164 お盆休み前のミッション 5

 鹿島神宮の要石から『世界の隙間』に入った亜香里たちが出てきたところは、神社の拝殿前だった。


「アレ? 神社には出てきましたけど、鹿島神宮とはチョット違う感じがする。なんだか煌びやかな拝殿」

 行った先の『世界の隙間』がいつの時代になるのか正直見当がつかなかったが、行った先の神社自体が違うことは考えていなかったので、拝殿を見ながら『どこだろう?』と亜香里は考えていた。


「たぶんこの神社は鹿島神宮ではありません。九州の時の様に太宰府天満宮と霧島神宮ほどの違いはありませんが、やっぱり違います」

 違う神社に行き酷い目に遭った優衣は慎重になっていた。


「亜香里さぁ、時代も違うよ。あそこを歩いている人たちの格好は、どう見ても時代劇に出てくる町民か農民だよ。アッ! こっちを見てる、優衣、急いで光学迷彩を起動させて! 亜香里はその辺の木の陰に隠れて」


 詩織と優衣は透明人間になり、亜香里は神社を訪れた人に見つからないように急いで(松葉杖で走れないけど)境内の横にある大木の陰に隠れた。

 詩織と優衣は、大木の陰に隠れた亜香里のところまで歩いて行き、一緒に周りを確認する。


「たくさんの人が境内に入ってくる。なんで神社がこんなに賑わっているの? お正月でもないのに… 『世界の隙間』では季節が同じはずでしょう? 8月に何か神社のイベントでもあるの?」


 大木の陰で見ていると、身なりを整えた沢山の農民っぽい人たちがお参りをしている。

「この神社が何処なのか、確認してきます」

 優衣は透明人間モードのまま境内に歩いて行き、しばらくすると大木の陰に戻って来た。

「分かりました、ここは香取神宮の拝殿前です」


「うーん… そっかー、分かった! あのひとたちは東国三社参りで、ここに参拝に来ているんだ」


「だから、それが分かったからと言って、どうなるの?」


「いえ、どうにもなりませんが… 受験の日本史を思い出しただけです。リアル東国三社参りをこの目で見て、少し感動しました」


「感動は良いから、早く『世界の隙間』の入口を探そうよ。亜香里は外から丸見えだから、私と優衣で今出てきた拝殿の近くを捜してみるから」


「詩織様の仰せの通りです。私はパーソナルシールドが使えないし、松葉杖なので、よろしくお願いします」


 それからしばらく詩織と優衣は、参拝者にぶつからないように気をつけながら境内を歩き回ったが『空気のゆらぎ』は感じられず、大木の陰に隠れながら待っている亜香里のところへ戻って来た。


「今回は出てきたところを覚えていたから、そこを中心に何度も歩き回ったけど『世界の隙間』の入口らしきものは感じられなかったよ」


「私も周辺を含めて歩き回りましたが、詩織さんと同じです」


「私の仮説が間違っていたのかなぁー そうだ! もしかしたら...」


「もしかしたら、ナニ?」


「さっき、鹿島神宮の要石からここに出て来たでしょう? だからもしかしたら、ここ香取神宮も要石が『世界の隙間』の入口じゃないかと考えました(思いついただけ)」


「香取神宮にも要石があるの?」


「これがあるんですねぇ(得意顔)、香取先輩から鹿島神宮の要石の事を聞いたときに、冗談で『香取先輩と同じ名前の香取神宮にも要石はありますか?』と聞いてみたら『あるよ!』と答えてくれましたから。ただそこが『世界の隙間』の入口とは言いませんでしたけど」


「まあいいや、このまま境内に居ても仕方がないから、そこへ行ってみましょう。ここの要石は何処にあるの?」


「さっき、詩織と優衣がシークラフトに戻ったとき、鹿島神宮の要石の前で2人を待っていて暇だったから調べてみました。楼門を出たところにあるみたいです」


「亜香里も寝てばかりではないのね(亜香里「失礼な」)そこに行ってみましょう。でも人通りが多いね、私と優衣は良いけど亜香里はどうする?」


「詩織さんが肩から提げているマジックカーペットに乗って、光学迷彩にして行けば、亜香里さんも一緒に行けますよ」


「そうか、肩から掛けっぱなしにしていて忘れてたよ」

 大木の陰で詩織はマジックカーペットを袋から取り出して広げ、3人はその上に座り光学迷彩を起動させ、操作盤のコントローラーを操作して上昇し、神社の出入口方向へ向かった。


「やっぱりこれですよ、これ。乗り心地が良いね。と言っても楽しむ間もなく到着ですが」

 楼門を出て直ぐのところに要石があり、近くの木の陰にマジックカーペットを着陸させて袋にしまい、詩織と優衣は光学迷彩で、亜香里は木の陰を伝いながら要石に近づいた。

 3人が要石の周りを歩いてみると『空気のゆらぎ』が感じられる。

「私の予測に間違いはありませんでした。褒め称えよ」


「ハイハイ、ちゃんと現代に戻れてから言おうね」

 3人は次々と『世界の隙間』の入口を抜けて行った。

     *     *

「アレレ? 今度は、こぢんまりとした神社ですね」


 3人が出てきた『世界の隙間』は小さな神社の境内であった。


「また神社に出てきたのは良いけど、今度は何処なの?」


「アッ! スマートフォンが使えます。アンテナも立ってます。日付は二〇二〇年の8月1日です!」


「GPSも使える! ここは息栖神社だ! 私たちは早廻りで東国三社参りをやったのね(詩織「一度もお参りはしなかったけどね」)お参りは置いといて、8月1日ということは、私たちが未だニュージーランドに居る頃よ。これでタンカー事故を防げるね」


「現代に戻れたわけか。じゃあ、前の『世界の隙間』で亜香里が言ったとおり『褒め称えます』でも今日が8月1日だとすると事故を起こしたタンカーは、まだここから凄く遠いところにいるよね? どうやってそこまで行くの?」


「数週間まえの『世界の隙間』だったら、『組織』に連絡してエアクラフトを飛ばしてもらうとか?」


 3人が話をしていると一斉に、全員のスマートフォンのディスプレイにビージェイ担当が現れた。

「みなさん、急にそんなところに現れて、どうされたんですか? 『組織』のトレーニング中で海外にいるはずですが… 」


 3人は顔を見合わせて、亜香里が答えることにする。


「今、詩織と優衣がここにいるのは、ビージェイ担当からのミッション依頼によるものです」


「ミッションの依頼は出しておりませんが… アッ! もしかしたらみなさんは『世界の隙間』に入っているのですか?」


「さすが、ビージェイ担当! 勘が鋭いですね。私たちは約2週間後、お盆の直前から来ました、その理由は…」

 詩織と優衣がミッションの内容とそれを実行した結果、それとホテルでの待機指示を受けたところまでを説明し、『世界の隙間』に入ってからのことは亜香里が説明した。


「なるほど、そう言うことですか? そうなりますと、みなさんから見て私を含めたこの世界は『世界の隙間』なので、仮にこの世界でタンカーの進路を変えたとしても、みなさんが元に戻った世界には影響しないのではないでしょうか?」


「ビージェイ担当、それは少し違うと思います。私と桜井先輩で行った上海ミッションでは『『世界の隙間』の変化が現実の世界に影響している例がある』と説明されましたよね」

 優衣が珍しく強気の発言をする。

 二〇三〇年に飛ばされて命からがら戻って来られたことを今も鮮明に覚えているようだ。

「確かにそのような説明はしました。しかし『組織』は未だ、それを検証している段階です」


「ビージェイ担当、『組織』は検証中かもしれませんが、このままだと2週間後の世界では、この付近の海に膨大な量の原油が流出してしまいます。ここは可能性に懸けてタンカーの進路を変えてみても良いのではないでしょうか?」


 ディスプレイのビージェイ担当は、しばらくのあいだ静止し、それから徐に話しを始めた。


「分かりました、『組織』でタンカーの進路を変更させ、とりあえず鹿島灘には近づかないようにして、電気系統もチェックさせます。小林さんたちは速やかに元の世界に戻って下さい。それでは、お気を付けて」

 スマートフォンのディスプレイが消えた。


「ビージェイ担当がディスプレイに出てきてから、一気にタンカー事故の対策が完結したみたいですけど、これでミッションは終了?」


「そうなるのかな? 『世界の隙間』を使って東国三社参りをして、ミッション終了ですね」


「そんな風に言っちゃうと、私たちが何もしていないみたいですけど、タンカーの原油流出事故を止めたのですよ。凄いと思いませんか?」


「優衣、それは分からないよ。元の世界に戻ってみないと。『世界の隙間』が変わっても、元の世界はそのままかも知れないし」


「そうですね、では早く元の世界へ戻りましょう。『世界の隙間』担当の亜香里さん、今度は何処に入口があるのですか?」


「そんな担当はないからね。ちょっと待って、ググってみる」

 亜香里は息栖神社の観光案内を調べてみた。


「ありました、ありました、やっぱり石じゃない? 観光案内によれば、この神社には『力石』があります、芭蕉句碑の隣だそうです、行ってみましょう」


 小さな神社なので歩いてすぐのところに、芭蕉句碑と普通の石があった。

 3人が近づいてみると『空気の揺らぎ』が感じられる。


「ここです、間違いありません、ここの入口を抜ければ東国三社をグルっと一回り出来るのじゃないのかな? とりあえずこの入口を抜けてみましょう」

 亜香里は『世界の隙間』の入口に入り、詩織と優衣がそれに続いた。

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