31:はっきり言おう。 私より格下だ

 先に動き出したのは、被瀬。

 その動きは一段階を開放していない状態では捉えることすら不可能。

 だが向かう先はわかっている。


「おっ」


 会長の一言とともに出される右腕。

 顔をガードするように思えるそれに近づく影。

 些細にしか感じることのできないその幻影が、会長に届こうとした瞬間、


「ちがっ」


 消える。

 会長はすぐさましゃがむ。

 そこを通るのは、残像。


 恐らく強化系でもこのやり取りを鮮明に見ることはできないだろう。

 俺は経験からどこを見ていれば次が来るかを予想して見ているから、ギリギリ残像が見えるが、


「くっ」


 会長はしゃがみながら、顔面の前を腕をクロスしてガードする。

 その瞬間、会長の体がなにかに弾かれたのように後ろに飛ぶ。

 それは認識できない柊と堂上は、何がなんだか、という状態だ。


「被瀬が強化して会長の周りで攻撃していたのがあたった」


 その様子に俺は少し解説する。

 二人共俺の言葉にこちらをちらりと見るが、すぐさま『体育場』の方を向く。


「いやー。

 前に見せてもらったときより強いんじゃないか?」


 地面に足をつけ、強引に静止した会長。

 巻き起こった土埃の中、被瀬に話しかける。


「君は彼と同じでちょっと特殊だ。

 学校の中では同じ境遇で、かと思えば何故か力を隠していた」


 土煙が晴れていく。

 それは風に吹かれて消え入るような、そんな散り方。


「だけど、君は彼と違って、隠すことを辞めた。

 それに戦うことに消極的でもない

 一見すれば、君は彼より遥かに強く見える」


 中に見えるのは、陽炎。

 陽炎を身にまとった、会長。


「それに君は怖くない。

 強いんだろうが、怖くない」


 会長は、軽くその場でジャンプする。


 しかし、と頭につけた会長は、被瀬のことを見下ろしながら、


「はっきり言おう。

 私より格下だ」


 会長は背後の虚空に手をのばす。

 そして、何かを掴む。

 そこに現れたのは、


「ユイちゃん?!」


 柊の声。

 そう、そこには被瀬がいた。


 ……もしかして動きを予測して手を伸ばしてタイミングドンピシャで掴んだ?


「んなばかな」


 思わず声が漏れる。

 でも、あの安藤の弟子。

 それくらいできないことはないだろう。

 そんな謎の納得をする。


 会長は被瀬の頭を掴んでいる。

 本来なら、この時点でアウト。

 だが、


「……なんの能力だろうねぇ」


 優しく言う会長の手のひらには、被瀬がまだいる。

 本来だったらすぐ退場になる温度の中、被瀬は会長の腕に蹴りあげる。

 会長は流石にそこまで考えていなかったのか、腕を蹴り上げられ、被瀬を離す。


「……あんたどんな反射神経してるのよ」

「ははは……

 君も前に強化でも温度変化に強いほうかと思っていたけど、そこまでとはね」


 会長の表情は、少し楽しそうだ。

 なんでそこで楽しそうな表情が出るのかはわからないが、会長のセリフには同感だ。


 被瀬が高温にも対応できるのは知っていた。

 前に円城のときに一緒にいたからな。


 だけど、会長の『高温』を食らってまだ動けるというのはわからない。

 流石にあの時より遥かに高温だろう。

 俺ならまだしも、被瀬が受けきれる要素が見当たらない。


 流石に普通の能力者だったら死ぬぞ?

 俺は隣の二人にちらりと視線を向けると、そこには驚愕している二人が。


 ま、そりゃそうだよな。

 俺は常識がないということではないことにホッと胸を撫で下ろす。


「会長。

 あんたは勝てない。

 私の『能力』はあんたの能力より強い」

「ほう。

 確かにそのような感じはするな」


 被瀬の能力は、確か『理想の身体能力』だったか。

 それであの安藤の蹴りを再現したって言ってた……


「いや待てよ。

 それが変化したって……」

「私の能力は『理想の戦闘能力』

 私は人の能力を使える。

 もちろん、あんたのも」


 被瀬の体の周りに陽炎が生まれる。


 俺は絶句する。


 そりゃ狡い能力だと思うわけだ。

 会長の能力を真似れば、触れられていようが自分も同様の温度になっているからダメージはない。

 それに被瀬の前からあった身体強化もできるから、確実に会長より優位である。


 強い能力。


 それはそうなのだが。


 もし、その言葉が本当なら、


「ならなんで私を一撃で葬れなかった?

 瞬間移動でもして精神干渉で終わるじゃないか」


 そう、そこ。

 俺は会長の言葉に心のなかで同意する。


 被瀬の言葉が本当なら、会長は手も足も出ない。

 もしかしたら『無体』の連中レベルかも知れない。

 でも、それをしないということは、


「制限があるな。

 こうやって話しているってことはなにか負ける可能性があると言っているようなものだよ」

「……親切で話してあげているのに、その態度は何よ」


 被瀬は何かを隠している。

 それも、戦闘に関する大事な何かを。


「考えても仕方がないことだ。

 行くよ」


 会長は俺の考えている最中に被瀬に向かっていく。

 もちろん、俺らと戦った時の最後の状態のようなものだ。


 最初から全力。

 できるようになったか? と場違いなことを考えてしまうが、


 その場から被瀬はいなくなる。

 今度は消えるように。

 会長はその姿に足を止めずに、虚空を蹴ったり殴ったりしている。

 その様子はまさに滑稽なのだが、


「攻撃されていない……」


 会長に攻撃がされていない。

 正直、会長のでたらめな攻撃は強いわけじゃない。

 だけど、会長からしたら現状できるのは、これくらいなだけで、


「……なんとなく、見えてきたぞ」


 会長は自分の行動からなにか考えることでもあったのか、攻撃をやめる。

 そして、構える。

 それは特になんの変哲もない、半身の構え。

 空手とか柔道でよくあるやつだ。


 その様子に何をしたいのかいまいちわからないが、


「はっ!」


 そして、唐突に繰り出される会長の拳。

 背後をいきなり攻撃する。

 そこにいたのは、被瀬。


 被瀬は飛んできた拳を躱す。

 その様子に、不自然さを感じる。

 なんで被瀬の姿が会長の近くに来て見えたんだ?


 よく観察する。


 被瀬は会長から距離を取り、また消える。

 その姿は目に終えない。

 会長は同様に、同じ構えのまま、何かを待っている。


 そして、掛け声とともに攻撃。

 そこには被瀬がいて、舌打ちしながら距離を取る。


 ……ちょっと待て、なんで距離とっている?


 よーく見る。

 被瀬が高速移動で消える瞬間。

 その時をよく見る。

 被瀬はまだヒットアンドアウェイを繰り返している。

 その度に会長の攻撃の精度は上がっている。


 もうすぐ被瀬が躱しきれなくなる頃か?


「慣れてきたよ」


 会長のセリフは、結果とともに証明される。

 ……会長が真正面に突き出した拳は、被瀬のボディにしっかりと直撃している。


 よく見ればボディには『高温』の能力が通じている痕跡はない。

 そりゃそうか、能力をコピーしているから……


「あー」


 思わず声を出してしまう。

 それを聞いた隣の二人は、俺の顔を見る。


「あー、あいつの能力、欠点があるな。

 それも、結構普通で結構弱点な」

「それって?」

「自分で考えてみるといいぞ。

 会長の攻撃がなんで当たったのかを考えれば、割と分かりやすい」


 俺の言葉に、二人は戦いをしっかりと見守る。


「俺は割とわかってると思うっすけどね」

「え、それはやだ」

「なんでっすか。

 見つけられない真冬が悪いんすよ」


 堂上の発言に柊はしっかりと戦いを見る。


 そこには、被瀬がジリジリと会長と距離を詰めている最中だった。


 恐らく俺の考えが合っているのならば、被瀬はもう高速移動はしない。

 しかもそれは会長にもバレている。

 だからこそ、被瀬は余計な小細工無しで戦うという選択をする。


 それが現状できる被瀬の最適であり、


「負ける気がしないな」


 悪手だ。


 会長が走り出す。

 赤い軌跡は陽炎で揺らめき、残像を残す。


 被瀬は目の前に拳を突き出す。

 その拳は会長の頬をかすめる。

 それは被瀬も予想済みなのだろう、腕を折り曲げて、首を抱えに行く。


 会長は攻撃するでもなく、その腕の先、被瀬にみるみる接近していく。

 それはキスするほどに近く、会長の顔が被瀬の顔と触れ合うその瞬間、


「ふんっ!」


 会長の頭が動く。

 それは頭突きとなり、被瀬の顔面に当たる。


 鈍い音とともに、被瀬は後ろに仰け反る。

 そこで攻撃は止まらない。


 仰け反ったことでできた空間を使って拳を繰り出す。

 三発。

 そして最後に、思い切りのヤクザキック。


 ……あんた会長だよね? 女の子だよね?


 思わずそんな疑問が出てきてしまう戦いっぷりに、俺はそんなことを考えていた。

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