21:私だけ除け者にされたのは許さない

 訓練を始めてから一週間が経った。


 朝から学校は何やら浮ついているように感じる。

 そんな中、いつも早めに登校している俺は、特に気にすることもなく、教室で本を読んでいると、


「……おはよう」

「……おはっす」


 堂上と柊が登校してきた。

 二人は何やら疲れているようだった。


 ……まぁ訓練のせいなんだけど。


 訓練開始から一週間が経ち、みんなに変化が訪れ始めた。

 それは超能力の研鑽。

 訓練ではみんなペナルティが次の日に増えなくなった。


 今は必死に積み重なったペナルティを消化しているところだ。

 堂上はムラはありながらも毎日のペネルティはもうマイナスになっていない。

 被瀬は一人だけ膨大なペナルティを背負いながらも、今は時間が増えないくらいに落ち着いている。


 そして柊は……


「はぁ」


 ため息を着いていた。


 柊だけ、毎日ペナルティが増えないし減らないのだ。

 オンオフに関しては特に問題ない。

 しかし、体力面で問題がある。


 普通に一時間走りきれる体力がない。

 序盤は大丈夫なのだが、早く走ろうとするとペナルティが増え、ペナルティを抑えようとすると時間を消化できなくなる。


 そんなせいで、このペースだと堂上が先に訓練を終える可能性がある。

 ……と言っても終わるの後一週間くらいかかるんだけど。


「むーさん」

「なんだ?」

「なんか言って挙げないっすか?」

「なにかって……別に今言うことはないよ」

「だってこのままだと真冬訓練終わらないっすよ?」


 後ろの席の堂上が俺に小声で話しかけてくる。

 正直隣に座っているため小声でも丸聞こえだと思うが、俺は反応する。


「でもっすよ。

 今日からランキング戦開放じゃないっすか」


 ランキング戦の開放。

 それは一年生生徒全員が待ち望んでいた事。


 『クラス戦』から二週間。


 生徒がランキング戦というものを知り、己と向き合った後に開放される。


 ランキング戦は基本的に全学年対象。

 一年だろうと二年だろうと三年だろうと関係ない。

 問答無用だ。


「でもまぁお前らはまだ挑めないだろうな、体的にも、精神的にも」

「……いやむーさんのせいっすからね?」


 ランキング戦のシステムは単純。

 挑み、認証され、戦う。


 自身より上位30位以内のものに勝負を挑むことができる。


 一日の戦闘の上限は2回。


 校内にあるいくつもの『実践場』を使い行われる。


 もちろん種別は『ソロ』『デュオ』『トリオ』『カルテット』


 一年生は最初は何も関係なく、登録した部門のランキング最下位からのスタート。


 基本的には繰り上がり方式で、勝てばそれより高い順位に位置することができる。


 何もしないでいると勝手に順位が下るシステムということだ。


「確かに俺らはまだ万全じゃないっすけど、それでも多少なりとも一年との誰かには勝てるっすよ」

「おぉ。

 そんな自信があって何よりだ」


 このセリフは何も嫌味らしく言ったわけじゃない。

 現に訓練を受けた三人は劇的に変化を遂げている。


 特に顕著なのが堂上だ。


 短時間の発動、純粋な体力の増加、噛み合った時のキレ。


 その全ての上限が目に見えてわかりやすいのが堂上だった。


「はぁ。

 なんで隣りにいるのにそういう話するの?

 煩いんだけど、協」

「うーん?

 なんで純粋に俺が罵倒されてるっすかぁ?」


 逆にわかりにくいのが柊。

 柊の能力は発動し続けるのが前提になっていて、そういう風に戦い方を組んでいる。

 そのため、オンオフを活用できるからと言って目新しい事ができるわけではなかった。


「でもまぁ、私も何人かは倒せそうだけど、辞めとく」

「そうか?

 できるなら今のうちだと思うけど」

「最初のうちは順位の入れ替わりも激しいし、まだ私はどの部門に出るか決まってないから」


 柊はまだ動き出さないらしい。

 確かに、勝ったら自信より上の順位の人間より上になれる、というシステムは理不尽に順位が下がることを意味している。


 自分よりも上の人間が負ければ、それ以下の全員のランキングが下がる。


「だからある程度ランキングが固まったらやろうかなって考えてる」

「それはそれは、悠長にしていていいのかな?」

「「うわぁ?!」」


 柊と堂上の仲のいいリアクション。

 一方の俺は事前に気づいていたため、特に驚くことはない。


 堂上の後ろにいたのは、一週間音沙汰のなかった会長。


 そう、現『ソロ』『デュオ』ランキング一位、秋元茜。


「私は君たちのことを待っているんだけどなぁ。

 今だったら最短で私に挑むことができるぞぉ」


 そう、今はまだ 一年のランキングは同列で扱われている。

 その特性上、『ソロ』は一位に挑むまでが長い。

 31位までしか一位に挑むことができないからだ。


「……別に俺はランキング戦でとは言ってませんけどね」

「おっとそれは。

 私としたことが間違えてしまったようだ」

「えぇ。

 別に個人的な戦いで倒してもあのセリフは有効になりますからね」


 俺は少し挑発的に会長に言葉を投げかける。


 正直、会長とランキング戦でやろうなんて気はない。

 そうした場合、俺も積極的にランキング戦に関わることになってしまう。

 現状はランキング戦に関与しないからと言う理由で参加を拒否しているため、その言い訳が使えなくなる。


 俺としても、時間的にもランキング戦での決着は避けたいところではある。


「それにしても、覆瀬君はランキング戦に出ないのかい?

 他のみんなだけ私に挑ませるとは、寂しいじゃないか」


 クラスの中での注目は集めっている。

 そのため、最後のセリフは小さい声で言われる。


「いえ、俺はあくまで『超能力』をしっかりと扱えないので」

「でも、格闘はできるんだろう?

 そこの二人も格闘を主体にしてると聞いたんだが、それに関してはどうかな?」


 クラスの注目が、より集まる。


 そう、なんだか触れてはいけない話みたいになっているから良かったのだが、俺は前の『模擬戦』で結構動けることが衆目にさらされてしまったのである。


 更にそこに被瀬の『能力者』発言。


 それはまことしやかに俺がもしかしたら『能力者』と同等に強いのではないか、と考えさせてしまう。

 だから、その質問はもちろん、注目を集めた。


「いやいや、体を動かせる程度ですよ。

 もちろんランキング戦に出れるみんなとは、天と地の差がありますよ」


 謙虚に。

 俺はあくまでもみんなより弱い。

 そうアピールする。


 だが、


「ほう、それならそこの二人に訓練をつけていても、自分はそれより弱いって言うのかい?」


 特大の爆弾の投下。

 それはクラスの人間にざわつきを生む。


「何言ってるんですか?

 俺が二人を教えるなんて、できませんよ」

「そうか。

 てっきり君が格闘の経験者で、その二人に教えているものだと思ったが、違うのかい?」


 そこで会長は俺にだけ見えるように手のひらに書かれた文字を見せる。


『私だけ除け者にしたのは許さない』


 そこで気づく。

 確かに会長も教えるって言ってた。


 だけどそれは会長が何も言わないからで……

 てかなんでこのタイミングで憂さ晴らし?


「確かにそれは本当っすよ。

 だけどそれはランキング戦に出ないこととは関係ないじゃないっすか」


 そこで援護射撃のように堂上が俺のフォローをする。


 が、それは違う。


 こいつ、俺をはめようと……


「そうですよ。

 それは事実ですけどなんで会長がそrを言いに来るんですか、おかしいじゃないですか」


 柊、お前もか?!


 一気に俺が『二人の能力者に格闘を教えている人』担ってしまい、一気に俺は不利な状態になる。

 これではまずい……


「いや、ただ噂をもとに調べてみれば何やらランキング戦を放棄していると聞いてね。

 私としては全生徒が公平に戦える場を期待している。

 だからこそ、君にランキング戦の参加資格を与えようと思ってね」


 違う。

 俺はあくまで『辞退』している状態だ。

 それを会長は慈悲で参加させてあげようなどとほざいている。


「どうだろうか。

 まずは『ソロ』からでも遅くはない。

 なに、キミの腕は早乙女先生から聞いている。

 いい勝負ができるさ」


 終わった。

 確かにその論法でいけば俺はもう逃げられない。

 この時点でこの内容を断れば、それこそ恥知らずとなり、学園にいることができない。


「これが書類だ」


 そして提出されるのは、俺以外のみんなが提出した書類。


 ランキング戦参加に関する同意事項。


 いくつかの同意内容と署名欄のあるそれが俺に突き出される。


「さぁ、君もこれに署名すれば、晴れてランキング戦に参加できるようになる」


 逃れられない。

 クラスの人間は、会長素敵ムードに包まれている。

 柊と堂上も、にこやかな……いや、ニヤニヤした顔をしている。


 そこで、俺は用紙の端になにか落書きがされていることに気づく。


 君の正体はある程度わかった。

 『無体』それで通じるだろう?


 その文言に、俺は思わず顔をしかめる。


「どうしたんだい?

 早く……あぁ、確かに不安だろうね。

 自分から挑むというのが最初の一年の悩みだ……」


 会長は大袈裟なリアクションを取る。

 俺はその様子にろくな予感がしないなと考えていると、


「じゃあ、こうしよう。

 エキシビジョンマッチを開催しよう。

 そうだな……私一人と、その三人の3対1だ」


 そう言って俺と堂上、柊を指差す。

 これには二人も驚いたようで、表情が変化した。


「今回はランキング戦外で行うものとして、日付は……三日後はどうだろうか?」


 その言葉に教室が湧いた。


 もうすでに教室は会長一色だ。

 3対1、更にはランキング戦に不安な生徒に手を差し伸べる優しさ、そしてカリスマ性。


 それら全ては教室を取り込み、もうすでに空気を味方にしている。

 これに逆らうほど俺も空気を読めなくないし、


「そうっすね……」

「やるしか……ないわね」


 俺以外を巻き込んだことによって俺がごねられない状態を作った。

 ……無理だ。


「わかりました。

 それじゃあ三日後に、お願いします」

「うむ。

 それじゃあ待っているよ」


 俺は会長の差し出した紙にサインをして、突き返した。

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