151 研修からの帰還 4
イルデパン島の東側にある海岸の波打ち際で、何事もなく無事一夜を過ごした亜香里たちは、南太平洋の水平線から顔を出すお日様の眩しい陽光で目を覚ました。
いつもは寝坊をする亜香里も詩織や優衣と同じように目を覚ましていた。
早朝の海水は冷たく『組織』謹製の浄水器で真水になった海水で顔を拭い、口を濯いだ。
「さて、今日はどうしましょう? ここで『世界の隙間』の入口を見つけるのは無理なことが分かったから、どこか他の場所にある入口を捜すしかないと思うけど」
詩織が2人に確認するように語りかける。
「昨日、エアクラフトで見た日付が正しければ、今日は土曜日よね? 本当はお休みでまだ寝ているはずだけど早起きしたから、お腹が空いてきた」
「亜香里さんにとっては、死活問題ですね」
「昨日の晩と同じ様に食事の準備をしていたら、直ぐに半日くらい経ってしまうよ。今から外に出て行かないと、ずーっとここで魚取りをして人生が終わっちゃうから」
昨日一日で、3人ともジャンプスーツから露出している顔と手は真っ赤に日焼けしている。
「分かった、朝ご飯は我慢する。じゃあ早速、人のいるところを探そうよ、この島は無人島ではないのでしょう?」
「今は20世紀後半のはずだし、昭和の時代に『天国に一番近い島』と言われたところですから。昨日、オフライン地図で見た感じだと、そんなに広くなさそうだから頑張って歩けば、島の人に会えると思う。ホテルがあるかも知れないし」
「じゃあここを撤収して、この島を探索しましょう」
亜香里たちは焚火や寝床の跡に砂をかけてリュックを背負い、一日居た海岸から出発することにした。
出発する時、亜香里が『ちょっと待って』と言い、昨日エアクラフトが到着したであろう場所を何度か歩いてみる。
「やっぱり、ダメかぁー」
「亜香里さん、ここは諦めが肝心ですよ。昨日あれだけ『世界の隙間』の入口が無いか、3人で探し回ったじゃないですか?」
「ウン、分かっているけど日付けが変わったから『もしかしたら?』と思っただけ。諦めます、引き摺る女ではありませんから」
「亜香里さんらしくない、ご発言ですねぇ。引き摺る人が身近に居たとか?」
「あーっ、つまんない事言っちゃった。忘れていいから」
優衣は亜香里の顔を見て、それ以上は聞かないことにした。
(気になります。またの機会に聞いてみましょう)
同期2人の気になる事が溜まっていく優衣であった。
3人が海岸沿いを歩いて行くと、岩場のある岬に辿り着いた。
岬に近づくと急な岩肌の斜面が続き、松葉杖を使っている亜香里が登るにはハードルが高い。
「ここを登るのはちょっと無理かも」
「亜香里はここで待っていて。岬の向こう側に降りたら、亜香里を引っ張り上げる方法を見つけて戻ってくるから」
「分かった、ココで待ってる」
亜香里は日差しを避けるため、海岸から樹木が生えている内陸へ入って行く。
草木は生い茂っているが、地面は平坦で砂地ではないため、松葉杖を使う亜香里でも苦労せずに歩ける土地だった。
道は無いが、歩くところは木陰になっており、自分から『待ってる』と言ったのを忘れてズンズンと歩いて行き、5百メートルほど行くと海岸に出てきた。
「あれ? どうなってるの?」
GPSで確かめてみる。
「そうかぁ、この地図は高低差がわからないけど、この辺はずっと平地だったのね。ということは、詩織たちは岬を大回りに回ってここに来るってこと?」
亜香里たちは昨日、イルデパン島で一番東のひとけの無いビーチに到着しており、亜香里が今歩いて出て来たところは、ベ・ディピ湾だった。
亜香里が湾に面した海岸をブラブラしていると、遠くの方から詩織と優衣が歩いて来た。
詩織と優衣は、なぜ行った先に亜香里がいるのかを不思議に思う。
「亜香里、飛翔を使って来たの?」
「いえいえ、優衣さんの緊急事態がなければ簡単には使えませんよ(優衣『詩織さんが言ったような宙吊りにはなりません』と口を挟む)、昨日はビーチで『世界の隙間』の入口を探すのに必死で、この島に着いて直ぐにGPSとオフライン地図で場所を確認したあとはGPSを使わなかったじゃない? さっき別れて陸地の中に入って行ったらこの海岸に出ちゃって、GPSで確認したら詩織たちは小さな半島をグルッと回っているのに気がつきました。私は中を通ってショートカットしただけです」
「なるほど、二〇二〇年の地図とはいえ島の地形があまり変わっていないとすれば、地図を頼りに進めば何とかなりそうね」
3人は改めてそれぞれのスマートフォンで、現在位置と周辺の状況を確かめてみた。
「この湾の対岸には道路があるから現地の人が居ますよね? ここからそれっぽいものが見えます」
「島民の集落があるかも知れない。湾の向こう岸は直線距離だと近そうだけど、歩いて行くと結構遠いね、移動手段がないから仕方ないけど」
「とりあえずガンバって歩きます。歩けなくなったら置いていって下さい」
空腹と骨折で少し弱気の亜香里である。
「亜香里らしくないことを言ってるんじゃないよ。松葉杖が辛くなったら肩を貸してあげるから心配するな」
詩織が姉御肌発言をして、3人は湾内を歩き始めた。
* *
金曜日の夕方、桜井由貴が乗ったエアクラフトがイルデパン島に到着した横には、亜香里たちが乗って来たエアクラフトが砂浜に鎮座している。
由貴はエアクラフトに乗り込み、機器に異常がないことはすぐに確認できたが、3人はどこにも居らず機内を確認しても彼女たちが残していったものは何もなかった。(トレーニング中の格好のままで、外へ出て行ったのかな?)
由貴はエアクラフトが駐機している砂浜を歩いてみるが、3人が歩いたあとは無い。
3人が乗ってきたエアクラフトを追尾モードにセットして、スタンバイのエアクラフトと共に島全体をくまなく飛んでみるが、3人が所持しているはずのスマートフォン、スマートウォッチもスキャナーには現れず、その状況を東京に伝えるが、その間、由貴は亜香里たちを探すのに必死で、3機のエアクラフトに光学迷彩を起動させるのを忘れていた。エアクラフトの光学迷彩を起動すると機内からも外が見えないため、肉眼による捜索が出来なくなるわけだが。
由貴の様子を東京からモニターしていた高橋氏の目に入り、リモートで光学迷彩を起動した。
急に視界が無くなり由貴は驚いたが、光学迷彩がオフだったことに気がつき、高橋氏にビデオ通話で謝罪とお礼を伝える。
イルデパン島の上空を3機のエアクラフトが姿を現していたのは短い時間ではあったが、それに気がついたリゾート観光客にスマートフォンで撮られ、ネットにアップされていた。
『イルデパン島にUFO現る』のコメント付きで。
それを見つけた『組織』が、関係するデータをWebから全て削除したのは、いつものルーチン作業である。
由貴は東京から午後の早い時間にエアクラフトでニューカレドニアへ飛び、到着したのは日本時間で未だ午後3時頃であったが、時差でニューカレドニア時間では午後5時になっていた。
暗くなってきたため、これ以上の捜索は難しいと考え、東京へ本日の活動終了を報告し、『組織』が予約したグランドテール(本島)のヌーメアにある、ヒルトン ヌーメア ラ プロムナード レジデンシズ(Hilton Nouméa La Promenade Residences)へ向かうことにした。
光学迷彩モードのままなので着陸地点は、エアクラフトのAIに任せることにする。
モニターに『アンリ・ミラール競馬場に到着予定、ホテルから100メートル以内』と表示される。
『間もなく到着、シートベルト着用』が表示され、シートベルトを着けたところで、由貴は自分が会社にいるときの服装のままであることに気がついた。
「こんな格好で、リゾートホテルに入ったら場違いな人よね。どうしよう?」
考えている内にエアクラフトは競馬場に到着し、モニターの表示が変わる。
『目的地に到着、宿泊に必要なモノはストレージのキャリーバッグに収納済み』
「そういうことかぁ」
由貴が大型のキャリーバッグを取り出すと中身は『日本から南の国のリゾートへ来ました』風の衣装と所持品一式が入っている。
由貴はバッグに入っていた服に着替えキャリーバッグを持ち、パーソナルシールドを光学迷彩モードにしてエアクラフトを降りた。
モニターに表示の通り、競馬場を出るとホテルは道路の向かいに面した近くにあり、通りを横切りホテルに入り、フロントでチェックインをして部屋に入る。
夕食はルームサービスにして、東京の高橋氏と今後の対応について話し合いを始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます