述べ合った。きっと二人とも、もし選べるとしても、教育学部は志望しないだろうなあと思った。
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