136 フォローアップ研修 指輪の旅 4

 ランチタイムに悠人と英人から『自分たちは能力者補ではない』という意外な説明を受けたあと、亜香里たち3人は能力者補ではない男子2人とどのようにトレーニングを進めたものかと思ったが、亜香里の『でもツールは私たちと同じように使えるから、トロルが出て来ても何とかなるよ』という強気な発言で気を取り直し『裂け谷』にある『エルロンドの館』を目指すことにした。

 今まで平原だったところから深い森の中に入り、操縦するバイクが電動オフロードバイクとはいえ、バランスを取りながらの重心移動には注意が必要だった。

 先頭を走る悠人は恐竜の島でのトレーニングの時のように真ん中を走る亜香里が遅れて、グループが2つに別れないようにインターカムで最後尾の英人に定期的にコールをかけ、列が離れていないのかを確認する。

 パーティーラインのままなので全員がそれを聞いており、遅れがちな初心者(無免許)の亜香里は少し緊張していた。

 ランチタイムのあと走り始めてから一時間ほど経ち、森の中で休憩を取ることにする。

「森が深くてゆっくり走らざるを得ませんが、なかなか森を抜けませんね」

 英人は、昼間なのに周りを薄暗くしている高い木々の間から、わずかに見える空を見上げながら話をする。

「亜香里が取ってきた地図を見ると、裂け谷まではズッとこんな感じだから仕方ないね。この手書きの地図は距離が分からないけど、どれくらい掛かるのかな?」

「映画ではホビットが歩いて、何日もかかっていたような気がしますが……」

 優衣が何年か前に見たビデオの記憶を掘り起こす。

「私も距離までは分からないけど、このバイクだったら今日中に着くんじゃないのかな?」

 亜香里にしてはちょっと自信なさげである。

 亜香里の説明する様子を見て、立ち上がる悠人。

「それでは、先が未だ分かりませんから、直ぐに出発しましょう」

 バイクに跨がり、全員が用意出来たのを確認して発車する。

 引き続きゆっくりと深い森を走っていると、左手の木々の間から何かが動いている影が見え、それを見つけた詩織がみんなに注意を促す。

『左の方に何かいるから注意して! うちらと同じ速さで動いているみたい。私たちを狙ってきているのかも』

 優衣はバイクの運転に慣れているので、前を走る亜香里が転ばないかを注意しながら、詩織から聞いた左側を見てみた。

『何かいますねー、数体? 少しずつ私たちとの距離を詰めています』

『何だろう? トロルとは全然サイズが違うし、オークは愚鈍なはずだし、ウルク=ハイが一番近いかも知れないけど、一度にたくさん出てくるはずがないし、何だろう?』

 亜香里が映画脳を稼働させても、ロード・オブ・ザ・リングに出てくる魔物に該当するものが見つからない。

『トレーニングとはいえ、この森の中だと怪我をしそうなので、右に避けます』

 悠人はそう言って進路を右に取り、あとに続く詩織たちもそれに続いた。

 全員が進路を変えるはずだったが、亜香里は木の根っこにタイヤを取られ(初心者の技量のせいもあるが)進路変更が遅れ、左から来る物体と遭遇し、慌ててハンドルを切ろうとして派手に転び、全身を強打した。

 転倒した衝撃で一瞬、息が出来なくなるが頭と身体はヘルメットとジャンプスーツに保護されていて、とりあえずは大丈夫のようだ。

 亜香里が起き上がろうとすると目の前には2メートルほどある、ヴェロキラプトルが数体現れた。

「何でこの世界に恐竜が出てくるわけ!? 折角の神話のイメージが崩れるじゃない!」

 亜香里は横になったままブラスターピストルを乱射し、口を大きく開き襲ってくるヴェロキラプトルの首をライトセーバーで薙ぎ払った。


 オートバイの列から離れ恐竜と格闘を始めた亜香里に気がつき、助けに行くためにバイクをUターンしようとした詩織たち4人の目の前に、大きさが7〜8メートルありそうなトロル2体が現れた。

「何なの! 急にいろいろ出過ぎじゃない!」

 4人からまだ少し距離があるトロルに、詩織がブラスターピストルを発射し、あとの3人もそれに続く。

 ブラスターは全然効かず、2体のトロルが4人に近づいて来る。

 トロルを避けるため、詩織たちのバイクは亜香里から離れて行った。


 一方、亜香里は近づいてきたヴェロキラプトルを、ブラスターピストルとライトセーバーで何とか退けたが、周りにはまだ十体近くがウロウロしている。

『組織』謹製のヘルメットとジャンプスーツで見た目にケガは無いが、バイクで転倒したとき左足首を捻り痛めたようで、立ち上がることが出来なかった。

 映画のひとつのシーンとして観れば、小型肉食恐竜がウヨウヨしている中に、女性が一人寝転がったまま、食べられるのを待っている図である。

「やっぱり、早くオートバイの免許を取って、東京でも練習しておけば良かったかなぁ?」

 独り言を言う亜香里だが、免許を取っても都内では簡単にオフロードの練習は出来ないわけだが。

「でも寮の近くにある自動車教習所は、変なものが出るところだから、夜間教習でまたUFOに引っ張られたりしたらイヤだな」

 独り言を続けていると恐竜の輪がだんだん狭まってきた。

「あぁ、もう! 分かりました! トレーニングだからやっつければ、いいんでしょう!」

 亜香里は大きな独り言を言うと目を一瞬閉じ、次に開けた瞬間、亜香里を取り囲む様に稲妻が落ち、亜香里の周りにいたヴェロキラプトルは全て横倒しになっていた。

「迫ってきたから仕方ないよね。『組織』がこれを修理するのにどれくらい大変か知らないけど、トレーニングの効果はありました。イメージ通り円形に稲妻を落とせたから、良しとしてもらいましょう」

 亜香里は近くに落ちている木の棒を杖代わりにして、立ち上がってみた。

「変な風に捻ったのかな? 踏ん張ると痛いし、この先バイクの運転はキツいなぁ。みんなは何処へ行ったんだろう? みんなが行った方向に変なものがチラッと見えたような気がしたけど…」

 亜香里は4人が進路を変更した右手方向を見てみるが、深い森の木々に視界を阻まれて良く分からない。木の棒の支えで立ち続けるのが辛くなり、その場に座り込んでしまった。


 亜香里と離れてしまった詩織たちは、ブラスターピストルの効かないトロル2体に苦戦していた、というより森の中をバイクで逃げ回っていた。

『萩原さん、ブラスターが効かないんだけど、技術チームとして何か打開策はないの?』

『トロルのメカニズムはよく分からないのですが、ブラスターが効かないということは、電気エネルギーを上手く逃すように作られているのだと思います』

『技術的な説明はいいから! アレをどうやったら倒せるの?』

 逃げ回りながら、詩織は半ギレの状態。

 平原であればバイクのスピードで訳なく突き放せるが、足場が悪い森の中なのでバイクで逃げ回るのも一苦労である。

 先ほど、亜香里がバイクで派手に転倒するところを、振り返りながら見ていたため『イヤな転び方をしていたから早く助けに行かないと、変なところをぶつけて無ければ良いけど…』と、自分はトロルから逃げながら、亜香里のことが心配だった。

『優衣、聞こえる?(優衣「聞こえます」)ここでトロル(ロボット)と追っ掛けっこを続けてもキリがないから、とりあえずトロル1体を片付けるよ。ついてきて!』

 詩織はバイクの進行方向を、男子2人が逃げ回る方とは別の方向に進めた。

 2体のトロルは二手に分かれ、悠人と英人を追う1体と、もう1体は詩織たちを追い掛けている。

(思った通り! そういうプログラムをされているんだ。あとは引き付けて目になっている部分を破壊すればOKのはず)

『優衣、私と一緒にトロルから付かず離れずの距離を保って! 簡単に掴まらないところでバイクを停めて! 追ってくるトロルを一時停止させるから』

『詩織さんの作戦、了解です。ギリギリのところで引き留めますから、詩織さんも気をつけてください』

 優衣が返事をすると先を走っていた詩織がバイクを急停止し、優衣も横に急停止した。追って来たトロルも2人のバイクが停まったのを見て歩みを緩める。

 詩織は瞬間移動を使いトロルの後頭部に飛び乗り、ライトセーバーでトロルの目になっている光学センサーを両方とも突き刺して破壊した。

 目潰しされたトロルが詩織を掴もうとした瞬間、詩織は再び瞬間移動で、優衣が倒れないように支えていたバイクに飛び乗った。

 トロルは方向性と平衡感覚を失い『ドサリ』と大きな音をたてて、その場で倒れてしまった。

『詩織さん、チカラの使い方が早技ですね。随分、練習したのですか?』

『いろいろやってみたけど、物を運ぶ能力の向上や移動距離を伸ばすのは限界があるみたいだから、最近は移動先の正確さを練習しています』

『そうなんですね、でもトロルの視覚センサーが目の部分だけで良かったです』

『それは私も思いました。両目のセンサーを潰しても肩や頭にセンサーがあったら、簡単に捕まって潰されるな、って』

『あとのもう1体はどうします? 遠くの方で男子が逃げ回っているみたいですけど』

『彼らは技術チームだから、そのうち技術チームが作ったトロルの弱点に気がつくんじゃないのかな? それこそトレーニングでしょう? 取りあえず放っておいても大丈夫だと思う。それよりもさっき派手に転んだ亜香里の方が心配。亜香里のことだから恐竜は何とかすると思うけど、骨折とかしていたら動けなくなるからね』

『では、亜香里さんのところに急ぎましょう!』

 詩織と優衣は、デコボコが激しい森の中を物ともせず、大きなギャップは飛び越えながらバイクを飛ばして、亜香里のいるところへ急いだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る