4:私を守りなさい

「はぁ、あんたと言い争いしててもキリがないわ」

「こっちのセリフだ」


 被瀬は俺と暫く言い合いをしていた(大体が謎の理不尽だった)が、それも収まった。

 ……まぁ、被瀬の言いたいことも分かる。


 多分、最後の一撃は超能力を使った。


 しかも、前に掴まれたときと今回のときで分かった。

 こいつの超能力は、強い。

 多分いまここで練習している強化系の学生の中でもトップだ。


 現に俺も自分の感覚に従っていなければ、今頃しっかりと食らっていて保健室行きだっただろう。


「あんた、組み手が強いじゃない」

「そりゃどうも」

「なんでランキング戦でないの?」

「そりゃ超能力持ってないもんで」

「嘘つき」


 被瀬の言葉はやけに自信が溢れている。

 ……なんでこいつはこんなに俺が超能力を持っていることに自信有りげなんだろう。

 未だにそこだけが分からない。


「なんで俺が超能力持っているって思うんだよ」

「それは教えられない」

「なんでだよ」

「あんたが私と一緒にランキング戦出るって言ったら教えてあげるわよ」

「なんだよケチくさいな」

「ケチくさいのはあなたじゃない」

「俺は明確な理由があって出ないんだよ」


 その言葉に被瀬は堂々巡りになるのを察したのか、口を噤んだ。

 俺もこれ以上は話すまいと口を噤んだ。


「それじゃあ一旦集まれー」


 そこで聞こえる早乙女先生の声。

 俺と被瀬は何も言わずに同時に立ち上がり、集合した。



☆☆☆☆☆



「それじゃあ、今回はクラスから一人ずつ出して模擬試合を行ってもらう」


 おぉ、という感嘆の声がみんなから上がる。


 模擬試合。


 それは基本的には本番の試合……ランキング戦と同じ形式で試合ができるものだ。


 ランキング戦では、安全を考慮して水晶と呼ばれる道具を使用して試合をする。


 詳しくはわからないが、何百人もの超能力をかけ合わせてできたものらしい。

 これを使用することによって、ランキング戦に出るものは大きな怪我や命を失うことはない。


 それを使用して試合ができるようになるのは、高校生になってから。

 しかも申請がないと使えないものなので、高校生になったからと言っても簡単に使えるものではない。


「今回の模擬試合では、みんなに戦い方を知ってほしいと思っている、

 普段みんなが使っている超能力は、『ただ使っている』だけだ。

 それを『戦いながら使う』というものにしていかないと、ランキング戦で勝利をおさめるなんて夢のまた夢だぞ」


 ……当然ながら、みんないまいち分かっていない。


 超能力というものは『心のチカラ』というものを使って発動する……と言われている。

 未だに解明されていない超能力の素と呼ぶべきものは、確かに存在して、使うと減る。


 何故か休憩すると回復するのも謎なのだが、そんな『チカラ』を使って超能力を発動する、というのは集中力がいる。


「そこでだ、今回はこの中でも比較的超能力の扱いが上手いAクラスの円城(えんじょう)、Bクラスの花山(はなやま)。

 二人には模擬試合をしてもらう」


 いいなぁ、羨ましい、やってみてぇなぁ。

 そんな声が上がる。

 呼ばれた円城……角刈りの少しかっこよさを意識している感じの男子と、花山……少し髪が長くて奥手に見える男子は、誇らしそうにしていた。


 当然、学年でランキング戦はまだ禁止されている。


 そのため、模擬試合とはいえ、これが初めての戦いだ。


 当然誇らしくなるだろう。


「ここで戦ってもらうのはお互いにじゃない」


 そこで、早乙女先生は話を続ける。

 ……俺もてっきりお互いに戦うもんだと思ってたな。


「今回戦ってもらうのは、覆瀬、お前だ」


 …………?


 俺は自分の名前が呼ばれたことに理解ができなかった。

 しかし、早乙女先生の顔は確実にこちらを向いていて、俺の名前を読んでいる。


「……俺?」

「そうだ、お前だ」

「……なんででしょうか」

「先程の被瀬との組み手、見ていたぞ。

 なかなかやると思ってな。

 超能力がなかろうと、この二人くらいには勝てるんじゃないか?」


 俺は早乙女先生の言葉に、内心ではそうですけど、とは思いつつも、


「いや、俺『無能力者』ですよ?

 勝てるわけ無いですって」

「……ほぉ、それは面白いことを言うな」

「あ、そうそう、それなら俺より被瀬さんのほうが適任ですよ」

「なっ?! あんた?!」


 俺はそこで機転を利かせ、被瀬を売った。

 いきなり話を振られた被瀬は反応しつつも早乙女先生の手前何も言わない。


 多分さっきの超能力使ったの見られてるんじゃないかとかびびってんな。


 それなら問答無用で売るまでよ。


「そうそう、俺なんて手も足も出なくて、防戦一方でしたもん」

「あれはあんたが……」

「それに、きっと俺なんかよりもみんな被瀬さんのほうが戦っている姿見たいんじゃないんじゃないのかなぁ?」


 せっかく戦いから逃げれるのにまた戦わなきゃいけないなんて面倒くさい。

 それなら汚くても逃げ切るまで!

 みんなの反応を見るとまぁ覆瀬よりだったら、的な空気になっている。

 よしよし、と俺がほくそ笑んでいると、


「覆瀬」

「は、はい?」

「出てくれないと、進級、させないかもな」

「喜んで出させていただきます!」


 面倒くさいけどすぐ負ければ問題ない!

 流石に進級できないはやばすぎる。

 俺がもし進級できないとしれたら……。


 考えただけでも身震いする自体は避けたい。


「だが、出ればいいだけ、負ければいいと思っている覆瀬の思考はすぐに分かる。

 だから、被瀬!」

「は、はい!」

「お前も出てくれないか?」

「私も……というのは円城さんと一緒に、ということでしょうか?」


 クラス対抗の形を取るのか。

 それなら俺も気楽に花山のやつに任せられ……


「いや、覆瀬と一緒にだ」


 ……は?



☆☆☆☆☆



「まさかこんな形で共闘することになろうとはね」

「……共闘も何も、俺はすぐに負けるつもりだ」


 早乙女先生の話を終え、俺は早乙女先生と被瀬以外の人間全てから恨みの籠もった視線を受けながら、準備が始まった。


 水晶は心臓のあたりに装着する。

 授業で来ている体操服の下にはアンダーシャツのようなものを上下で着ている。

 これは服自体にそこそこの防御作用があり、またこの水晶を取り付けるための機構がついてある。


 これを服につけることによって、ある程度のダメージを受けると、『転移』の超能力が働き、指定の場所に飛ばされる。


 水晶は『固定』の超能力により基本的には壊れないらしい。

 ……ちょっと怪しい感じもあるけど、


「なんですぐに負けるなんていうのよ。

 あんたは初めてじゃないの?

 ランキング戦」

「確かに初めてだけど、俺はランキング戦になんの魅力も感じていない」

「え、そうなの?

 ……あんた男?」

「失礼な、ちゃんと男だわ」


 俺と被瀬は『体育場』の中心で準備体操をしている。

 近くには花山と円城の二人もいる。

 二人は特に準備運動もせずに、話し合っている。


「それならなんでこういう戦いにはしゃがないのよ」

「生憎、俺はみんなみたいにバトルジャンキーではないので」

「いやあんた、自分がテレビの奥の存在と同じことができるようになったらはしゃぐでしょ?」

「……基本テレビ見ないんだ、すまん」

「珍しいわね」

「いや、基本的に情報は新聞とかで十分だし。

 それに俺本とか読むの好きだからテレビよりそっちの方をよく見てる」

「意外ね」


 なんか俺に知的なイメージはなかったようで、被瀬からの意外の一言は、意外に突き刺さった。


『それじゃあ、準備はいいか?』


 クラスのみんなはすでに『体育場』の観覧席に集まっている。

 早乙女先生はみんなを守るように仁王立ちし、マイクを構えている。

 俺と被瀬はその言葉に敵の方を見る。


「そういえば、あんたに作戦を伝えてなかったわね」

「……だから負ける気だと言っておろう」

「私を守りなさい」

「……話聞いてますか?」


 円城と花山はきつい目つきで俺ら……具体的には俺を見ている。

 ……きっとこんなのが相手で、って腹立ってるんだろうな。


 それにしても俺だけ睨むのはずるくない?

 こいつも『無能力者』よ?


 俺は被瀬を見ながらそう思っていると、


「あら、心配なの?」

「そうじゃねぇ。

 なんか勝つ気でいるのが心配なんだ」

「別に私は勝つ気よ。

 だけど私一人じゃあいつらを相手にするのは骨が折れるから、私を守りなさい」


 やけに自信満々な被瀬に俺は何も話す気が失せる。


『覆瀬。

 俺が手を抜いているとみなした場合、分かっているよな……?』


 そんなときに聞こえる声。

 え? 俺ちゃんとやらないとだめなの?


『それでは、これより模擬試合を始める!

 双方、礼!』


「「「よろしくおねがいします!」」」


「え、ちゃっす」


 こうして、世界一温度差の激しい『模擬試合』が、膜を開けた。

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