35:ほら、跪きなさい

 ゴスロリ女は、そのフリフリな服に身を包み、真っ黒で切りそろえられた短髪を揺らしながら、こちらに近づいてくる。

 その顔立ちは幼く、俺よりも幼いと言われても納得してしまうくらいである。


「あらあら、天下のムスビさんもこんな人数にかかられたらそんな醜態を晒すのですね」


 優雅に振る舞うこの女は、その実俺より年上で、なのに俺の後輩に位置する女。

 その女は俺の姿を見るなりくすくす煽るように笑う。


「こんなところまで来るとは飛んだストーカーだなおい」

「はぁ……。

 誰があなたのような力だけの不細工を相手にしなければならないのですか?」

「おー。

 自分のことがよく見えていないように見える。

 しかし良かったね。

 この部屋に鏡があったら絶望してしまうんじゃないか?」

「……何をおっしゃりたいんですの?」

「いや何も?

 ただ思ったことを言ったまでだよ」


 見るからに険悪な雰囲気。


 そう、こいつは俺の古い知り合いであり、


「あの、むーさんと知り合いなんすか?」

「えぇ。

 誠に不満ですがこの豚とは何年もの付き合いでして。

 一緒にお仕事をしていたのですよ」


 その言葉に周りがざわつく。


 お仕事。


 俺のような明らかに強いやつがするお仕事。

 そして、彼女のトンチキな格好に関わらず醸し出る強者の雰囲気。

 それらすべてが、


「じゃあ、あなたも一緒の『組織』に属していた、と?」

「まぁ、そんなところですわ」


 『無体』

 俺が所属していた、たった七人で構成された組織。

 その中の一人だ。


 会長は女の言葉を聞いて、少し黙る。

 その様子に何かを思い出したかのように、


「そういえば、ワタクシ保健室の養護教諭になったんですよ。

 先生として、よろしくお願い致しますわ」

「……まじかよ」

「そうですわ。

 名前を四杯宵(しはいよい)

 4つの杯(さかづき)に宵の明星のよい、と書きます」


 ……間違って前の呼び方しないようにしっかりとおぼえておこう。

 俺は頭の中で名前を復唱していると、


「それで、さっきの話の続きですけど……」


 柊がおずおずと手を上げながら話す。

 その言葉に、俺は肆……宵のことを睨む。


「えぇ、そうでしたわね。

 今回私がここに着た理由は皆さんの話している話と関係のある話なので、お話いたしますわ」


 その言葉に、やはり『ウィクトゥス』の話か、と納得する。


 仮にも『無体』は規模は小さいなりにも仕事の絶えない組織だ。

 それなのにその中の一人が来るということは、


「話していいのか?」

「あら。

 ここまで着て話さないほうが残酷というものではありませんか?」

「……それでも、話す必要はないだろ?」

「だからといって話していないでいると、こうやって何も知らずに事が起こってしまうんですよ」

「……わからなかったんだよ」


 俺はバツが悪くなる。


 そう、『ウィクトゥス』が絡んでいると慣れば、本来なら俺は出張るべきだ。

 なのに、それをしなかったのは、


「今回の事件解決にはムスビさんには参加を禁止させていただきますわ」

「は?」

「いえ、正直、あなたの今回の行動は何もかもが後手に回りすぎていて、解決には邪魔だと判断しただけですわ」

「……そうか」


 俺はその言葉を素直に受け入れる。

 紐から抜け出し、椅子を立ち上がる。

 紐を簡単に抜けられたことに関して驚いているのか、柊と堂上はどうやって抜けたのかを見ている。


 その間に、俺は『生徒会室』から出ようとすると、


「待ちなさい」


 止められる。

 その声は、


「あら、私の判断に何かケチを付けるのでしょうか?」

「えぇ」


 被瀬だった。


「正直、ここにいる中で最大戦力をみすみす手放すような判断を私は良い判断だと思わないわ」

「……あなたは…………。

 そうですか。

 それでも、彼の考え方は今回の事件解決に際しては足を引っ張る原因になるやもしれないのですのよ」


 宵は被瀬を見ると、何か考えたような素振りを見せるが、すぐさま話に戻る。


「それなら、こいつには考えさせなきゃいい。

 こいつは言われたとおりに戦う。

 それでいいんじゃないの?」

「彼がそんなホイホイということを聞くとでも?

 大体今までだって作戦の最中に……」


 宵が昔の話を思想になるが、直前で話しすぎたことに気づき、一つ咳払いをして、


「でも、彼は一番力を持っている。

 言われたとおりに戦うなんて彼が一度嫌だといえば止められないんじゃないですの?」


 うーむ、確かに。

 思わず俺を追い出そうとする方に納得してしまった。

 それに対して被瀬は迷いなく、


「それならあなたが止めればいいんじゃないの?」

「……へぇ。

 確かに私だったら言うことを聞かせることもできると思いますが……」


 そこで俺は思わず鼻で笑ってしまった。


 こいつの『能力』は戦闘向きではない。

 それを知っていてこのセリフを言ったのだと考えると、止められなかった。


「……不愉快な音が聞こえましたけど」

「ふーん。

 ってことは四杯先生でもあいつを止められないのか」


 被瀬の辛辣な言葉に、宵は答えられない。

 これに答えれば、せっかく追い出そうとした俺が戻ってきてしまう。

 それに俺より弱いということでこの中での序列もう上を維持することはできない。


 さぁ、どうするか。


 なにげに被瀬と宵のやり取りを面白おかしく聞いている俺は、少しワクワクしていた。


「ま、見りゃ分かるんだけど。

 で、それならもしあんたが二人いれば、あいつに勝てる?」

「……それはどういうことで?」

「私は人の能力を使える。

 それで四杯先生の『能力』を使えるようになれば、なんとかなる?」


 その言葉に、『生徒会室』の中の空気が止まったお湯に感じた。

 宵はその間で思考しきったのだろう。


「ワタクシが二人分になり、特定の状況を作ることができれば、止めることは十分にできますわね」


 その意見に俺も同感だ。

 流石にその特定の状況を作られれば俺だろうと誰だろうと止めることはできる。


 だが、その言葉通りになれば、という注意書きが存在するが。


「そう。

 なら入れたほうがいいんじゃないかしら」

「……それでも、この男が事件解決の邪魔をしないとは言い切れない。

 そこに関してはどう思うんですの?」

「それに関しては簡単よ」


 被瀬は、宵に近づき、コソコソと話す。

 流石に聞き耳を立てるのは無粋だと思い、聞こえないようにする。


 そして一言二言被瀬が話し終えると、宵は少し驚いた顔をして、


「……やっぱり」

「いいのよ。

 別にいまさら」


 宵のリアクションでは何を話したのかはわからない。

 だが、宵が俺を見る時、


 ニタァ


 ろくでもないことを考えていることは理解できた。


「それじゃあ、仕方がないですが、彼の参加を認めましょう。

 しかし、ワタクシの能力によって勝手な戦闘行動は禁止させていただきます」

「ちょっと待て」


 俺はその言葉にストップをかける。

 それは不穏な言葉すぎる。


 嫌だってほらみんな「戦闘の禁止……?」「能力で縛ることができるのか……」とか言っているし。

 それに


「お前そんなに能力使っていいのかよ。

 面倒になるぞ?」

「あくまで体裁ですわ。

 そうすることによってあなたの驚異も薄れるのよ。

 ワタクシの気遣いに感謝しなさい」


 そういうことか。

 俺は言い返すことができずに、黙る。


 宵の能力で『縛った』ことにすれば、俺はあくまで壱生徒として振る舞うことができる。

 ま、実際にもできるから不自然になる点はないと思う。


「それじゃあ、まずは『縛り』を与えてから話を続けるわ」


 俺はやるふりならさっさとしてくれないかな、と思いつつ待っていると、


「ほら、跪きなさい」

「は?」

「人一人に戦闘の禁止の縛りをするのよ。

 あなたが跪いて私にされるがままにされないといけないじゃない」


 ……こいつ、即興で考えたな。


 俺の知る限り、こいつの能力にそんなことを要求することはない。

 だから考えられるのは『能力の変化』か嘘の二択なのだが、


 先程の顔が頭にこびりついているせいで、嘘にしか聞こえない。


「ほら、さっさとするが良いですよ。

 時間は有限なのよ」

「……わかったよ」


 このままでは話が進まないのは理解している。

 それにこういう風に目に見える形にしておいたほうが他の生徒たちにもすんなりと俺が『縛られた』ことが理解できる。


 だから仕方がないのだが、


 後で絶対懲らしめる。


 その意志が漏れ出たのか、跪いた俺の頭の上に置かれた宵の手がビクリと震える。

 おっと、敵意が漏れていたか。


「それじゃあ」


 宵の手が発行しているのが、頭越しに理解できる。

 ……ん? こいつさり気なく普通に俺のことを『縛ろう』としてないか?

 抵抗はしない。


 だって簡単に解けるから。



 そして光が止むと、俺は自身のみに感じる異変に気づく。


「は?」


 俺は、一段階の開放すらできなくなっていた。

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