131 フォローアップ研修予告 3

 亜香里たち3人はキャスターバッグを引き、トレーニングA棟の玄関前にたどり着く。

「3ヶ月ぶりだけど懐かしいねー。お昼休みに初めてここに来て詩織と無断でホールに入った時、ビージェイ担当に脅かされたっけ?」

「あの時はまだ、能力者補になっていなかったからね。トレーニング前だったから、ビージェイ担当だとは分からなかったよ。ビビらされたし」

「今日は大丈夫ですね。先に萩原さんと加藤さんが中に入って行くのが見えましたから、私たちも入りましょう」体調が回復してきたのか、今日は積極的な優衣である。

 3人がトレーニングA棟に入ると、前回のトレーニングの時と同様に寮の多目的室と同じ設備が整っている。

 悠人と英人は椅子に座って、コーヒーを飲んでいる。

「もうすぐ午後一時ですが、相変わらず指導者らしき人は来ていません」

 英人が見ての通りの状況説明をする。

「今までここ(トレーニングA棟)で、私たち以外の人を見かけたことは無いでしょう? 出てくるのはいつもビージェイ担当のホログラムだけだし」

 亜香里はそう言いながらヨギボーに凸り「朝から優衣と駆けっこをして疲れたよー」と付け加えダラッとしていた。

 優衣は『亜香里さんが勝手に追っかけてくるからじゃないですか!』と言おうとしたが『亜香里さんだから仕方ないか…』と思い、口に出すことを諦めた。

 午後一時を少し過ぎた頃、5人から少し離れた室内上方にビージェイ担当の3Dホログラムが現れた。

「いつも出てくるのが私でスミマセン。こんにちはビージェイです。皆さんとお会いするのは、一部の方を除いて3ヶ月ぶりだと思いますが、お変わりありませんか?」

「お変わりありません!」と亜香里が元気よく答える。

(ビージェイ担当は、私に色々面倒なことがあったのを知っていて聞いてくるし。『一部の方』という言い方はトゲがあるなぁ。どうせ私ですよ)

 会社に通い始めてからもUFOにさらわれそうになったり、東京のど真中で火の玉(将門首)に追いかけられたりと、トラブルの絶えない亜香里である。

「お変わりない様でしたら、さっそくトレーニングを始めます。皆さんはここで能力者補になりトレーニングを終えたあと『組織』のミッションに参加して、能力以外に、スキルも向上してきたと思います。このフォローアップ研修では、新入社員研修でのトレーニングの様にチカラだけではなく、今回はスキルもレベルアップすることを目的としています」

「よろしければいつもの通り、更衣室で着替えてトレーニングを始めてください」

「よろしいですか? チョットよろしくありません」亜香里が挙手して発言する。

「小林亜香里さん、何でしょうか? トレーニングの件であれば、お伺いします」

「トレーニングについての質問です。今回のトレーニングでは前回の様に指導者は同行しないのですか? あと、今までのトレーニングで食事が満足に取れなかったことがありました。私たちは来週からまた会社で通常勤務ですし、体調管理の面からもトレーニング中の食事の確保が気になります」

「今回のトレーニングは最初にお話した通り、スキルのレベルアップも目的にしています。チカラとスキルを同じ様に見ている会社もありますが、『組織』ではそれらを明確に区別しています。能力は皆さんが既に獲得しているので分かると思います。『組織』が定めるスキルとは、その能力をマネジメントする力量を示し、ミッションでの計画を実行するマネジメントもそれに含まれます。それらは自らの行動を自分自身で判断しながら行う事によって養われるものです。従って今回のトレーニングに指導者は同行しません。食事についてはいつもの通り、これから乗って頂く機内に携行できる食事は用意していますが、それ以外は現地で調達して下さい。今回の行き先には要所要所で食事を用意しています。以上です、更衣室で着替えについての注意事項が掲示されていますので、よく読んでからトレーニングに入ってください。それでは気をつけて行ってきてください」

 3Dホログラムと共にビージェイ担当の姿が消えた。

「結局、今までのトレーニング環境と、あまり変わらないってことですね」悠人が仕方ないかな、という表情でビージェイ担当の話を要約する。

「まあそうなるね。考えても仕方ないから、更衣室に行きますか?」

英人は亜香里たちに軽く会釈し男子更衣室に入り、亜香里たちも女子更衣室に入って行った。

「ここも久しぶりだけど、やっぱりこの更衣室は立派というか豪華よね」詩織が更衣室全体を改めて見回した。

「私もそう思います。これと同じ設備が寮に無いのが不思議です。両方とも『組織』が運営しているのに」

「スペース的な問題かな? ここは都心から離れていて、この研修センターそのものが無駄なくらい広いから。ロッカーのディスプレイに何か表示されてるよ」亜香里の言葉で、詩織と優衣もディスプレイを読んでみる。


『フォローアップ研修トレーニングについて』

1.ロッカー内のものを装備装着し、私物はロッカーに保管しておくこと

2.支給済のIDカード、スマートフォン、スマートウォッチは携行可


 ロッカー内には新入社員研修の時と同じ、黒のジャンプスーツ、ショートブーツ、グローブ、それと薄いリュックの中にはインターカム、薄いヘルメットとゴーグル、ファーストエイドキットが入っている。

「ビージェイ担当が『注意事項をよく読め』と言っていたけど、今までのトレーニングと変わらないね。 2.が追加されたぐらい?」読み終わった亜香里が『見飽きた』という顔で言う。

「でもスマートフォンとスマートウォッチを持って行けるのは便利じゃない? 時間が分かるし、どこにいるのかも分かるし。パーソナルシールドも使えるはずよ」

「詩織さん、『組織』のことだから分かりませんよ。行った先で機能が全て使えなくなっているかもしれません。もしかしたらIDカードだけは、トレーニングが終わって『組織』のお迎えの呼び出しに使えるのかも知れませんけど」

「優衣は『世界の隙間』でああいうこと(意識不明)になったから『組織』が言うことを疑うは分かるけど、『携行可』となっているから一応、持って行こうよ。かさばるものではないし」

「そうですね。わざわざ注意事項に書かれているくらいですから、トレーニングに持ち込んで途中で失くしたとしても『組織』があとで代わりのものを支給してくれますよね?」

 優衣は詩織の説明に納得して、着替えながらスマートウォッチを左腕に着け直す。

 3人はジャンプスーツに着替え終わり『組織』の3点セットを持ち、更衣室から奥のドアを開け通路を通り、今まで何度か乗ったカプセル型の機内に入って行く。

「この機内も久しぶりー。まずは食料のチェックね」

 機内のディスプレイに『座席に座ってシートベルトを締めること』のサインが出ているが、亜香里は見なかったことにして機内の奥に入っていく。

 悠人と英人は座席についてシートベルトを締めており、亜香里の方をチラッと見るが『仕方ないかな』という顔をしている。

 一通り食糧庫を物色して、亜香里も座席につきシートベルトを締める。

『中にある食料も今までと同じものでした』の報告つき。

 カプセルの扉が閉まり、動き始めた振動がする。

「また、眠らされるのかなぁー。まあいいか、おやすみなさい」

 ビージェイ担当が機内の空気成分を調整する前に、午後のお昼寝を始める亜香里であった。

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