#2
校舎は6時に閉められることになっている。実際は、遅くまで部活動をしている生徒がいるので7時頃までに帰宅をすれば、校舎に閉じ込められることはない。
ほんの数十分前には学校中に響き渡っていた騒がしさは息を潜め、帰宅を急ぐ部活帰りの生徒たちの話し声が遠くに聞こえてくるだけだ。ふと、夕焼け空を飛ぶカラスの鳴き声の中に、聞き慣れたピアノのメロディーが耳に入った。
「…リストの《ラ・カンパネラ》。」
音源はおそらく音楽室からだ、と
「…翔太!?」
慌てて充夏も後を追いかけた。太陽が低くなり昼間の明るさが影を潜め始めた渡り廊下を通り、本校舎の階段を上がる。やはり向かうのは先程充夏が部活動をしていた音楽室である。
翔太は音楽室のある階に辿り着くと立ち止まり、ピアノの音色に惹きつけられるように、ゆっくりと入り口の隣にあるガラス戸に近づいた。
扉に背を向けてピアノを弾く背中を確認する。ストレートの長い髪、線の細い体。そして少しクセのある音色。完璧なように聞こえるが、それは充夏にしか分からない欠点だ。充夏は小さく「
辺り一面夕陽色の空間。充夏がほんの数十分前にいた教室とはまるで別世界だ。西日が一番差し込むこの教室では、全てのものが赤い橙色に染まってゆく。ガラス越しに覗き込んだ真剣な眼差しをした少年の横顔さえも、吸い込まれるように同化する。
「ねぇ、やっぱあの子変よ。」
音量を絞ったテレビから流れる笑い声に混じるような声で、充夏の母が漏らした。もう習慣になってしまった、夕飯を食べ終えるとベランダに出てゆく少年のことを指しているのだ。
「ほら、何ていうか、心の病気…って言うのじゃないかしら?」
心配そうに身を乗り出して、黙々とサンマをつついている娘に意見を求めた。
「構って欲しいだけだって。放っておきなよ、五日後には舞叔母さんだって帰ってくるんだし。」
「でも…子供って過敏だし。舞のとこも色々あったからねぇ、翔君だって強がっててもきっと傷付いてるわよね。だから、」
「じゃあ離婚しなければ良かったじゃん。」
少しイラついた声音で言葉を遮った充夏に、母は一瞬目を見開くと、気まずそうに顔を背け言葉を濁す。
「それは…、あの二人だって色々とあったと思うし、考えて出した結果だろうからねぇ。」
少し困った様子の母を斜に見て、充夏はすっくりと箸を置いた。
「…大人は勝手なんだよ。」
ごちそうさま、と小さく呟いて充夏はテーブルを立った。
続く
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