36:彼は『ランキング戦』をしない臆病者

「おい……」


 流石に文句をつけようと思ったが、周りの雰囲気的に文句を言う事自体が間違ってて、


「じゃあ、『神の涙』……ウィクトゥスに関して、あなた方の知らないことに関して教えてあげましょう」


 宵は俺からみんなへと視線を合わせて話を始めた。

 水を指すのも何だし、それにみんなの注意は完全に宵に写ったことから、俺は口を噤む。


「先程も言ったように、ウィクトゥスは軍事利用されていたのですわ。

 それも、最悪の形で」


 宵の話す話は、恐らく重い話だ。

 俺は内容を知っているから大丈夫だが、ここにいる生徒たちは大丈夫なのだろうか。


  今まで『ランキング戦』という温室育ちの子たちが、血みどろの能力者どうしの話を聞いて、耐えられるだろうか。


「ウィクトゥスの効用はムスビが先程行ったような効用ですが、それはあくまで医学的なものです。

 それがなぜ使われているか、それは非常に単純ですわ」

「能力の強化」


 そこで会長が言葉を発する。

 宵はその会長の言葉に頷くとともに、


「単純な強化じゃなく、超強力な強化。

 それも、己を自身の能力によって破壊してしまうくらいに」


 『生徒会室』がざわついた。

 自身を殺すほどの能力。


 通常、能力は自身を傷つけることはない。


 中には自身で喜んで傷つける、というやつはいるが、それは例外だ。

 能力はあくまで使用者のものであり、それに対応した体に能力者は変わっていく。


「例えば、私が使用した場合には、その高温で私の身が焼ける、ということでしょうか?」

「そんな生ぬるいものではありませんわ。

 摂取した状態で全力で使えば、放出系の能力者だったら最低半径5キロは更地に絶対変えます」


 例えば会長が使ったら、恐らく半径15キロはくだらないだろう。

 今の話はあくまで習熟していない能力者が、という話だ。


「でも、その反対に圧倒的な精神異常を引き起こす。

 自身の欲望が抑えられなくなり、そのために能力を使用することで……」


 実際にそれで幾つもの戦場が焦土に変えられた。

 思い出せる光景に俺は歯噛みしながら、話を聞く。


「それで、今回の事件の話に戻りますが、今回の事件で不審な点がいくつか。

 まず、ウィクトゥスはその強すぎる効力のせいで、通常摂取するのは、一滴のウィクトゥスをを数人で摂取するくらいのもの。

 それにウィクトゥスはその性質上、他の液体と混ざり合うことがない物質。

 なのに、それを希釈した上に、通常の人が使ってアレほどまでで被害が抑えられているという事実」


 本来なら、小出さんの持っている注射器の中全部がウィクトゥスならば、この国はすでに滅んでいる。

 だけど、小出さんの様子は正気を保っていた。


 戦ったときは少し狂っていた量だったから、よほどの微量摂取だったのかと思ったけど、


「それほどまでにウィクトゥスに関して知識がある。

 なおかつ、それを私達の知らない方法で希釈できる相手がいるということには気をつけなければいけません」


 ウィクトゥスは危険薬物。

 もちろん手に入れることは、できなくはない。

 だが、それをするためにかかる莫大な労力を考えると、恐らく死んだほうがマシに感じる。


「そして、希釈したウィクトゥスは、生徒たちに出回っている。

 話に聞いた所によると、前にも使用者が出たんですよね?」


 宵はその言葉とともに、ちらりと俺を見る。


「そうです。

 円城という生徒が以前起こした騒ぎのときも、同様の薬物反応が本人の持ち物から検出されました」


 ま、わからなかったわけじゃない。

 俺の想定している物を考えると、ウィクトゥス意外も考えられたからあくまで考えなかっただけだ。


 それに、


「それにしても、被害がここまで小さいのが異常ですわ。

 本来なら校舎が半壊してもおかしくないのに」


 ウィクトゥスにしては効力が小さすぎる。

 目の前にしたからわかるが、アレの効力は円城なんてものじゃない。

 もし円城が使っていたなら、体の内側から大爆発を起こして校舎は最低半壊していただろう。


「不自然なウィクトゥスの反応に関しては、恐らく流通元が何かを意図しているようにも見えます。

 そのために今回は身近にいながらわからなかったのですからね」


 またも俺をちらりと見る宵。

 ……俺は仕事をこの学園に通っているわけではない。

 だからそのなんでお前がいながら、的な視線をやめてほしい。


「正直、今回の件は恐らく流通元に伝わっているでしょう。

 偽の情報だろうと、自身の薬を使っている人間が病院に送られた、ということを察知しているはずですわ」


 小出さんに関しては練習中の事故、という扱いになった。

 幸いにも外傷はないが、精神的なケアが必要だという理由で病院に入院している。


「ま、だからといってこちらの動きが変わるわけじゃないですけど」


 宵は『生徒会室』の真ん中を通り過ぎ、壁際においてあるホワイトボードの目の前に行く。


 そこにキュッキュッと書いていく宵。


 そこには、今後の行動、と書かれていた。


「今回の件で他の生徒に通達することは控えておきましょう。

 下手に混乱させて相手を逃がすより、現状を維持したまま捉えたほうがいいし、何よりウィクトゥスを希釈したものとはいえ、アレを使っている人間を煽りたくないので」


 他の生徒→秘匿、と書かれたホワイトボード。


「そしてできるだけ内密に行動しましょう。

 それこそ流通元の人物に気付かれないように」

「な、ならどうやって犯人を見つけるのでしょうか?

 隠密に動くと言っても見つけようとすればその分目立ってしまうのでは……」


 耳道さんの言葉も最もだ。

 見つけるにも能力は基本的に『ランキング戦』以外では使用禁止。

 会長の能力使用権限も有事の際には、という禁則がつけられている。


 ツテでもあるのか、とホワイトボードを見ていくと、


「いえ、犯人の方から出てきてもらうのです」


 そこには、囮捜査、とデカデカと書かれていた。


「この学校では『ランキング戦』が盛んに行われていますよね。

 一応国内でも上から後本に指に入るとか」

「そこで誘われるのを待て、と?

 確かに一人がウィクトゥスを持っていたのは事実ですが、だからといって再度『生徒会』に声をかけてくるでしょうか」

「えぇ、今回の方は『ランキング戦』での戦績を気にした結果に手を出した、というのは知っています。

 だけど、今回の囮は『生徒会』じゃありませんのよ」


 俺はそこでピンときた。


 そういうことか。

 これからしなきゃならない面倒くさいことに頭を抑えていると、宵は俺の方を向いて、


「ムスビ君に今回は囮になってもらおうと思っているのですわ」

「なんでむーさんが囮になるっすか?

 こんなに強いのに」


 堂上の言葉は最もだ。

 ここにいるメンツの中では俺は一番強い。

 しかし、


「それは全員がそう思っているのでしょうか?」

「こいつは私と違ってまだ『無能力者』をしているのよ。

 そして『ランキング戦』に関しても会長と三体一で戦って敗北している。

 それなのに強い人達があいつの周りには集まる」

「確かに、クラスの人でもまだ覆瀬くんは弱いんでしょ、っていう子もいるね……」


 被瀬と柊の話が、周りの理解を深める。


「そういうことですわ。

 彼は『ランキング戦』をしない臆病者。

 そして、そんな彼が喉から手が出るほど『能力』という力を欲している、と犯人に思わせることができたなら?」


 ま、接触はしてくるよな。


 だから一段階すらできなくしたのか? と考えるが、それはないなと一人結論づける。

 ……だって、成功した時こっそりよっしゃって聞こえたし。


「だから、生徒会の皆さんには噂を流してほしいのです。

 『強くなりたいから』と会長につきまとって困っている、と」


「そしてムスビくんにはわざと負けてほしいですね。

 それも、放出系などの『能力』で負けている相手に」


「周りの人もそれとなく『きちんとした能力があれば強いのに』と話してあげてください」


 つらつらと紡いでいく言葉に周りのみんなは圧倒されていく。


 宵は、人心のスペシャリストだ。


 人に関してわからないことがあったらこいつに聞け、とまで言われているため、非常に作戦で役に立ってくれる。

 戦闘は比較的苦手だが、それも特定の状況を作ることができれば、最強に近い能力を出すことができる。


 『無体』で俺以外に一番敵対したくないやつ一位の座は伊達じゃないな。

 そんな事を考えていると、ふと思い出す。


 あれ? 俺のこの一段階使えない状況いつまで続くの?

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