14:私の寝覚めが悪くなるじゃない

 控室。


 ソロということもあって、俺を含め六人しか控室にはいない。


 しかし、他の試合と違うところは、全員が近距離で戦いそうな雰囲気をしているというところだ。

 これじゃあ超能力の試合なのか、格闘技なのか分からない。


 その中でも俺は浮いているらしく、視線を感じる。

 それもそのはず。

 みんながせっせと準備運動をしているのに対し、俺はぼーっとしているだけなのだから。


 控室には試合を観戦できるものがない。

 試合前に相手の能力を知ることに寄る不平等をなくすためらしいが、それはそれで不便である。


 だからやることもなく、俺がぼーっとしていると、


「おい」


 これがかけられる。

 声の方を向くと、そこにいたのは角刈りの男子。


 Aクラスの円城だ。


「お前、準備はしなくてもいいのか?」

「うん」


 一言そっけなく返す。

 円城の目は、人を見下す目だった。

 そんな目で見られたのでは会話する気もなくなる。


 ってか、こいつソロだったのか。


「お前に負けてから俺はクラスの中でも評価が下がった」

「……」

「お前のせいでクラスじゃ俺は腫れ物扱いだ」

「……」

「どうしてくれるんだよ、っなぁ!」


 そのまま無視していると、拳が飛んでくる。

 ……こいつの言っていること割とめちゃくちゃじゃない?

 え? 気の所為?

 そんなことを考えていると、拳は俺の横を空振る。


 ゴン、という音と共に、円城の顔が近づいてくる。


「お前は絶対に許さない」

「顔が近い」

「絶対殺してやる」

「マジで離れてほしい」


 俺の言葉が聞こえていないのか、言いたいことを言うだけ言って、円城は離れていった。

 トイレに言ったのであろう円城が、控室を去ると、


「大丈夫か?」


 声をかけられた。

 見上げるとそこにいたのは、巨漢の男。

 鍛え上げられた筋肉、柔和な笑み。


 Cクラスの金山、だっけか。


 早乙女先生と似た能力に、恵まれた体型に、努力を怠らないその精神。


 今後始まるであろうランキング戦の期待のエースだとかなんとか。


「大丈夫だ。

 途中キスされそうになったけどなんとか思いとどまってくれたらしい」

「ははは。

 円城は最近様子がおかしいようだから止めようかと牽制していたが、心配ないようだな」


 俺の言葉をしっかりとジョークとして受け入れてくれたのか、笑う金山。

 話の通じるやつだと判断した俺は、


「俺を見ても何も思わないのな」

「あぁ、確か『無能力者』なんて言われているんだっけか?」

「そうそう、決行俺の顔自体知れ渡っているらしいから、話しかけるやつなんてなかなかいなくてね」

「別に俺は顔で人を見ないからな」


 そう言うと金山は俺の体をじっと見てきて、


「それにしても、わからないな」

「何がだ?」


 金山は一呼吸おいて、


「君の強さだ。

 私は服の上からでも人の身体的な強さが分かるんだが、君のは分からない」

「ふーん」


 そっけなく返すと、またも金山は笑う。


「すごいな。

 君は分からない。

 だからこそ戦ってみたいとも思うよ」

「どーも。

 だけどそれはちょっと叶わないかな」


 なんで、そんな声が聞こえるか聞こえないかのタイミングで、風紀委員の生徒が


「『ソロ』の一試合目の方、宜しくお願いします!」


 そう声をかけられる。

 俺は立ち上がり、金山に対して、


「じゃあ俺次だから行くわ」

「……ぜひ、頑張ってほしいよ」


 金山は目を細めながら俺の方を見る。

 俺はその視線に対して、無反応を貫く。

 そうして、俺は試合へと向かっていく。



☆☆☆☆☆



 『体育場』の中に入るのは特に慣れたことなのだが、流石にこんな人数に見られながら入ることは初めてだ。

 俺は妙な居心地の悪さに辟易しながら、スタートの場所に立つ。


「さっきぶりね」


 少し遠目から聞こえる声。

 被瀬だ。

 俺と向かい合って立っている。

 お互いの距離は大体4メートル前後。


「おう、さっさと終わらせてくれよ」

「あんたが負ける雰囲気出してるけど、私はあんたと戦いたいの」

「だからこの場で俺は場違いだから」

「そんな事どうでもいいのよ」


 被瀬は、構えを取る。

 その構えは少し見覚えのあるもの。


 前に見たものとは明らかに違う構え。


 思い出せないその構えに、俺は顔をしかめる。


『それでは、両者……』


 開始のアナウンスが掛かるかのところで、不自然に止まる。

 観客もどよめいている。

 その様子に俺が不思議がていると、みんなの視線が俺の後ろに来ているのが分かった。

 俺が振り向くと、そこにいたのは、


「お前はやっぱりダメダ、イマコロス」


 円城がいた。

 しかし、様子がおかしい。

 明らかに正常ではない。


 目の焦点があっていない。

 立ち方も不自然だ。

 それに、


「超能力が、暴走している?」


 体の至るところから炎が吹き出ている。

 それは円城の身を焦がさんとばかりに、本人の周囲を漂っている。


「円城……君?」

「アァ、アアアアアアァァァァァ!」


 叫び声。

 いや、悲鳴?

 そのどちらとも取れない声が響き渡った瞬間、円城が燃え上がった。

 その言葉の通り、発火した。

 人形の火である。


『総員避難勧告!

 障壁の強度をあげます!

 内部にいる者たちは即座に緊急避難を!』


 アナウンスが早口で指示を出す。

 目に見えるくらいの光が『体育場』内を覆う。

 恐らく『結界』であろう。

 外部と内部を分断する結界。


 確かに、これくらいだったらこの程度の『結界』でも耐えきれるだろう。


「あんた!

 何やってんの!

 早く脱出するわよ!」


 被瀬の声が聞こえる。

 被瀬を見ると被瀬は心臓部にある『水晶』にダメージを与えようとしている。

 このような緊急時は、脱出の手段としても使われる。


 だが、俺はその言葉に、


「わり、辞めとくわ」


 そう言って『水晶』を強引に外し、投げ捨てた。

 『水晶』はつけている人間しか効力がない。


 だからこれが意味するのは、


「あんた逃げられなくなるわよ!」


 被瀬が叫んでいる。


 現に円城はまたさらに炎を強め、『体育場』の温度は上がってきている。

 ちょっとしたサウナ状態だ。

 もしこのままいればきっと耐えられなくなるのが近いだろう。


 しかし、俺は逃げれない。


「仕事だから、逃げるわけにもいかない」


 昔の仕事の名残か、放ってはおけない。

 それは使命とか決意とかそういうものではない。


 仕事だ。


 円城は十分に火だるまになりながら、こちらに向かってくる。

 それにぶつかれば怪我ではすまないだろう。

 俺は周りの人が退避したのを確認する。


 これで大丈夫だろう。


 言い訳は……校長に頼むとして、


 迫って来る円城。

 そいつに向けて俺は踏み込み……


 打撃音


 円城が吹っ飛ぶ。


 ……俺は何もしていない。

 何故か打撃音が聞こえて、円城が吹っ飛んだ。


 まだ外部から人間は来ていない。


 ってことは……


「ったく、世話焼かせないで頂戴

 私の寝覚めが悪くなるじゃない」


 被瀬結。

 その長い金髪のツインテールを揺らしながら、俺の隣に立っていた。

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