137 フォローアップ研修 指輪の旅 5
詩織と優衣は、亜香里がいると思われる方向にバイクを走らせてみるが、森が深くて居場所が分からない。
『どうしよう?』
『困りましたね』と、優衣が話していたら
『何が困ったの?』と、インターカムから亜香里の声が聞こえてくる。
2人ともトロルとの戦いに必死で、亜香里もインターカムを装着していたことを忘れていた。
『亜香里? 無事だったの! 良かったぁ。優衣と亜香里を探しているのだけど、今どのへんにいるの?』
『無事に生きていますよー! 追いかけて来たヴェロキラプトルは全部片づけたけど、最初に転んだ時に足を捻ったみたいで立てません。今いるのは森の中です』
『ここには森しかないから、森に居るのは分かってるよ。何か目印はないの?』
『目印? 無いなぁー、森?(詩織から『転んで頭を強く打ったの?』と突っ込まれる)これじゃあ、迎えに来てもらえないよー。うーん… あっ! 思いつきました。私が今居る場所の近くに稲妻を落とします。周りをよく見ていて下さい。今から5秒後に落とします』
キッチリ5秒後、詩織と優衣からあまり遠くないところに稲妻が落ちて来た。
詩織と優衣は思わず身を屈める。
『場所は分かった、思ったよりも近いからすぐに迎えに行くよ。でもこの方法は次から使わない方が良いかも。運が悪いと亜香里が落とした稲妻で黒焦げになるから』
『そっかー、それはシャレにならないねー』
亜香里は言いながら笑っている。
『亜香里さん、笑い事じゃありませんよ。助けに来た人が感電して黒こげになったら、ブラックユーモアが過ぎます』
そのあとすぐに詩織と優衣は亜香里を見つけ、座り込んでいる横にバイクを停めて周りを見渡す。
「これ全部、亜香里が倒したの?」
亜香里の周りには、たくさんのヴェロキラプトル(『組織』技術チーム作成)の残骸が倒木のように折り重なっている。
「うん、チョットしつこかったから纏めてやっつけました。折角、ロード・オブ・ザ・リングの世界を満喫していたのに、恐竜が出てくるとか『組織』は情緒という言葉を知らないのかなぁ?」
『組織』がトレーニング用に用意したヴェロキラプトルたちも、亜香里にとっては邪魔物扱いである。
製作した技術チームが聞いたらガッカリしそう。
「それで足はどうなの?」
「こうやって座っている分には痛いだけだけど、立つのは難しいし左足に少しでも力を入れると激痛です」
「そっかー、となるとバイクの運転は難しいね。無理せずにココでトレーニングをリタイアする? 亜香里のことだから聞かなくても返事は分かるけど」
「うん、この世界に来たばかりだから、ココで終わりにするのは嫌だし、この世界のもっと先を見てみたい」
「亜香里さん、とりあえず私の後ろに乗りませんか? 私と亜香里さんの体重だったら、この電動オフロードバイクでも注意して走れば、何とかなりそうです。リュックは詩織さんに持ってもらうとして」
「そうすればエルフの里までは、何とかなりそうね。亜香里がそれで良ければ出発しましょう」
「では、お世話になります。よろしくお願いします」
優衣が跨ったバイクの後ろに、詩織がアシストをして亜香里がタンデムで乗車する。
亜香里が優衣の背中から手を回すことになって、優衣のリュックが邪魔になり、詩織が2人分のリュックを自分のバイクに結びつけて出発した。
『この電動オフロードバイクの頑丈さは、恐竜の島や北アフリカのトレーニングで確認済みだけど、2人乗りは初めてなので注意してね。私もなるべく走りやすそうなところを選んで先を進むから』
『了解です、2人乗りで走り出しても運転にあまり不自由を感じなので、このバイクは結構トルクがあるんですね(詩織『モーターだから当たり前じゃない?』)そうかぁ、エンジンじゃないから当然ですよね』
『ところで、男子2人はどうしたの?』
亜香里が(何か足りない?と)思い出した。
『アッ! 忘れてた! トロルに追っかけられているところまでは一緒だったんだけど、一頭を倒してから急いで亜香里のところに来たから』
『詩織さんが『2人は技術チームだから技術チームが作ったトロルには対応できる』と言っていましたから、そんなものかな? と思いましたが実際はどうなのでしょう? 最後に見たときは逃げ回っていたようですけど』
『そう言えば、インターカムに反応がありませんね『組織』のこれ(インターカム)って、性能が良いのでしょう? 恐竜の島の時には山の麓から海岸までコールが届きましたから』
『そうですよ、おまけにこのインターカムはずっとパーティラインですから、この会話も聞こえているはずなのに、話に入って来ませんね』
詩織と優衣が運転するバイクは、自分たちがトロルを倒したところまで戻って来たが、悠人と英人のバイクが近くにいる気配は無くインターカムでコールしてみても返事はなかった。
『どうする? 萩原さんたちは地図を持っていないよね? うちらが持っている手書きの地図も距離が分からないから、それなりだけど』
『いえいえ、この世界では方角が分かるだけでも貴重です。あの2人も地図は見ているから方角さえ覚えていれば『裂け谷』を目指すはずです』
『ここに一番詳しい(映画で)亜香里がそう言うんだったら、私たちも『裂け谷』を目指しますか?』
『『 賛成!!』』
2台の電動オフロードバイクとそれに乗る3人は、森の中を『裂け谷』に向けて走り始めた。
詩織たちと離ればなれになった悠人と英人は、なんとかトロルから逃れることができ、一息つきながら休みを取っていた。
「何とか、トロルは凌げたけどバイクも無くなったし、ここから『裂け谷』まで、歩いてどれくらい掛かるんだろう?」
「小林さんが『バイクだったら今日中に着く』って言ってなかったけ?」
「悠人は良く覚えてるな。やっぱり今も不思議ちゃんのことが気になるの?」
「気になるというか、応援したくなる… いつも真っ直ぐで一生懸命な感じが好ましいけど、少し離れたところから見守っていないと危なっかしい感じがする」
「ウンウン、『真っ直ぐで…危なっかしい』ところは同意するよ。見守るのは悠人にお任せします(悠人『勝手に任せるなよ』とツッコむ)、不思議ちゃんほどではないけど、藤沢さんと篠原さんも新卒の新入社員としてはチョット規格外だね。だから能力者補になったのかなぁ?」
「確かに… 藤沢さんは僕らより強そう。刀も使えるし(英人『そうそう』と同意)。篠原さんは噂によると家が代々『組織』と関係しているとか… あの身長でスーパーチャージャー付きのバイクを乗りこなすしね(英人『うん、街中でハングオンするし』と同意)」
無駄話と思いつつ、2人にとっては雑談をしながらの休息であった。
詩織と優衣が、悠人と英人の2人から離れていったあと、残った1体のトロルは森の中で彼らを執拗に追い回していた。
2人ともバイクの運転は巧みで、木々が生い茂る森の中を器用に駆け抜けるが、トロルも諦めずに追いかけてくる。
しばらく走っていると森の先に幅が3〜4メートルほどの川が見えてきたので、それをジャンプしてトロルを撒く事を考えた。
川に近づくと、予想した以上に急流で深さもありそう。
バイクでジャンプができそうな所まで川沿いを下っていると、トロルが追いついてきた。
十分な助走を付けられないまま、川沿いからジャンプをすると、悠人のバイクは前輪が向こう岸に引っかかる様にして着地し、バイクが川に流され始めたので悠人はバイクを捨て、向こう岸によじ登った。
英人は何とか向こう岸に着地したが地盤が緩く、バイクは向こう岸の土手に刺さったため、英人は刺さったバイクを足場にして土手の上に這い上がった。
2人を追ってきたトロルも川をジャンプしたが、その巨体は向こう岸までには届かず、川に流されながら腕を伸ばし、伸ばした先にあった土手に刺さった英人のバイクを掴みながら下流に流されていったのである。
「さて、どうしよう? こんなところでジッとしていても誰も助けてくれないから、そろそろ動き始めないと」
「ここって、最初にみんなと別れてしまった小林さんが行った場所から近くない?」
「そう言われてみればそうかも知れない。藤沢さんと篠原さんがトロルを倒していたら、小林さんのことを心配して迎えに来ているはずだから、このあたりを少し探してみよう」
悠人が立ち上がり、英人も歩き始める。
2人が川沿いにしばらく歩いて行くと小さな丸太橋があり、それを渡って元の森にもどり、しばらく歩き続けると少し森が開けているところに、残骸となったヴェロキラプトルを見つけた。
「これってたぶん、小林さんが倒したんだよね? ところどころ表面が焦げているし」
悠人が『容赦なく倒したなぁ』と思いながら確認する。
「おそらく、そうだと思う。それにしても凄い数を倒したなぁ、例の稲妻?」
「たぶんね。アレ? あそこに電動オフロードバイクが倒れてる」
少し離れたところに、電動オフロードバイクが倒れており、引き起こして電源を入れてみると、どこにも不具合は無さそうだ。
「このバイクは小林さんが乗っていたバイクだよね? どうしてここに置き去りにしたのだろう? 本人の姿は見えないし…」
少し心配になる悠人である。
「恐竜(ロボット)に食べられるわけはないし、どうしたんだろう? 藤沢さんたちが先に駆けつけているはずだから、ここから『裂け谷』に向かったとしてもバイクを置いていった理由が分からない。とりあえず、このバイクで俺らも『裂け谷』へ向かう?」
「そうだね、別れてから随分時間が経っているし、周りを見回してもこのバイクを取りに来る気配はないから、これで『裂け谷』へ向かいますか?」
英人が頷いたので、悠人がハンドルを握ってバイクに跨がり、英人が後ろに乗り、2人は亜香里が取ってきた地図の記憶を頼りに『裂け谷』に向けてバイクを走らせ始めた。
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