32:あら? 怒っちゃった?

 ヤクザキックで後ろに吹き飛ばされる被瀬。


 終わったかな?


 そんな思いが頭を過ぎる。

 会長の動きは、完全に被瀬を理解した動きだ。

 これ以上被瀬が何をやろうとも、恐らく会長には通じない。


 まだ退場してない辺りを見るに、まだ戦いは続くのだろう。

 だが、被瀬がああやって戦っている限り、会長には勝てない。


 受身も取らずに吹き飛ばされた被瀬。


 上がる土煙。

 もう終わったかと思ったその瞬間、


 ぞわり。


 鳥肌が立った。

 思考が始まる前に、一段階の開放は終わっている。

 鳥肌が立ったということは、それはつまり俺が恐れるものがそこにあるということであり、


 会長が構える。


 だが、圧倒的に遅い。


 知覚して、考えてから、行動では、遅い。


 被瀬から漂う気配は、異質なものになっている。

 それは懐かしい感覚。

 それは、俺がよく知る感覚。


「あぁあぁぁぁぁあ」


 思考をめぐらす。

 止めるべきか否か。

 あれは会長には止められない。


 だが、俺が出るにはまだ確証も何も無い。


 被瀬の体は陽炎を纏い、目に見えないほどの速度で動いている。


 会長の能力だけでは説明のつかない現象。

 会長の動きより大きく強化された身体能力。

 明らかにその動きを制御できている身のこなし。


 被瀬は『一つ』しか能力を使えない。


 それは周りの目から見ても明らかだった。

 けど、この土壇場でそれを否定するような動き。


 会長まであと1秒とかからずに手をかけることが出来る。

 まだ間に合う。

 そんな余裕が俺の思考を続けさせる。


 加速させた思考の中、会長を助けるのにギリギリ間に合う0.9秒を最大限思考に使う。


 観察は辞めない。


 一段階の開放を頭に集中させる。


 会長は『水晶』の恩恵を受けている。

 だから一撃で死なない限り大丈夫。

 それに構えていた。

 致命傷はないと信じたい。


 しかし、そうだろうか。


 会長はまだ構えきれていない。


 そりゃ会長は今までの被瀬の速さに慣れていた。


 今の被瀬の速さは、正直今の俺に迫るものを感じる。


 それを、会長が受けれるか。


 その瞬間、俺は見落としていた。


 被瀬と会長のみに思考を割きすぎたせいで、それ以外が疎かになっていることに。



 被瀬の動きが、止まる。



 まるで、時を止められたように。

 加速した思考の中、その異変にいち早く気づく。


 加速した思考の中でさえ、早く動いている被瀬の動きが急に停止した。

 外部からの干渉。

 いち早く辿り着いた結論に、誰がやったのかを考える。


 ズキリ


 そこで限界が来る。

 流石に一段階程度で思考を加速させすぎた。

 一段階は辞めず、普通に戻す。


 の瞬間、体が動かなくなる。


 押さえつけられているような感覚。

 真空パックの中に入れられて動きが取れないような感覚。


「あぁぁぁあぁあぁ!!」


 被瀬は我を失っているのか、固められた体を動かそうと、雄叫びを上げている。

 しかし、能力も使えていないのか、陽炎すら見えない。

 ……その代わり、被瀬の体から水蒸気が出ているように見える。


「なんだ……?」


 ほっとしたような会長の言葉。

 確かに、会長からしてみれば渡りに船だ。

 死にそうになったその瞬間に入った助け。

 会長も探そうと動こうとするが、自身の体が動かないことに気づく。


「大丈夫か?」

「……覆瀬くんも?」

「動かないっすか? 2人とも」


 小さな声で俺は隣にいる2人に声をかける。

 2人とも不思議そうな声を上げている。


 2人とも少し声が小さいのは、この事態の不思議さがあるからだろう。


 会長と被瀬を止めるために、この停止させる『能力』を使った。

 分かる。


 会長を停止させる。

 分からない。

 被瀬に対応した、と言うなら被瀬だけを停止させる。

 しかし、結果としては2人とも停止している。


 それに観客席の俺らにも停止。

 分からない。

 視線だけを動かすと、他の『生徒会』メンバーも動けなくなっているようだ。


 何故だ。


 疑問が頭に浮かぶ。

 解決よりも先に、原因の究明に務める。

 一段階を解放しているため、感覚でわかっているのだが、これは直ぐにぶち壊せる。


 だから、見つける。


 これをやったやつを。


 そしてそいつはは既に見つけていて、


「あひゃ♡」


 そいつはそれを隠す気も毛頭ない様だ。


 『生徒会』の人混みの中からでてきた、1人の女子学生。


「小出(こいで)さん……?」


 柊の声。

 『生徒会』の連中は会長と耳道さん以外よく知らないため、分からない。

 が、柊の口から名前が出るということは、『生徒会』もしくは有名な人物で間違いないだろう。


「かーいちょ」


 小出と呼ばれた女の子は、短髪の女の子。

 被瀬より少し身長のある女の子で、スレンダー。

 そのふわふわな髪の毛を揺らしながら、フラフラとした歩調で会長の目の前に行く。


 会長と少し離れた距離で立ち止まった彼女は、


「ごめんなさいっ!

 めっちゃ興味が出ちゃって思わず止めちゃった。

 本当に戦いの最中に申し訳ないっ!」


 先程まで蕩けたような言動とは逆の、普通の女の子のような口調。

 友達と話すようなその口調に、周りは呆気に取られる。


 あまりにも、雰囲気が変わりすぎている。

 それこそ、誰かに取り憑かれているのではないだろうかと言うくらいに。


「でっもぉ。

 そんなことはどうでもいいのぉ」


 しかし、これまた一体どうしたのか、蕩けるような口調と動きで、後ろを振り向き、被瀬の近くに寄っていく。


「こんなもの見ちゃったら、しかたがないよぉ」


 自身の感覚から、能力が制限されている訳では無いことは分かる。

 だから会長とは距離を離して話していた。


 なら、なんであの女の子は、


「何をした、芽瑠(める)」

「あら? 怒っちゃった?

 やっぱそうだよねー、戦いの邪魔しちゃったし……」


 被瀬に近寄れている。


 被瀬からは陽炎が上がっておらず、体から水蒸気が上がっている。

 それが何かをされている、というのは分かるのだが、如何せん彼女の能力が分からないため、予測も立てられない。


「……彼女は小出芽瑠(こいでめる)。

 3年生で、結構強い人。

 能力は、『停止』

 物体を停止させることが出来る、っていうシンプルな能力」


 俺の悩みを察したのか、小声で柊が教えてくれる。


「助かる」

「……むーさん。

 これってやばいっすか?」

「……まだなんとも言えない。

 会長いるし大丈夫だとは思いたい」

「……なんもしないっすか?」

「逆に何をしろと?」


 堂上とのやり取りは、返答無しで終わる。


「そういうことではない!」


 そこで、会長の一括。

 会長の表情は、何やら不穏そうな表情。


「何故、こんなことをしているのか。

 そう聞いているのだ」

「ふぅー。

 さすが会長、威厳ありありだね。

 ……その癖に変な格好してるけど」

「……そういう話ではないだろう?」

「ん? どういうこと?」


 普通の女子学生のような振る舞いに、先程の蕩けた言動が嘘だったのではないかとさえ思える。


「理由を、教えてくれ」

「だーかーらー。

 思わず被瀬さんが素敵すぎて出てきちゃっただけ!」

「ならば何故、私も拘束されている?」

「……だめ?」


 まるでイタズラを許してもらうような小出さんの立ち振る舞い。

 それに対して会長は、まるで母親のように少し厳しい口調で尋ねる。


「だってー、ここでこんなの見せちゃえば、みんな止めるでしょー?」


 そこで、小出さんは制服のポケットから何かを取り出す。

 それは、小さな注射器のようなもの。


 少し目に集中する。


 注射器には、何か半透明の液体が入っている。


「それはっ……」

「あっ」


 会長と声が被る。


 あれは、ダメだ。


 あれだけは。


 死ぬほど見てきたから分かる。


 あれは、駄目。



 バリン



 気づけば、俺は拘束を力技で打ち破る。


 結構キツかった。


「へ?」


 小出さんの声。

 予想外のものへの声。


 みんなの視線がこちらに向く。


「それはやめた方がいい」

「なに?

 確か被瀬さんの友達の子だっけ?」

「それだけは、マジでろくなことがないから」

「え? これの事言ってる?」


 俺の視線が自身の手にある注射器だということを認識すると、彼女は恍惚の表情で、


「君、これ知ってるのかぁ……。

 これ、ほんっとにいいよねぇ……」

「うるさい早く捨てて。

 もしくは、渡して」

「……なんで?」

「それだけは、だめだろ?」

「……あんた、これ欲しいんだ」


 その言葉に、俺は手遅れなことを理解する。


 駄目だ、この女、手を出しやがった。


「あんたにはあげない。

 私の。

 私だけの。

 なんで取ろうとするの?

 私は、欲しいから……欲しいからァ!」


 再び掛かる拘束。


 先程よりも強度がある。

 しかし、既に一段階を解放しているため、


「ふんっ!」


 気合いで破壊。

 一段階開放から十分に時間は経っているため、小出さん如きの強度では不十分。


「なん……で?」


 その様子に、錯乱した様子を見せる小出さん。

 確かに、アレを打ってるやつの能力をこんなに簡単に崩せば、そりゃ錯乱するか。


「ほれ、よこした方が身のためだって」


 バチィ!


 俺が手を伸ばして前に出ると、手がなにかに阻まれる。

 それは、結界。

 『体育場』を覆うように展開された、安全用の結界。


 内部からも、外部からの干渉も妨害する結界。


「……ふふっ。

 そっか、あんたこっちに来れないか。

 なら、いっか」


 俺が結界に触れたことを見た小出さんは、その口元をにやりと歪ませ、被瀬の方を向く。


「それじゃあ、やるね」


 まるでプレゼントを前にした少年のような、キラキラした目。


 手遅れ。

 俺は頑張るか、と思いながら力を込める。


 しかし、それより先に、


 ドンッ


 轟音。

 それは、小出さんのすぐ後ろで起こった。

 そこにあるのは、空中に浮いた小石と、


 それに蹴りを放っている会長がいた。

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