150 研修からの帰還 3

 詩織発案の砂浜蒸し焼き料理は食材の魚を獲り過ぎたと思っていたが、三人が一日中何も食べていなかったこともあり、焦げたものや生焼けのものを除いて大半を食べ終えてしまった。

「見た目はあまり良くなかったけど、海水の塩分が効いていて、結構美味しかったね」

 最大の欲求が満たされて満足げな亜香里。

「詩織さんは、スポーツ万能の人だと思っていましたが、料理も得意なのですね。道具も無いのに、お魚を器用に捌いていましたし」

「料理は得意じゃないよ。アウトドアクッキングは必要に迫られて覚えただけ(優衣『必要に迫られたところを聞きたいです』と食い下がる)話すと長くなるからまた今度ね。それよりも周りが暗くなってきたから、寝るところを確保しないと」

「ウン、お腹一杯になったら眠たくなってきた」

「でしょう? 亜香里が寝てしまう前に寝床を決めましょう」

「この島って、夜行性で襲って来る動物とかいるのでしょうか?」

「ここは南太平洋でしょう? オオカミは生息していないし、ヒョウやライオンもいないし、あといるとしたら何だろう? 人間?(優衣『それが一番危ないです。拐われます』と真面目に答える)昼間も動物らしきものを見かけなかったから、多分大丈夫じゃない? 心配だったら焚火をすればいいし。私の経験からすると、満ち潮になっても溺れない程度の波打ち際だったら動物は寄ってこないと思う。ここの海岸は一日いて穏やかだったから、この辺の砂浜に優衣たちが取ってきて余ったバナナの葉を敷いて寝床にすれば良いのかなと思います」

「分かりました。ワイルドな詩織さんがそう仰せなので(詩織「ワイルドって何だよ!」)、早速ここに寝床を作りましょう」

 3人は寝床にする砂浜に適度な海水をかけて固め、その上に乾いた砂をかけバナナの葉を敷き寝床にした。

 バナナの葉を敷く途中で、亜香里は寝始めている。

 詩織と優衣は近くにある椰子の木を一本、ライトセーバーで切り倒し、3本に切り分けて上部を絡めて寝床の上に立て、椰子の葉を被せた。

 すでに亜香里はバナナの葉っぱの上で熟睡している。

「ちょっとした寝室っぽくなりましたね」

「バナナの葉の寝床だけでも良かったけど、急に雨が降ったりしたら避けるところが無いからね。それでは私たちも寝ますか? 日の出で強制的に目が覚めそうだし」

「そうしましょう、この海岸は東側ですから、日の出が見られます」

「南半球の日の出は恐竜の島以来ね。あの時は、そのあとすんなりと日本に帰れたから、明日も早起きをして無事日本に戻れるように、お日様にお願いしましょう。おやすみなさい」

 詩織と優衣は既に熟睡している亜香里の隣で横になり、バナナの葉と椰子の木で作った即席の寝室で、波の音を聞きながら眠りについた。

     *     *

 日本同友会本部会議室に、江島氏が急ぎ足で入って来た。

 待ち受けていた高橋氏に挨拶をしながら、状況を確認する。

「トレーニングプログラムでは何も問題がなかったのですね?」

「いつもの通りトレーニング実施中はビデオ録画をしながら、AIが常時監視を行っていました。私も時間のある限りここに来て、モニターを見ておりました。大きなトラブルといえば江島さんもお聞きと思います。トレーニングの初日に小林亜香里が足首を骨折しましたが、幸い彼女たちは『エルロンドの館』に準備をしていた医務室を見つけて、適切に処置を行い、トレーニングを続けました」

「高橋さんがモニターを見ていて、気になるところはありませんでしたか?」

「一つ気になったのは、二日目の晩に彼女たちが『ロスロリアン』に到着してから、こちらで事前に設置した『水鏡』を小林亜香里が見つけたところです。トレーニング中の息抜き用にと考えて、彼女たちが『水鏡』を覗けば、映画のように『過去や未来が見られる鏡』として、新入社員教育のトレーニングビデオが映し出される様にセットしておいたのですが、彼女たちが『水鏡』を見ている様子を見ると、こちらが設定していないものを見ていた様なのです。カメラアングルの関係で彼女たちが実際に何を見たのかは分かりませんが… 3人がそれぞれ『水鏡』を見たときに話した内容を確認しすると、そのあと自分たちが到着してしまったイルデパン島にいる様子を見ていた様なのです」

「『未来予知』をする能力者もいますが、3人同時にそれを映像化するという話は聞いたことがありません。小林さんたち3人が一緒にいると潜在的な能力が重なり合って、未だ『組織』が知らない能力が発現されるのでしょうか?」

「私はその様なことを聞いたことがありませんし、分からないとしか言いようがありません」

 2人の会話が行き詰まり思案していると、会議室の大型ディスプレイにビージェイ担当が現れた。

「江島さん、高橋さん、そちらの対応状況はいかがですか?」

「こちらでは『打つ手無し』の状態で困っています。ビージェイ担当の方で、小林さんたちが乗っていたエアクラフトとそれに付随する機器から、彼女たちの行方(ゆくえ)について現時点で何か判断できることはありませんか?」

 江島氏は心底困った顔をして、ディスプレイのビージェイ担当に尋ねていた。

「探し出すための手掛かりがなく、分析対象となる情報もほとんど無いため、小林さんたちの安否を含め行き先についての判断は困難です。3人が行方不明になって直ぐに、高橋さんがリモートで飛ばした非常用ドローンが捉えた映像を細かく分析したところ、一点だけ不可解で分析不可能な映像がありました」

「何でも良いので、教えて下さい」

「その映像には、砂浜に到着したエアクラフトから外に出た小林亜香里たちの足跡が、海際に向かっているのが映っていたのですが、それが途中で消えているのです」

「彼女たちがいなくなって直ぐに、非常用ドローンを飛ばしたので、風や波によって足跡が途中で消えるはずはありません」

 高橋氏が午前中に撮影した時の事を思い出した。

「はい、その通りです。ドローンの撮影時刻と現地の満潮時刻を確認してみましたが、満潮はずっと後です。以上の数少ない情報からの推測ですが、3人はイルデパン島の海岸で『世界の隙間』の入口を潜り抜けたのではないかと考えます」

「「 エッ! 」」

「あんな海岸に『世界の隙間』の入口があるのですか?」

「ニューカレドニアはフランスの『組織』が行き来をしていますので、確認してみましたが、彼らも南太平洋の『世界の隙間』の入口を全て調査しているわけではないので詳しいことは分からないそうです。彼らからの情報によるとイルデパン島にはプライベートで長く滞在したことのあるフランス人の能力者がいるそうで、その能力者から聞いたところによると、イルデパン島には『世界の隙間』の入口は無かったそうです。フランスの『組織』によれば、ニューカレドニアの主都ヌーメアには『世界の隙間』の入口があるそうですが」

「ビージェイ担当、情報ありがとうございます、また何か分かったら教えてください」

 ディスプレイからビージェイ担当が消えた。

 江島氏が少し思案し、高橋氏に尋ねる。

「小林さんたちの世話人3人の今日の予定はどうなっていますか?」

「本居里穂は昨日から出張中、香取早苗は休暇中で、今、本社にいるのは桜井由貴だけです。来てもらいますか?(江島氏『お願いします』の返事)」

 昼休みが終わり午後の就業時間が始まっていたが、高橋氏は『組織』の緊急連絡を使い桜井由貴に発信し、日本同友会のフロアに招集した。

 5分ほどして『デスクの上を急いで片付けて来ました』という表情で桜井由貴が、慌ただしく部屋へ入って来た。

「急に『組織』の緊急呼び出しとは、何事ですか!?」

「能力者補の小林亜香里、藤沢詩織、篠原優衣の3名が現在、行方不明です」

「エッ! 3人は今週、研修センターでフォローアップ研修のはずですが?」

「薄々感づいていたかもしれませんが、3人は今週『組織』でトレーニングを実施中です」

「そういうことですか。現在、どの様な状況かをご説明してください」

 高橋氏は今回のトレーニングの概要と、終了後に行方不明になった状況を説明した。

「トレーニングの様子は分かりましたが、イルデパン島で行方不明になった理由が分かりません」

「ええ、仰せの通りです。東京では情報に限りがあり、いくつかの理由が考えられますが、全て憶測の域を出ていません。そこで桜井さんに現地へ飛んでもらえないかと思い、こちらへ来ていただきました」

「そう言うことですか… 分かりました、今からエアクラフトで飛べば、日が暮れる前に現地へ入れますね」

「急な依頼で申し訳ありませんが、会社の方には『組織』いや、日本同友会で急な案件が発生したと連絡しておきます。ビージェイ担当は3人がイルデパン島には無いはずの『世界の隙間』の入口を潜り抜けたと推測しています。桜井さんまでそうならない様に、ミッション遂行時のフル装備で出発してもらいます。スタンバイのエアクラフトを追尾させ、映像も含めあらゆるデータをリアルタイムで捉えて東京からサポートします」

「承知しました。今の話の内容ですと篠原さんたちの置かれている状況に危険を感じますので、何とかして探し出せればと思います。では行って参ります」

 桜井由貴は会議室を出て、同じフロアにあるエアクラフト発着所に入ると、フードが空いているエアクラフトと、そばにはもう1機エアクラフトがスタンバイしている。

 フードの空いているエアクラフトに乗り込むとジャンプスーツの他『組織』のツールが一式詰め込まれていた。

「相変わらず『組織』は、こういう準備は早くて抜かりがないのね」

 桜井由貴がオフィスウエアのまま座席に座りシートベルトを締めるとフードが閉まり、ビルの屋上が開いてエアクラフトはスタンバイ機を従えて発進した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る