16:あぁ、私もタルト食べたい、買って……

 校長に呼び出された日の翌日の朝。


 俺の生活は変わった。


 あの事件以降、事情聴取も面倒だったが、それ以上に面倒なのが増えた。


「おはよう!」


 家を出て数分も経たないうちに、とある人物と信号に止まっている最中に話しかけられる。


「なんですか、会長」

「いやぁ、そんな水臭いこと言わないで、茜さん、と呼んでくれてもいいんだぞ」

「いえ、会長は会長なので」


 隣に現れたのは女性。

 俺の身長は170センチ。

 それとほとんど同じ身長の彼女は、その赤い髪をストレートにしている。


 腰元まで届きそうな髪の毛は、とても邪魔そうだ。


「私達の仲じゃないか。

 別に遠慮なんかしなくてもいいんだぞ」

「別に遠慮してませんし、出会ってから一週間も経っていないでしょ」


 この女性は秋元茜(あきもとあかね)。

 杉崎第一高校3年生にして、現生徒会長。


 学園最強の『超能力者』。


 そう呼ばれている女性に、俺は付きまとわれている。

 彼女は昨日、自転車で来なかったことを反省したのか、今日は自転車で俺と並走している。


「そうだな!

 でも出会いと関係性には月日は些末なことだとは思わないか?」

「些末でも少しでもあるならそれは重要ですよ」

「そう言われてしまえばそうだが……

 よし、それなら今後しっかり君と時を積み重ねていこうじゃないか!」


 あははは、と快活に笑う姿に、俺は頭を抑えたくなる。


 前の円城の騒動でいの一番に『体育場』に入ったのがこの女性だ。

 円城のせいで温度の上がりきった『体育場』に涼しい顔して入ってきた彼女。


 その時、俺は見つかった。


 何が行けなかったのか、その日を境にこの生徒会長は事あるごとに俺に絡んでくる。


 ……正直面倒くさい。


「なんで会長は俺につきまとうんですか?」

「うーん。

 これは言葉で言い表しにくいのだが……

 見た瞬間に分かったのだよ」


 隣を並走しながらもこっちから目を離さない彼女に対し、危ないぞ、と思いながらも、思い立った疑問をぶつけてみる。

 そうすると、会長は少し考えた後に、


「強い、普通に私よりも、って」


 その言葉は初耳だ。

 確かに今まで付きまとわれていたが、理由まで聞いたことはなかった。

 こんな登校の最中に聞くことになるとは思わなかったけど……。


「そんな事ないですよ。

 俺は所詮『治癒』の能力ですから」

「いやそれは……確かにそうなのだが……」


 現場の状況と、俺の証言により、学校では俺の能力が『治癒』の能力、しかもめちゃくちゃ使いづらいものだということは、周知になった。

 校長に言っておいたおかげか、先生からも特に言及はない。


 生徒も今までの行動……俺が必要以上に『ランキング戦』に出たがらないとかも、納得してくれた。

 やっぱり痛みがキーになるってのがみんなの納得に一役買っていたらしい。


 だが、


「違うと思うんだけどなー」


 チラチラと俺を見てくる。

 俺はその視線に知らん顔をする。

 そして俺は思い出したかのように、


「あっ」

「ん? なんだい?」

「前」


 ゴン、という鈍い音とともに、会長は電柱にぶつかった。

 少し痛そうな音がしたため、駆け寄ろうかと考えたが、


「いや、行こう」


 面倒なので登校する方を選んだ。

 ……ただでさえこっちは面倒なのがより面倒になっているんだ。

 これ以上面倒事を持ってこられるのは嫌だ。


 あぁー、まってー、なんて声が聞こえるが全部無視だ。


 ……いやマジで無視するからね?



☆☆☆☆☆



 教室に滑り込みセーフ。

 それは俺にしては珍しく、教室の連中も珍しそうに俺を見る。


「あ、覆瀬くんぎりぎり間に合いましたね、出席です」


 占星先生は今日もひ弱そうな体で出席簿に記入している。

 俺はなんとか自分の席についた。


「なんかあったっすか?」


 後ろから聞こえる声。


 俺は朝のホームルーム中なので、少し静かな声で、


「後で教える」

「りょーかいっす」


 とかばんを漁るふりをして話す。

 そう、席替えをした。

 俺は特に席を替わることはなかったが、周りが変わった。


 後ろに堂上、隣には柊。

 俺としてはにぎやかなことこの上ないで席で悲鳴をあげそうになった。

 しかし、根は二人共真面目なため、特に邪魔ということは今はない。


 俺は一限目の授業の準備をしながら、ぼーっと朝のホームルームを聞き流していた。

 なんとなく、今日の昼飯は少し豪華にしようと思った。



☆☆☆☆☆



「それで、どうしたんすか?」

「それで、ってなんだっけ?」

「いや忘れないでほしいっすよ!

 朝の遅刻しかけた話っすよ」

「あらあんた、遅刻しかけたの?」


 昼休み。

 昼休みの教室はみんな食堂に行っているこの時間帯。

 俺の周りには四人の人影があった。


「秋元先輩。

 秋元先輩はお昼誰かと一緒に食べなくていいんですか?」

「ははは!

 私はなんか同じ学年の個からは距離を取られていてね。

 いつも一人で食べているんだよ」


 堂上、被瀬、柊、会長の四人だ。


 正直、面倒くさい。


 ただでさえ四人でも煩いなぁ、と思っていたのだから、ひとり増える……それも会長が増えるとなると、必然的に場はカオスになる。


「あぁ、朝のあれは会長を助けてたんだよ」

「そうだ!

 朝はありがとうな!

 まさかムスビくんもあるきじゃなくても良かったんだがね!」

「……本当はおいていこうとしたんだけど、自転車が変形してるから仕方がなく着いてきたら、あんな時間になってた」

「……やっぱり偶に思うんすけど、何気むーさんって優しいっすよね」


 俺と会長のやり取りを見て、堂上がそんな言葉をぽろりとこぼす。

 その言葉を聞いてそういえば、と思い出すように柊も話し始める。


「この前普通にわからないところがあったときに、さらっとここ、こうだぞ、ってアドバイスくれたよ」

「確かになにげに私のことを完全に冷たくあしらわない辺り優しいところがあるな!」


 柊の言葉に会長も同調し始める。

 堂上はうんうんと頷き、思い出しているのであろう。


 しかし、一人その話に意義を申し立てるやつがいた。


「え、私そんな経験ないんだけど……」

「えっ、ユイちゃん覆瀬くんから親切してもらったことないの?」

「うん……」


 少し悲しそうな声と表情をする被瀬。

 その姿に少々心が痛むが、


「だからその代わりに駅前のケーキ屋さんのタルトを所望するわ」

「あー、この頃できた行列できているやつ?」

「うん……」

「確かタルトが一番人気の?」

「うん…………」


 柊は俺の方を見ながらグッドサインを出してくる。


「いや、俺が買いに行くのかよ。

 なんでだ」

「いやそれは、ねぇ……」


 遠い目をする柊。

 納得の行かない俺は話をやめようとするが、


「私も今覆瀬くんに傷つけられたからタルト追加で」

「なんで?!」


 思わずツッコミしてしまうほどの不自然な要求。

 柊も被瀬と同じ様に少し悲しそうな顔をして、うつむく。

 いい加減にしてくれ、と思いながらどうやったら今許してくれるのだろうか、と考えていると、


「あぁ、私もタルト食べたい、買って……」

「あんたはド直球すぎないか?!」


 会長も同様の表情と姿勢でねだってきた。

 思わずしっかりとツッコミをしてしまった。

 俺がうるさくなってどうすっるんだ、と思いながら、額に手を当てると、


「じゃあみんなで買いに行くっすか?

 今日の放課後」


 堂上の提案にみんなが顔を上げた。

 俺は放課後は寄り道したくないタイプなのだが、


「「「そうしよう」」」


 女子の意見によってその発言は無に帰した。

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