130 フォローアップ研修予告 2

 亜香里たちは宿泊棟の下駄箱に靴を入れスリッパに履き替えて、入口のホールに貼り出されている部屋割り表を確認する。

 4人部屋の一つが、亜香里、詩織、優衣の3人に割り当てられていた。

「私は亜香里の目覚まし役をやりません。これは新入社員研修と同じく優衣にお願いします」

「それは良いのですが、何で私たち3人が同じ部屋なのですか?」優衣が不思議そうな顔で聞く。

「ムムムッ、もしかしたら?」

 亜香里はそう言って、隣に張り出されている研修のクラス分け表を見て「やっぱりそうよ! 全くぅ。今度はどこへ行かされるの!?」と声をあげる。

 詩織と優衣も研修のクラス分け表を見ると、亜香里、詩織、優衣の3人に加えて、萩原悠人、加藤英人の名前も同じクラス分けである。

 講師は新入社員研修の時と同じ、川島講師。

 周りに他の新入社員もいるので口には出せないが、亜香里たち3人は(また『組織』が計画したのね)と思っていた。

 宿泊棟の割り当てられた部屋へ荷物を置きに行く。

「どういうことなの? またトレーニングなの? ここでやるトレーニングは時間の経ち方が無茶苦茶だから、お腹は空くし眠る時間もないんだけど」亜香里がブーブー文句を言う。

「でも毎回トレーニングの進行が映画のシナリオみたいで、亜香里が一番楽しんでいたように見えたけど」

「そうですよ、亜香里さんの映画趣味が全開だし十分じゃないですか? 私は上海ミッションの時、亜香里さんの真似をしてトムクルーズがミッション:インポッシブル3の中国ロケで、ガーッと走る場所を間違えて説明して、玲さんに間違いを指摘されましたから」

「映画のシーンは、うろ覚えで間違えて説明すると恥ずかしいよ(優衣「ハイハイ、恥ずかしかったです」)、そのロケ地って、浙江省の西塘でしょう? それをどこと間違えたの? 上海? それはないなぁー」

 相変わらず、映画の事を語り出すと止まらない亜香里である。

「でも、今度のトレーニングも同じ様になるとは限らないじゃない? 『世界の隙間』みたいなトレーニングだったらどうするの?」

「それはないと思います。父が篠原家として『組織』に申し入れをしましたから」

 優衣から言われて、篠原家の午餐に招かれた時に優衣父から聞いたことを思い出す2人であった。篠原昭人氏が『組織』に意見できることを思い出し、篠原家の特殊性を詩織は改めて感じていた。

 詩織が時計を見て気がつく。

「ぐずぐずしていると、午前中のオリエンテーションが始まるよ。私は先に行くから、二人も汗だくの服を着替えて研修棟に集合!」

「「 了解!」」

 三人はいつものミッションモードに入っていた。


 研修棟のクラスに集まった亜香里たち。新入社員研修の時とはクラス編成が微妙に異なり、名簿で名前は知っていても、初めて見る同期の社員もいる。

 今回、研修のクラスが初めて一緒なった優衣とは、十分にお互いに知っているわけだが。

 川島講師が部屋に入ってきて、一段高いところに立ち新入社員を見渡す。

「皆さん、おはようございます。また、ここでお会いできて嬉しいです」

「研修後、職場に配属されてからいかがですか? ここでの研修が少なからず、仕事を始める上で役に立ったのではないかと思います」

 川島講師の話を聞いて『ここでまともに研修を受けられずに、ゴールデンウィークが缶詰合宿だったのですが、何か?』と思う亜香里たちである。

「皆さんが職場に配属され仕事にも慣れてきた、このタイミングで次のステップに向かう準備として、このトレーニングを有効に活用してもらおうと会社は考えております。今からお昼まで、午後からのコース毎の概略と注意事項を説明します」

「お昼まであまり時間もないので、早速コース割りを発表します」

 川島講師がプロジェクタでコース割の表をスクリーンに映し出す。

 新入社員研修の時と同様に、亜香里たち5人の能力者補が1つのコースに集められている。

 予想されていたこととは言え、スクリーンに5人の名前が一か所に映し出されると、顔を見合わせて『やっぱり』という表情をする亜香里たち。

 川島講師からコース毎の説明が始まり、亜香里たちのコースの番になる。

「このコースは前回と同様に、実地でのOJT研修です。このコースの方は荷物を持って集合場所へ集まって下さい」

 それだけを話し、川島講師は次のコースの説明に移った。

(予想していたこととは言え、説明に手を抜かれている気がするなぁ。とは言っても『組織』のトレーニングの説明は出来ないだろうし…)亜香里だけでなく、5人ともそう思っていた。


 久しぶりに研修センターで亜香里たちは昼食を摂っていた。

「ここの食堂も久しぶりだけど、今回もこれが最初で最後ね」

「亜香里は、新入社員研修の時も、そんなこと言っていなかったっけ? 確かにあの最後のトレーニングのあと、この食堂に来ることはなかったけど」

「このスケジュールだったら最初から言ってもらえれば、荷物を宿泊棟に送ったりしなかったのですが。またトレーニングA棟まで運ばなければなりません」

「優衣、もしかして、また大きいバッグをココへ送ってきたの?」

 新入社員研修の時、優衣の大きなキャスターバッグを2つ、階段から苦労して下ろしたのを思い出す、亜香里と詩織。

「今回は一週間ですし、春ほど着るものも多くないですからバッグは一つです。それに宿泊棟の玄関を入ってすぐの所に未だバッグが置いてありましたから、トレーニングA棟に転がして行くだけで済みそうです」

 昼食が終わりかけていた頃、少し離れたテーブルで食事をしていた萩原悠人と加藤英人が3人のテーブルへやって来た。

「ご無沙汰ですが、今回もよろしくお願いします」

 悠人が社会人同期としての間隔を保ち、亜香里たちに挨拶をする。

「こちらこそ、よろしくお願いします。すごく久しぶりな気がするけど、もしかしたらゴールデンウィークの詰め込み合宿以来?」亜香里が『珍しい人に会った』という感じで応える。

「ええ、藤沢さんと篠原さんとはスコットランドの弾丸ツアーから寮に帰って来た時、地下駐車場で挨拶をしましたが小林さんは車の中で眠っていて、挨拶は出来ませんでした」悠人は気持ちよさそうに熟睡していた亜香里の顔を思い出す。

「あのあと優衣と大変だったのよ。亜香里が全く目を覚まさないから引きずる様にして、部屋まで連れて行って。初出社の朝だったのにそれでも起きなくて、寝坊して寮から駅まで公園の中を突っ走って、転びそうになって…」詩織はその日の朝の大変さを思い出し、日頃は苦手なはずの男子二人に思わず説明する。

「アレ? その景色、先週も見ませんでしたか? 既視感(déjà vu)ですかね? 詩織さんと駅のホームから見たと思いますけど」

「先週の月曜日に一緒に駅のホームから見ましたよ。その日だけじゃなくて、寮に入ってから何度も見ている気がする」

「『継続は力なり』です」また亜香里が、不思議な格言を言い放つが、周りの4人はスルーしていた。

「久しぶりにお会いして、話したいことも色々とあるのですが、ここでは難なのでトレーニングの時にでも。ではお先に」英人と悠人は宿泊棟へ引き上げて行った。

「お話ししたい事って、何でしょう?」優衣が亜香里たちに気を使って、控えめに女子力を出す。

 詩織は全然違う方向のことを話す。

「私たちが知らない間にとんでもない能力が発現したとか? そう言えば、あの二人は隣の寮にいるはずだし所属も本社でしょう? この3ヶ月の間に1回も見なかったね。ガレージは共通なのにバイクも置いていないみたいだし」

「考えてみると謎ね。でも研修に来たと言うことは一応社員だろうし、総合職だけど技術屋さんだから、ズッと研修とか受けているとかじゃない?」亜香里に至っては、どうでも良いモード。

 優衣はそんな亜香里と詩織を見て(どうして女性としてのレベルは高いのに、この人たちは全く興味を持たないのかなぁ?)と疑問に思いながら、話を切り替える。

「私たちも荷物を持ってトレーニングA棟に行かないと、間に合わなくなります」

 珍しく率先して食堂の席を立ち、亜香里と詩織もそれに続いた。

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