152 研修からの帰還 5

 亜香里たちが湾をぐるりと一周する形で海辺沿いに歩いて行くと、思っていたほどの距離はなく、対岸の道路がある場所にたどり着いた。

 3人が道路を歩き始めてしばらくすると、ピックアップトラックが近づいてきて停車する。

 白地にフランス語が書かれたTシャツを着て、肌は浅黒く縮毛で白髪の運転手が、3人に向かって話し掛けてくるが言葉は分からない。

 優衣が精神感応を使って運転手の心を読み取り、亜香里と詩織に脚色を交えて説明する。

「『お姉ちゃんたちは日本から来たのかい? この湾でシューノーケルをやってたのか? 何でここを歩いているんだい?』って聞いているみたいです、私たちが着ているジャンプスーツをウェットスーツと勘違いしているのだと思います」

「じゃあ、その勘違いを使わせてもらおうよ『何かの手違いで、乗って来たボートが帰ってしまいました。この島の港へはどうやって行けば良いですか?』って聞いてくれる?」

 優衣は詩織の言葉を精神感応で運転手に伝えた。

 すると運転手は頷き、荷台を指差す。

 優衣は笑顔を返し、詩織と亜香里に知らせる。

「『それは大変だな、港の近くまで行くから荷台に乗りな』だそうです、運転手さんの気が変わらないうちに荷台に乗りましょう」

 3人は言葉が通じないながらも、お礼を言って荷台に乗り込むとピックアップトラックは発車した。

「運転手のおじさんは、優衣の精神感応を不思議に思わないの?」

「ここのように自然がたくさんある小さな島だと、都会の人よりも精神世界が豊かなのではないでしょうか? 言葉が通じない生き物が周りにいっぱいいますし、その環境の中で上手くやって行かなければならない訳ですから」

「優衣って、そっち系の勉強とかしてるの?」

「していませんよぉ。ただ、この能力を身につけてから、いろいろな生き物の気持ちが心の中に入って来たりするので、自然とそんな風に思うだけです」

「フーン、そうなんだ。私にその能力が付かなくて良かった。牛や豚の気持ちがわかったら、お肉を食べ辛くなるじゃない?」

 亜香里はそんなにデリケートだったのか?

「その辺は割り切っています」

 篠原家の血筋なのか、優衣の返事に躊躇は無かった。

「車に乗せてもらっておいて、こう言うのも何だけど、変な『世界の隙間』に飛ばされると必ずピックアップトラックの荷台に乗っている様な気がする」

「前回はオアフ島で香取先輩とでしたっけ? だったら今回も必ず元の世界に戻れますよ」

「そうだと良いけど… オアフ島では目指す『世界の隙間』の入口がハッキリしていたけど、今回はどこを目指したら良いのかな?と思うのよ」

 しばらくして亜香里が話し始める。

「この前、霧島神宮に飛ばされた時のことを思い出したけど、『組織』から事前に渡された九州の『世界の隙間』入口マップって全部神社だったでしょう? その時、優衣が言ったと思うけど『日本でずっと変わらない施設が神社だから『組織』は神社を中心に調査をして見つけたのだと思う』って。この国だとそういう場所はどこかな?と考えていたの」

「それで亜香里は、どこだと思うの?」

「よく分からないけど、歴史的な建造物があるところ? この島には無さそうだけど、ニューカレドニアの本島に行けば、歴史的なキリスト教会とかがあると思うのよね」

「なるほど、確かにネイティブの住民は仰々しい建造物とか作らないだろうし、あるとしたら、ヨーロッパから入植して来た人たちが作った歴史のある建物… 確かに教会は『世界の隙間』入口の候補ね」

 優衣がスマートフォンのオフライン地図を見ながら説明する。

「ニューカレドニアの主都ヌーメアにある、セント・ジョセフ大聖堂(Cathedorale St Joseph)がそれっぽいです。海岸からも近いです」

「じゃあ、そこをとりあえずのターゲットとして、本島へ行く方法を考えましょう。詩織だったら泳げるかも知れないけど(詩織『私は魚ではありません、何十キロも泳げません』と口を挟む)、この島から本島まで一番近くて50キロくらいありそうだから泳ぐのは無理か… 飛行機に乗るにはパスポートが無いし… って、ちょっと待ってよ。私たちトレーニング中のままだから、お金を持ってないじゃない? ここの通貨も日本円も! 本島に行く船があっても乗れないよぉ」

「本島との行き来がどうなっているのか、運転手さんに精神感応で聞いてみます」

 優衣は運転の邪魔にならない様にして、運転手の心に入っていく。

「フンフン、なーるほど… 分かりました。この島と本島との間では週に何便か定期便が運航されているそうですが、最近は独立運動で治安が不安定なので、運航は不定期だそうです。それから今は一九九〇年八月だそうです」

「「 一九九〇年! 」」

「中途半端な時代に飛んでしまったね、戦時中とかに飛んだわけじゃないからまあいいか。優衣、追加で聞いて『本島になるべく早く船で行くにはどうしたら良い?』って」

 優衣が再び、運転手の心の中に入っていく。

「なーるほど、『お姉さんたちは、レンタルボートでここまで来たんじゃないのかい? 海で遊ぶ観光客はみんなレンタルボートを借りるだろう?』って言っています」

「そうかー、レンタルのモーターボートを借りて飛ばせば、本島までは直ぐ着くのね」

「亜香里さん、私たちはお金も無いのにどうやってボートを借りるのですか? 外国人だったら、借りる時に身分確認でパスポートの提示も必要だと思います」

「そこは優衣さんの出番です。港に行って一人になっている係員を見つけたら、精神支配(マインドコントロール)をしてモーターボートを無料でお借りするわけです。あとで返却すれば問題ないでしょう?」

「人を騙す様で良心が痛みますが、非常事態なので仕方ありませんね。港に着いたら船と係員を探してみます」

 亜香里たちが乗るピックアップトラックは港に近づいていた。

     *     *

 桜井由貴はヌーメアのホテルにチェックインした後、東京の日本同友会本部に詰めている高橋氏と夜遅くまでビデオ会議を続けていた。

 由貴が乗ったエアクラフトが撮影したイルデパン島の様子を新たにデータに加え、今までに揃ったデータを元に、改めて亜香里たち3人の行方(ゆくえ)を検討してみるが、由貴が東京を出発した時と状況はあまり変わらなかった。

 結論が出ないまま、その日はビデオ会議を終え寝床に着き、スッキリしない気分で翌土曜の朝をリゾートホテルで迎える由貴であった。

 窓の外には晴れ渡った空と、真っ青な南太平洋が広がっている。

(本当はココで夏休みを満喫したいところよね)と思いながら、1階の屋外レストランで簡単に朝食を済ませ、直ぐに部屋へ戻りビデオ会議で東京を呼び出した。

 高橋氏は土曜日も日本同友会東京本部に詰めており、直ぐに画面に出てくる。

「おはようございます、昨日は遅くまで話し合って結論が出ませんでしたが、あの後、桜井さんの方で何か打開策が浮かびましたか?」

「はい、あれからいろいろと考えてみましたが、ここヌーメアにある『世界の隙間』の入口に入ってみようと思います」

「そこの『世界の隙間』に入っても、小林さんたちに会える確率は低いのではないでしょうか?」

「ここまで来て何もせずにリゾートホテルでボーッとしてるのであれば、やらないよりはマシかなと思っています、『組織』のデータによれば、このホテルから『世界の隙間』の入口までは近くて安全そうなので、行っても無駄足にはならないと思います」

「そうですか、分かりました。それでは準備を整えて行って来てください。こちらと通信ができる間は、回線を解放にしておいてください」

「承知しました。では行ってきます」

 桜井由貴は『組織』のボディースーツを着て、ブーツを履き、それが隠れる様な長めのゆったりしたドレスを上から羽織り、ツールの入ったリュックは1階の土産物コーナーで買ったショッピングバッグに入れて肩に下げ、部屋を出た。

 ホテルの玄関からタクシーに乗り、セント・ジョセフ大聖堂(Cathedorale St Joseph)へ行くよう運転手にメモを渡す。

 ホテルから大聖堂までは約4キロの距離で、途中少し道が混んでいたが10分ほどで大聖堂に到着する。

『組織』のデータによると『世界の隙間』の入口は、大聖堂の中に入ると目につく巨大シャコガイで出来ている2つの聖水盤の右側がその場所とのことである。

 大聖堂の前でタクシーを降りると土曜日のせいか大聖堂には観光客もチラホラいるので、由貴は木陰でパーソナルシールドを光学迷彩モードにして大聖堂へ入って行くことにした。

 中に入ると探す必要もないくらい立派なシャコガイの聖水盤が2つあり、その右の前に立つと空気の揺らぎを感じ、由貴は『世界の隙間』へ入って行った。

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