165 お盆休み前のミッション 6

 3人が現れたのは楼門の前だった。


「やったー! 鹿島神宮の楼門だよ。ここに来た時、駐車場から見えたもの。日付は… エェッ! 水曜日! 月曜日は有給休暇を電話でお願いしたけど、昨日の火曜日は無断欠勤だよ。どうしよう? 今日はもうお盆休みに入っているし」


「前に江島さんか高橋さんが言っていましたよね、『世界の隙間』を行ったり来たりすると、時間の遅延や加速が起きるって」


「そんなことを聞いた気もするけど。会社から無断欠勤だと思われていたら自宅に連絡が行っているのかなぁ? まあ仕方ないか」


「私と優衣はミッション中だから『組織』がなんとかしてくれていると思うけど、亜香里はどうなんだろう」


 スマートフォンを操作していた優衣が声をあげる。

「今、ネットでニュースを確認しましたけど、何処にもタンカー座礁事故のことは出ていません。原油流出事故は起こらなかったみたいです!」


「やったね! これで堂々と『組織』に報告できるね。私はミッションの依頼を受けていないのに、ミッション遂行に参加したから、特別手当か特別休暇がもらえるんじゃないの?」


「どうでしょう? とりあえず東京に戻ってからね」


「そうだ、戻る前にシークラフトを見せてよ。未だ鹿島神宮の森にあるのでしょう?」


「今の時代に戻って来たからあるはずです。光学迷彩を起動させたままにして来ましたから」


 3人は楼門から中に入り境内を通り抜け、シークラフトを隠している神社の森まで歩いて行く。


「なんで? ここにシークラフトを置いておいたのに無くなってる! 優衣もここだったと思うよね?」


「ええ、確かに... ここにある大木を目印にしましたから間違いありません」


 周りに他の人が居ないので、詩織と優衣は光学迷彩をオフにして、ジャンプスーツ姿で、シークラフトを停めた位置を中心に探し回る。


「でもおかしいですね、シークラフトを停めた跡もありませんよ。雑草とかが押し潰された跡もありませんし」


 2人が森の中を探し回るのを、亜香里は松葉杖に寄り掛かりながら見守る。

 空を見上げて、ふと思い付いたように声をあげた。

「分かった! 分かりました。シークラフトの無い理由が」


「亜香里が、何処かに隠したの?」


「かわいい冗談ですねぇ。私たちは2週間前の『世界の隙間』に入ってタンカー事故を防いだじゃないですか?(詩織「そのためにわざわざ『世界の隙間』に行ったわけだからね」)ですよねー。そして今現在はタンカー事故が起こっていない、ということは『組織』からのミッションを詩織も優衣も受けていないから、ここにシークラフトが無いのは当然です」

 亜香里の説明に『アッ!』という表情をする詩織と優衣。


「『私たちの2週間前の行動が今の世界を変えてしまった』と亜香里さんは言われるのですか? 確かにタンカー事故を未然に防ぐために『世界の隙間』に行ったわけですから現実が変わっていてもおかしくはないですよね。でも今の世界が何処まで変わったのでしょうか? 少し心配です」


「私たちがあの世界でやったことは、ビージェイ担当にタンカーの進路変更を依頼しただけだから、そんなに今の世界は変わっていないと思います。ミッションを受けた詩織と優衣が、一番影響を受けているのかも知れません」


「それじゃあ、どうしよう? シークラフトが無いと東京に戻れないけど」


「とりあえず、神社の駐車場へ行ってみない?『世界の隙間』の影響が何処まで出ているのかは分からないけど、そもそも私にはミッションの依頼が無かったから影響は少ないと思います。多分、駐車場に車はあるんじゃなのかな?」


 3人は鹿島神宮の駐車場まで歩いて行く。詩織と優衣は光学迷彩モードで。


「うん、思った通り、私の車はちゃんと停めたところにあります。3日分のホコリが車のボディに積もっているけどね。では車に乗って東京に戻りましょう。車内だったら、ジャンプスーツも目立たないでしょう?」


「確かにこの格好で外を歩き回ると目立つから、亜香里の車で寮に戻るのがベストね」


「なんだか、今も理解し難いのですが、ビージェイ担当の言っていた『世界の隙間』に入って、その世界の事実を変えるって、こんな感じなのでしょうか? 私たちが乗って来たシークラフトが無くなっていて、亜香里さんの車がここに残っているのは不思議な気がします」


「やっぱり、私の人徳ですかねー、痛ぁい!(後ろから透明人間の詩織が頭を叩く) 私は怪我人ですから、いきなり暴力を奮わないで下さいよー。ハイハイ、私のクルマがあるのは運が良かっただけです。それでは帰りましょう」


 3人は亜香里のGLA45(『組織』改)に乗り込み、詩織と優衣は光学迷彩モードをオフにして、亜香里が車を運転する。

「では出発します。帰りに何処かのサービスエリアに寄る? お腹が空いてきた」


「私と優衣がこの格好だと、そのまま外には出られないよ。黒く光ったジャンプスーツとか怪しい人じゃない? サービスエリアの監視カメラにも映るし。ミッションの時に背負ったリュックに携行食が入っているからそれでも食べようよ。そういえば装備したブラスター、ライトセーバーとマジックカーペットも持ったままよ。スマートウォッチもミッションモードのままだし、どうするのだろう?」


 詩織がそんなことを話しながら、亜香里が東関東自動車道を都内に向けて飛ばしていると、ビージェイ担当からビデオ通話が入り、車のディスプレイに表示される。


 「小林さんたちは、今まで何処に居たのですか? 月曜日から3人が突然、居なくなり、携行しているはずのスマートフォンとスマートウォッチからも行方(ゆくえ)が捕捉できなくなり、今まで『組織』を挙げて探していました。3人とも無事なのですか?」


「ご心配をおかけして申し訳ありません。3人とも無事です、私はまだ骨折が治っておりませんが。月曜日から何処にいたのかについては簡単には説明しづらいです。私は今運転中なので、月曜日にビージェイ担当からミッションを受けた、詩織と優衣に今日までのことを説明してもらいます」


「私が月曜日にミッションを出したのですか? 理解し難いですが、説明を伺いましょう」

 詩織と優衣が月曜日の朝、『組織』から呼び出しがあったところから説明を始めた。

 その日、シークラフトで現場へ行き、タンカーに乗船したあとのことから亜香里も加わり『世界の隙間』に入ってタンカー事故を未然に防いだことまで。


「なるほど、そういうことですか、説明としては筋が通っていますが、納得しにくいですね」


「ビージェイ担当、詩織と優衣の今の姿をビデオで見れば分かりますよ、ミッションや『組織』のトレーニングでしか着られないジャンプスーツを着ています。それにツールも持っていますし、IDカードも『組織』仕様になっています。どう見ても2人はミッション中でしょう? 私は違いますけど」


「確かに、それだけのものを『組織』から無断で持ち出すことは出来ませんし、IDカードが勝手に変わるわけがありませんから、お二人はミッション中です。了解しました、それでは寮に戻って『組織』のフロアでそれらを返却して下さい。今回の事例は初めてのことですので、インタビューがあると思います。予定してください」

 ディスプレイからビージェイ担当が消えた。


「また、インタビュー? ミッションを依頼したのはビージェイ担当なのに」


「亜香里はミッションを受けていないからインタビューはないのでは? それにしても、世の中はお盆休みだというのに、私たちは何をやっているの?」


「詩織さん、仕方がありませんよ『組織』が行っている世界への貢献って、今回のようなミッションだと思います。世の中の危機を事前に防ぐ重要なお仕事ですけれど、大事に至る前に解決してしまうから、誰にも気付かれないという『影の英雄』みたいなものではないでしょうか? 能力者や私たち能力者補は」


「『影の英雄』えっとー "Shadow Hero ?" なんだかカッコいいね。じゃあ私は『手負いのヒーロー』かな?」


「亜香里さんは今回、ミッションを受けていないから『押しかけ貢献者』じゃないですか?」


「人がハンドルから手を離せないのを知っていて、優衣も言ってくれるね。寮に戻ったら『影の英雄』の優衣さんに、たっぷりと肩のマッサージでお礼をしてあげるから」


「そんなお礼は入りませんよー、 亜香里さんのショルダークローは頭痛がしますから勘弁して下さい」


「まあまあ、2人とも... とりあえず世の中が平和にお盆休みに入っているのだからそれで良いんじゃない? あとのことは帰ってから考えましょう」

 詩織のとりなしで、携行食を頬張りながら、高速を走る車の中でまったりとしている3人であった。

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