9:……見たことない

「タンマってあんたねぇ……」


 被瀬は俺の言葉に苦笑いを浮かべる。

 でも、こういう時は一旦しっかり考え直すのが得策だ。


 クラス戦。

 それはクラスでも前から言われていた催し。

 催し、と言っても学年全部で『ランキング戦』っぽいことをしよう、というものだ。


 ここで重要なのが、っぽいもの、という点だ。

 6月の終わり……ちょうど『ランキング戦』というものがどんなものか体感できるタイミングで、この催しは行われる。


 基本的なランキング戦とは違い、これはみんなが強制参加。

 俺みたいな例外を除いて全員参加のはずだったけど……。


 クソ、てっきり出ないもんだと思ってたから基本的なことが全く分からない。

 でもとりあえず学年での『ランキング戦』だということは分かっているため、そこから考える。


「だけど、出たとしても適当に棄権するから、最初から出さなくてもいいのに」

「だから、あんたにはそれをして貰いたくないから、こうして条件つけてるじゃないのよ」

「でもその条件被瀬に旨味がなさすぎない?」


 そう、一見するとかなりいい条件に見えるこの取引。

 でも、圧倒的に被瀬が得をしないのだ。

 だから、了承するにも尻込みしてしまう。


 確かに、俺が勝つことはみんなからすれば予想外だが、相手の不調とかでなんとか説得できるだろ。

 あの授業の雰囲気を見れば、多分偶然の勝利を演出できると思う。


 だから、


「何狙ってるんだ?」

「……私に聞くそれ?」

「むーさん締まらないっすねぇ……」


 俺が正直に被瀬に問いかけると、みんなに呆れられる。

 被瀬の利益……利益ねぇ。

 その間も考えるが、


「うーん、いまいちわからない……」

「結局わからないのね……」


 結果として被瀬が望んでいるものは、俺が誰かに負ける、ことなのか?


 そうすれば、被瀬は今まで通り、俺を勧誘し続けることができる。

 でも、それはあくまで勧誘できる、というだけだ。

 だから、この『クラス戦』で被瀬は俺が『ランキング戦』に出ざるを得ないような仕掛けをする。


「やりたいことは分かるんだけど、何をするのかが分からない」

「あんたはもし私が利益を得ようとすればすぐに逃げるでしょ?

 それはこれまでのやり取りで散々分かったからね」

「そうっすね。

 確かにむーさんは危険察知能力は高いっすね。

 基本的に面倒事はフラグごとへし折りに行くタイプっすよね」


 堂上の声も加わり、なんだか俺が悪い雰囲気になってきた。

 そんな雰囲気の中、おずおずと柊が手を挙げる。


「あの、なんで覆瀬くんって『ランキング戦』に出たがらないの?」

「それは超能力持ってないからだよ」

「でも、持ってなくても戦ってたじゃないっすか、この前」

「あれは早乙女が言うから仕方がなく……」

「でも仕方がなくても戦えるんだよね?

 じゃあ『ランキング戦』でてもよくない?」


 柊の言葉に、少し言葉に詰まる。

 その様子に、柊は更に質問してくる。


「そもそも、覆瀬くんって『ランキング戦』とか見たことある?

 テレビでやってるやつ」

「……見たことない」

「「「えぇぇぇぇぇぇ?!」」」


 俺はそこで正直に話すと、みんなから驚愕の声が上がる。

 俺以外のみんなからの言葉に、たしかにその反応になるよな、と思う。


 今や一世を風靡していると言っても過言ではないスポーツを、俺は見たことがないのだ。


「え、むーさん『ランキング戦』のテレビ中継とか見ないっすか?!

 あんなに面白いのに?!」

「……なんであんたが『ランキング戦』に関して無頓着なのか分かった気がするわ」


 堂上と被瀬はそんな人種いるんだぁ、という視線を浴びせる。

 ……俺も見ようかと思った時期はあった。

 でもタイミングないし、俺どうせ戦わなくてもいいから全然見なくてもいいやん、ってなったわけで……


「じゃ、じゃあ覆瀬くんはあの『孤高の安藤 VS 絶対の黒刀』とか、『忍び集 VS NINJA』とかも知らないの?」


 一方でリアクションが一番大きいのは柊だった。

 ……あ、柊は『ランキング戦オタク』だったか。

 俺はありえないものを見る目で見てくる柊に苦笑いを返す。


 ……ちなみに、その人達は知っている。

 主に『ランキング戦』以外のところでだけど……。


「でも、たしかに見たことない覆瀬くんからすれば出たくないってのも分かるかも」

「でも、それでも私はあんたと組むから、覚悟してなさいよ」

「まだ組む、とは一言も言ってないがな」

「ん? じゃあさっきの話には乗るのね?」


 被瀬の勝ち誇った感じの笑みに俺は悩む。

 先程も考えたけど、明らかに変。

 でも、俺が負けようとも影響はない。

 むしろ勝ったら儲け物くらいの話。


「俺が負けたらなにかあるとかそういう話じゃないんだよな?」

「えぇ、あんたは負けてもいいけど、そうしたら死ぬほど後悔させてあげるわ」

「何を?!」


 被瀬の不敵な笑みに、俺は思わずツッコんでしまう。

 そうして、俺は少し考えた後、


「分かった。

 その話、受ける」

「まぁ、決まってたことだから受けるもなにもないけどね」

「なんかムカつくな」


 その小さい体で偉そうにしているのは可愛らしいが、ここまで来ると少し違う意味にも見えてしまう。

 この話蹴ってやろうか? と一瞬考えたが、それをするには惜しいほどの利益だ。

 もし今後被瀬に話しかけられなくなっても、『ランキング戦』に出るのは面倒だ。


「ま、それにしても意外だったっすねぇ。

 むーさんが『ランキング戦』自体を見たことがないなんて」

「そうだよ覆瀬くん!!!

 私が『ランキング戦』のいいところ教えてあげるよ!」


 そんなタイミングで話を変えた堂上だったが、ここで出てきたのは柊。

 俺に詰め寄るように机から身を乗り出す。

 いい匂い。

 この距離で香ってくる女子の匂いに、俺は少し気まずそうにする。

 自然と距離を取ったが、ちょっともったいない気がした。


 ……でも、堂上の少し面倒くさそうな目を見る限り、こうなった柊は面倒くさいのだろう。


 まぁ、分かる。


 だがしかし、時間というのは無情なもので、そろそろ昼休みの終わりの時間だということを察知した俺は、


「じゃあその話は後でな。

 そろそろ時間だし」


 この話を切り上げた。

 そうして三分後には教室にぞろぞろと人が戻ってくる時間帯になる。

 いつもよりやたら短く感じた昼休みだった。



☆☆☆☆☆



 翌日。

 昨日はあの後は特に何もなく、普通に過ごした。


 そして朝。

 いつも通りホームルームを行うわけだが、


「あのぉ、今回はぁ、お話がありまげほっうぇ!」


 いつも通りに先生は不健康そうだ。

 1ーB担任、占星極(せんせいきわみ)

 『希少能力者』として国に認定されている人物なのに、教師をしている変わり者だ。


 見た目はヒョロガリという言葉を体現しているかのような人物。

 大きい丸縁メガネすら重そうに見える。


「もうすぐ行われる『クラス戦』なのですが、みんなの組み合わせが出ました」


 クラスからおぉ、という声が上がる。

 『クラス戦』は、誰がどれに出たいとかは決めれない。


 そもそも『ランキング戦』には4種類存在する。


 ソロ、デュオ、トリオ、カルテット。


 その名の通り、一人から四人までで出場する。

 今回の『クラス戦』は、『ランキング戦』と同じ形式で執り行う。


 だが、『クラス戦』では自分がソロ、デュオなどは決められない。

 先生側から指定されるのだ。

 だから、その組み合わせが出るということは、


「それでは、長いのでカルテットの組み合わせから発表していきます」


 占星先生は、名前を順に読み上げていって、組合わせを発表する。

 そう、そして俺は昨日家に帰って『クラス戦』の資料を見ながら思ったのだ。


 カルテットだったら俺戦わなくても勝てるのでは?


 だからこそ、今回の発表は、俺にとっての『クラス戦』の行き先を決める大事なものだ。

 祈る。

 天に、いやなんか悪魔的なものでもいいや、願いを叶えてくれるものに。


「花山さん。

 っと、これでカルテットは発表終わりですね」


 夢が崩れ去る。

 割と高速に。

 だが、まだ俺にはトリオの道も残されている。

 まだ願う。

 もう天はだめだということは分かったので、お手頃に仏様にでも願ってみる。


「新道(しんどう)さんっと。

 これでトリオも終わりですね」


 信じたくない。


 この学年は4クラスあり、一つのクラスに30人が在籍している。

 そして『クラス戦』では、一つのクラスに付き、その人数もそれぞれの種目で3つのチームが選出される。

 つまり、現時点で呼ばれたのが『カルテット』の12人と、『トリオ』の9人をあわせて、21人。


「じゃあ次にデュオですね。

 これで呼ばれなかった人はソロですので……」


 クラスでソロに選ばれるのは、3人。

 たったの3人なのだ。

 だから俺なわけはない。

 デュオで呼ばれなかったら被瀬の思い虚しく俺は出ないということだろう。


 そう思いながら名前が呼ばれるのを待っていると、


「……綿貫さん。

 以上がデュオのメンバーです」


 なぜか知らないがすでに終わってしまったようだ。

 クラスの人は、みんな誰々と同じじゃん! 頑張ろうな! 的なことを言っているが、俺はまだ呼ばれてすらいない。


 もしかして、出ない?


 そんな淡い期待が胸中に広がる。


 占星先生は、その後に教本を見ながら、


「そしてソロに関してですけど……

 覆瀬くん。

 あなたも出ることになりました」


 クラスが一気に静かになり、ざわめいたのは、明らかに俺のせいだ。

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