135 フォローアップ研修 指輪の旅 3

 悠人と英人の、新入社員研修後の状況説明がひと段落した。


「それで萩原さんと加藤さんは、本来の入社目的であるアクチュアリー資格取得に向けた勉強をしながら『組織』の技術グループに所属して新兵器の開発に取り組むのですか?」

 悠人と英人がゴールデンウィーク明けの初出社日から今まで、亜香里たちとはまた違った不思議な新入社員生活を送っていた様子を聞き、詩織が尋ねる。

「とりあえず、そんな感じですが『新兵器』という言い方は物騒なので『組織』の能力者がミッションで使用する『ツール開発』といったところですかね」

「私が初めてのミッションで京都からエアクラフトで関東支社に到着した時、萩原さんたちは同じフロアに居たの?」

「小林さんの初ミッションがあったのは、最初に出社した週でしたっけ?(亜香里『そうそう、金曜日に関東支社へ着きました』)もしかしたら、研修センター総括 の江島さんの実物に会った日?(亜香里『ええ、江島さんを幕末から救出するという不思議なミッションで一緒に帰って来ました』)そうですか。たまたま廊下ですれ違ったときに英人が、気がついて声を上げ、江島さんも気がついてくれて3Dホログラムではない本人に初めて会ったので、ご挨拶しました。小林さんが一緒なのは、教えてくれませんでしたけど」

「そこら辺は『組織』っぽいのね」詩織がコメントする。

「うんうん。『組織』が秘密にするところと、そうでないところの区別が未だに良く分からない。あの時は直ぐに本居先輩と関東支社へ挨拶に行ったから、その時はもう『組織』のフロアに居なかったと思うけど」

「話を戻しますが、2人は5月から今まで、MM21にある『組織』の施設で、ズッと講義か何かを受けていたの?」

「あそこにズッと居たわけではありませんが、講義みたいなものは多いですね。ほとんどがオンラインで実際に人が出てくることはほとんどありませんが。あと実習と称して、今あるツールを実際に使ってみて、それらの機能と構造を理解することにもかなり時間を使っています。どのツールも今の科学技術では作れないものばかりですから」

「今の技術では作れないツールを『組織』は、どうやって作っているのですか?」

 優衣は『もしかしたら』と思って聞いてみる。

「篠原さんは聞いていませんか? 『組織』は未来の技術を使っていることを」

「「「 未来の技術???」」」

 ハテナ顔の亜香里たち。優衣は『やっぱり』と思いつつ亜香里と詩織の反応に合わせていたる。

「英人が言ってしまったけど、これは機密事項ではないの?」

 悠人が(マズくない? という顔で)聞く。

「技術チームの機密事項? そんな縛りがあったっけ? 篠原さんたちは『組織』の能力者補だから、知っていても問題はないんじゃない?」

 英人は、あっけらかんとして説明を続ける。

「簡単に言えば『世界の隙間』で未来に行き、ハイテクな技術を持ち帰り『組織』のツール開発に利用しています」

 優衣は『父から聞いた話に繋がります、思った通り』と思いながら、更に聞く。

「今、私たちが持っているブラスターピストルやライトセーバーは、加藤さんのお話の通りであれば未来の技術で作った事になりますが、私が行った十年後の『世界の隙間』で戦ったロボットには、通用しませんでした」

「えっ! 二〇三〇年の上海に行ったのは篠原さんだったのですか?(優衣『私が上海に行った事を知っているのですか?』)いえ、盗み見をしたわけではありません。『組織』の技術グループ施設にある端末で、能力者が実行したミッションのサマリーを閲覧でき、先月のトピックスに二〇三〇年の警備ロボットと戦った能力者の事が挙げられていましたから。『組織』で初めての事例だったみたいです」

「そのトピックスは英人と一緒に端末で見ましたが、篠原さんが使ったブラスターピストルの使用記録によれば最高出力で発射されていて、ライトセーバーには非常に堅いものに突き刺して歯が立たなかった記録が残っており、技術グループの今後の課題としてマークされています」

「そうなんですか? あの時(二〇三〇年)は、とにかく必死でよく覚えていませんが『組織』は細かいところまで分析しているのですね。ところで萩原さんと加藤さんは、研修後に何か能力を身につけたのですか?」

「実はそのことを話そうと思って、新入社員研修後の僕らの状況を説明しています。英人と僕には能力者に特有の波長はあります。しかし皆さんのような能力が、発現することはありません。これから先もズッとそうなのかは分かりませんが」

「エェ! そうなの!? 新入社員研修であんなトレーニングをさせられて、能力が出ないのが分かっていて受けさせられたの? 今日のフォローアップ研修も?」

 亜香里は『なんでー?』という表情。

「僕たちも、『組織』の技術グループで、それを最初に聞かされたときはショックというか、ガッカリしたのですが、理由を聞いて納得しました。『組織』が提供するツールはどれも、能力者が発する波長に同期して初めて使用することが出来るように作られています。第三者に悪用されない予防も含めて。但しそうなると、それらのツールを開発する技術者が普通の一般人だったら、開発やテストも出来ないわけです。自分自身にツールを同期させる波長が無いわけですから。技術グループのメンバーはツールが同期する波長を全員が持っていて、みなさんと同じように『組織』のツールを使うことは出来ます。能力は発現していませんが」

「なるほどー、じゃあ能力者と同じ波長が出ることが分かったら、トレーニングに参加する必要はないのでは?」

 亜香里が繰り返し聞いてみる。

「小林さんの質問に答えていませんでしたね、能力者が発する波長は結構特殊で能力を発現した人は一生、それを出し続けるらしいのですが、僕たちみたいに能力を発現しない人は、定期的に能力者と一緒にトレーニングを受けて波長の発現元を刺激しないと無くなってしまうことがあるそうです。それとツールの開発者として、能力者と一緒にトレーニングをすることによって、ツールの改良や新しいツールの開発のヒントを得る場にもなると教えられました」

「良く分かりました。であれば『組織』は何で、今回のトレーニングでツールをフル装備させてくれなかったの? マジックカーペットが無いしパーソナルムーブも無いじゃない? スマートウォッチについているパーソナルシールドは使えないし」

 亜香里としては、お気に入りのマジックカーペットが無いのが不満である。

「どうなんでしょう? その辺はトレーニングとの兼ね合いで『組織』がツールを判断したと思うので、何とも言えません」

 悠人が(自分に振られても困るのだけど、と思いながら)回答する。

「僕と英人から皆さんに知っておいて欲しいことは以上です。トレーニングがこの先、どのようなシナリオになっているのかは分かりません。僕たちもツールは使えますが、皆さんのような能力は出せません。足手まといになることはないと思いますがトレーニングですので、もしもの時は僕たち2人を置いていって下さい。説明が長くなりましたが、そろそろ出発しませんか?」

「そうですね、萩原さんと加藤さんの立場が変わっても、私たち能力者補のトレーニングは変わりませんからね。出発しましょう!」

 いつもの通り、亜香里は食後に元気よく発声する。

 5人は携行食の残りをリュックに詰め直して、電動オフロードバイクに乗り、出発した。

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