132 フォローアップ研修予告 4

 カプセル内でブザーが鳴り、扉が自動的に開かれた。

 中で眠っていた小林亜香里たちが、目を覚まして最初に口々にした言葉は…

「「「「「 寒ーい! 」」」」」

 扉の外から流れ込んでくる空気が、ひんやりと冷たい。

 亜香里はシートベルトを外して伸びをしながら立ち上がり、扉の外に顔を出してみると、息は白くはならないものの寒さを感じる気温である。

「見栄えはチョットあれだけど『組織』のジャンプスーツを着ていて良かった」

 耐ナントカ性の説明が永遠と続く高性能なジャンプスーツを久しぶりに着た亜香里たちであったが、そのスーツのお陰で直接空気にさらされている首から上、以外は寒くは感じなかった。

 5人がカプセルを出て周囲を見てみると建造物は一切なく、濃い緑の自然が見渡す限り広がっている。

 遠くに標高のありそうな山々が連なり、近くには草原が広がり、所々に広葉樹と針葉樹が入り交じり繁っている。

「今回は何処なの? 7月の終わりにこんなに寒いとか、日本じゃないのは確かよね? 研修センターにたどり着くまで暑かったから、早い夏休みで避暑地に来た気分。最近の日本の夏が暑すぎるから『組織』が配慮してトレーニングを涼しいところにしてくれたのかな?」

「小林さんの言う通りだったら良いのですが、遠くに見える山は上の方が白いです、あれ雪山ですね」

 萩原悠人が右手に見える山々の中で、一番遠くに見える山を指差して言う。

「となると7月の雪山だから、おそらくここは南半球ね『組織』は今回、私たちを何処へ連れて来たの?」

「詩織の言う通り南半球だとしたら…… たぶん映画で見たことがある景色だし、ここの場所が何処なのか、もう少しで頭に浮かびそうなんだけど、周りを見てみないとわからないなぁ。今回、移動手段はあるの?」

 亜香里が周りを眺めながら話をしていると、加藤英人がカプセル外壁のハッチを開けた。

「今回も電動オフロードバイクが人数分用意されています。4月のトレーニングの時と同じです」

 5人はカプセルに戻って機内の備品を確認した。

 悠人と英人が機内の奥にある備品箱を確認しに行く。

 食料は出発前に亜香里が確認済なので、装備品の確認のみ。

 ライトセーバーとブラスターは新入社員研修の時と同じものが5人分用意されていたが、その他にミッションで使用したツールはなかった。

「装備も今までのトレーニングと同じです」

 英人がライトセーバーとブラスターをみんなに配りながら言う。

「出発する前に優衣が言った通り、スマートフォンは圏外だしGPSも使えないよ」

 藤沢詩織がスマートフォンの画面を見て呟く。

「今回はスマートフォンに送られてくる事前情報が無いのね。不便だなぁ」

「亜香里さん、今回はトレーニングだから仕方がありませんよ。その代わり『組織』が作ったプログラムですから、急に『世界の隙間』へ飛ばされたりしないから安心です」

 篠原優衣は『世界の隙間』ミッションで行った上海と、慰労兼合宿で行った九州で予定外の『世界の隙間』に飛ばされて大変な目に会い、今回はその心配が不要なので、知らない寒い所へ連れてこられても気持ちには余裕があった。

「『組織』が用意したものは確認したから、さっそく出発しますか?」

 亜香里が見知らぬ場所に対して、人一倍好奇心が強いのは相変わらずである。

「小林さん、どこへ行くべきなのか、心当たりがあるのですか?」

 悠人は、亜香里が今までのトレーニングで予測したゴールがほぼ当たっていたので、今回も何か思いついたのかなと思っている。

「トレーニングでは毎回そうなのですがカプセルから出ただけでは、行き先は分かりません。少し動いてみれば景色のあちらこちらにヒントがあるので、何処へ行けば良いのか分かると思います」

「で? どっちに行くの?」

 じれったい応答をする亜香里がもどかしく、詩織が急かす様に聞く。

「さっき、悠人さんが指差した雪山の方は寒そうだから、反対側へ行けば良いのかなと思います」

 亜香里の『寒そうだから』で、気が抜けた4人。

 要はどちらでも良いことが分かり、自分たちもどちらという意見はないので、亜香里案の通り寒くなさそうな方に向けて出発することにした。

 全員『組織』謹製薄型ヘルメットとインターカムを付け、ジャンプスーツとグローブ、ショートブーツの黒ずくめの姿、カッコだけを遠目に見れば、草原を走るバイクに乗った悪の軍団5人組のようだ。

 なぜ戦隊ものの悪役は黒なのだろう? そう思いながら、自分で作品タイトルに、『…ブラックな』を使っているわけだが…

 特に決めた訳ではないが、悠人 - 詩織 - 亜香里 - 優衣 - 英人の順番で走り始めるのも、4月のトレーニングで行った南太平洋の島や北アフリカの時と同じである。

 走り始めてからしばらくすると、亜香里がインターカムで話し始める。

『この辺は(映画で)見覚えがあるから、少しスピードを落としてください。左前方の小さい丘の様なところが見えますか? あそこを目指してくれませんか?」

『了解です、5百メートルくらい先にある、ちょっとした小山みたいなところですね。ゆっくり走りながら近づきます』

 先頭を走る悠人が答える。

 電動オフロードバイクでゆっくり走っていると、周りに生えている草木の高さが段々と低くなり、やがて馬車が通ったあとの様な轍がついている狭い道に出たので、しばらくその道を走って行く。

 分かれ道が見えてきて、先頭を走る悠人がバイクを止め、あとに続く4人もすぐ後ろにバイクを止める。

「三叉路ですが、ここからどちらの道へ進みますか?」

「私としては、先ほどから左手に見えている小高い丘を目指して走っていて、この道にたどり着いたので、このまま左の道を走ってあの丘を越えれば、ここが何処だか分かるし、今回のトレーニングの内容がハッキリすると思います」

「唯一、土地勘(映画勘?)のある小林さんが、そう言うのであれば『丘を越えて行く』のが良いと思います。 藤山一郎さんも歌われていますしね『丘を越えて行こうよ 真澄の空は 朗らかに晴れて 楽しい心』って」

 悠人はなぜ、そんな昔の唄を知っているのか?

「萩原さんは新入社員研修の時も、古ーい演歌をご存じでしたよね? 『定時後の社会人対策』とかで。 その唄も対策の一環で覚えたのですか?」

 優衣は祖父がその唄っているのを聞いたことがあった。

「まあ、そんなところです。皆さんよろしければ、丘を越えましょう!」

 受けを狙って披露した『丘を越えて』が思ったほどではなかった(スベった)ので、悠人は早々にバイクを発車させた。

 丘に近づくと思っていたほど大きくはなく、幅もないので丘を越えずに回り込んで、反対側に出てみることにした。

 5人が丘の反対側に出ると、そこには小さな家や洞穴の様な家、畑や動物を囲っていた柵が、ところどころにある小さな村がある。

 バイクを降り、回り込んだ丘の中腹にある洞穴の入口にあるドアを見て、亜香里が大声を上げる。

「やっぱりそうなのね! ここはホビット村です。あそこの丘の中腹に見える綺麗な戸口のある家は袋小路屋敷、ビルボバギンズの家です。でも家のある位置がロード・オブ・ザ・リングじゃなくて、指輪物語っぽいですねぇ。『組織』がわざわざセットを作り直したのかなぁ?」

「でも人影ならぬ、ホビット影が見えませんが」

「『組織』もホビットのエキストラを用意するほど、セットに凝らなかったんじゃない? この村にホビットたちが居てもトレーニングを進めていくのには関係ありませんから」

「そう言うことですか、それで私たちはこれからどうします?」

 悠人は、亜香里が言うことを薄々と知りながらも聞いてみた。

「ここまで来れば、当然やることは決まっています」

 キラキラと輝く亜香里の目と、一段と明確になる口調を聞くと、そのあとの言葉は聞くまでもないと4人は思ったが『こちらから振らないと先に進まないから仕方ないね』と思い、詩織が聞く。

「亜香里はそれをやらないと、トレーニングに入れないんでしょ? ラクーン・シティの時に入った邸宅の様に」

「さすが、入社前から私のことを分かっている詩織さんは、良く心得ておいでで。今回のトレーニングの設定は見たところ、基本はロード・オブ・ザ・リングだけど、ここのホビット村のレイアウトを見ると指輪物語に近いところもあります。いずれにしても筋書きのメインストリームはあまり変わらないからどちらでも良いのですが、このお話の始まりはビルボバギンズ邸です。中は狭いと思いますが、ガンダルフも背を屈めれば入れたので、私たちも大丈夫だと思います」

「で、ビルボバギンズ邸に入ってどうするんですか?」

「優衣は、ロード・オブ・ザ・リングを見ていないの?(優衣「上映した時はまだ幼稚園にも入っていない頃でしたから見ていません。ビデオで見ました」)そうよね、私も映画館では見ていないけど、今回のオープニングは間違いなくビルボバギンズ邸です。邸内には食料と地図とこのトレーニングに必要な『指輪』があるはずです」

「なんでトレーニングに『指輪』が要るの?」

 詩織が素朴な質問として聞き、詩織の質問に他の3人もうなずく。

「トレーニングA棟で、ビージェイ担当が言っていたじゃないですか。今回は能力だけではなくてスキルも上げるトレーニングだって。だから今回は『組織』がお迎えに来てくれるところを目指すだけじゃなくて、この『指輪』をどうやって封印するのか? 例の火山に投げ込むのかどうかが目的になっていると思うの」

 亜香里の映画趣味全開の説明に、4人はどうしたものかと思案するが、考えていても仕方ないかなと思い、詩織が話を進める。

「じゃあ、今、亜香里が言ったものがあるのかどうか、ビルボバギンズ邸へ行って確認してみましょう? それで良いよね?」

 亜香里は激しく首肯し、他の三人は曖昧に頷いていた。

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