113 『世界の隙間』の旅行3

 合宿に関係のない話を続けていると、エアクラフトは九州に入っていた。スピーカーから桜井由貴の声が聞こえてくる。

「みなさん、着替えと装備のチェックは終わりましたか? まもなく到着します」

 三人は『ヤバイ、ヤバイ』と言いながら、急いで着替えをする。

 巫女装束なので、いつも剣道着を脱ぎ着している詩織は簡単に着替え終わり、着物の着付けが一人で出来る優衣も難なく着替えが済んでいた。

 亜香里は前回の宮廷女官姿の時ほど手間取らず、なんとかさまになる巫女装束に着替えていた。

「今回は前回のように、変な被り物をしなくて良いから楽ね。髪を真っ直ぐにして、うしろで留めれば良いのでしょう?」

 3人とも髪の色は染めていても新入社員らしく黒に近く、髪の毛の長さはそれぞれであったが、ストレートに近かったので、苦労せずに巫女姿になることが出来た。

 着替え終わると一息つく間もなく、エアクラフトは着陸態勢に入り、3人は慌てて座席につきシートベルトを締める。

「装備品の整理がまだだけど、まあ良いかな、全部持って行くわけだし。肩掛け鞄みたいなものがあったから、それに突っ込んでいけば何とかなるね」

 亜香里の楽観主義が発動され、それを久しぶりに聞いた詩織と優衣は訳もなく安心していた。

「亜香里の『何とかなる』って、ある種の呪文よね」

「詩織さんもそう思いますか? 何でだろう? 全く根拠はないのですが亜香里さんのその言葉を聞くと、大丈夫な気がしてくるから不思議です」

「そうなの? 私って、そんなに役に立ってる? 嬉しいな。昨日の説明会で思ったのだけど詩織も優衣も新入社員研修の時と比べてピリピリし過ぎだと思うの。変な『世界の隙間』に入って大変だったのかも知れないけど『絶対大丈夫』だと思って行動すれば、何とかなります」

「亜香里さんって、初めて会った時から個性的な人だなと思っていましたけど、なんか久々にすごいなと思いました。天然がブレていませんから」

「優衣さぁ、それ褒めてるの? 貶しているの?」

「当然、褒めていますよぉ、亜香里さんですから」

「ふーん」

 優衣の理由のない褒め言葉で、何となくお茶を濁されてるうちにエアクラフトは太宰府天満宮に到着した。

 先輩たちの乗るエアクラフトが先に到着しており、亜香里たちが乗るエアクラフトのモニターに虫型ドローンが撮影する境内の様子が映し出された。

「観光地だけあって週末は参拝客が多いのね。六人が巫女装束でいきなり現れたら、かなり目立っちゃうかも」

 詩織がモニターを見ながら、話をしているとスピーカーから本居里穂の声が聞こえて来る。

「みなさん、準備はOKですか? こちらは巫女装束に着替えて、備品を全部持って行きます。モニターで見て分かると思いますが、外は参拝客が多いのでパーソナルシールドを光学迷彩モードにしたまま『世界の隙間』の入口を抜けます。あちらの世界の太宰府でも人が多ければ、光学迷彩モードのまま境内を出て、人気のないところで落ち合いましょう。よろしいですか?」

 3人は顔を見合わせて、互いに頷き詩織が答える。

「こちら、OKです」

「それでは、六人一度に透明人間状態で入口を抜けるのは危ないから、私たちが先に行きます。入口に入る直前にインターカムで連絡しますから、そうしたらエアクラフトを出て後に続いて下さい」

 スピーカーからは、先輩能力者の三人がゴソゴソ動いている音が聞こえてくる。

「いよいよですね。こうやって『組織』関係で三人が行動するのは久しぶりです」優衣は同期2人と一緒なので、安心していた。

「そう言えば、そうかも。ゴールデンウィーク中にスコットランドのどこかの島でトレーニングして以来という事は… 1か月以上経ってるのね。毎日、寮や会社で顔を合わせているから意識していなかった」

「詩織さんとは寮にいる時に、ジムも一緒ですし」

「優衣もジムのトレーニングを続けているの?」

「はい、十年後のことを考えるとパワーアップしておかないと、相手に勝てませんから」

「上海のブラックペッパー・ボスキャラバージョン? ロボット相手だったら、体力や能力よりも『組織』に、対ロボット用の武器を作ってもらった方が早いんじゃない?」

「亜香里さん、それはそうですけど… そんなに凄い武器は使うのにも体力が要りそうじゃないですか? だからトレーニングは必要だと思います」

「優衣は、ちっちゃいのに真面目だね」

「身体の大きさは関係ありません! 亜香里さんは私が気にしていることをなぜ、そんなにシラッと言っちゃうんですか?」

「ゴメン、ゴメン、今の発言に他意はないのよ。本当にちっちゃくて可愛いのに、しっかりしてるなぁーって、感心しているだけ」

「「 エッ! 」」

 通勤途中であればいつものクチバトルが始まるはずなのに、亜香里が素直に謝って優衣を褒めるので、戦いに備えて構えていた本人はビックリし、いつもは仲裁役の詩織も拍子抜けして、思わず声をあげる。

 3人がお互いの顔を見合わせて、話をどう続けたものかと思っていると、スピーカーから香取早苗の声が聞こえて来た。

「少し時間が掛かりましたが、今から『世界の隙間』の入口に入ります。スマートフォンで場所はわかると思いますが、エアクラフトが着陸した場所から入口までは少し境内を歩きます。この人混みですから、光学迷彩モードで歩く時は気をつけて下さい。入口に入る手前で里穂と由貴は、お互いの位置が分からなくなって、ぶつかって転んでしまい、危うく参拝客を巻き込むところでした。光学迷彩モードでエアクラフトを出てからは、インターカムで常時お互いの位置を確認しながら前に進んで下さい。参拝客が近くに居ますから話すときは小声で話して下さい。以上長くなりましたが気をつけて『世界の隙間』の入口に入って下さい。『世界の隙間』に入ってすぐのところで待っています。着いたらインターカムで連絡下さい。では」

「ずいぶんと細かな説明ですね」

「先輩たちも、今回の『世界の隙間』を用心しているんじゃない?」

「心配してもキリがないから、私たちも出発しましょう」亜香里は立ち上がって肩掛け鞄を背負い、エアクラフトに足を掛けた。

「そうですね、『絶対何とかなる』の亜香里さんがいるから大丈夫ですね」言いながら優衣が続く。

「忘れ物はないよね」エアクラフトの機内を見回して、詩織が最後に機外へ出た。

 エアクラフトを出て、自分たちの目で太宰府天満宮の境内を見ると、モニターで見た時よりも参拝客は多く、亜香里が『あーっ、これは多いわ』と言い、2人にインターカム越しで話をする。

「これは参拝客を避けながらじゃないと先に進めないけど、避けようとしてお互いに見えない相手にぶつかるわけだわ。進む順番を決めよう。私が先で良い? 次は優衣? しんがりが詩織で良い?」

「「 了解 !!」」

 亜香里が先頭となって(見えないけれど)、参拝客にぶつからないように左右に避けながら『世界の隙間』の入口を目指して、なるべく足音を立てないようにして進んで行く。

(京都御所もそうだったけど、身を隠して進むときの玉砂利は大変よ。今日は人が多いから少しくらい音を立ててもバレないけど)詩織や優衣に『ピリピリし過ぎ』と言いながら、亜香里にとっては久しぶりの『組織』の活動だったので、本人も少し緊張をしていた。

 先輩からの助言もあり、危なげなく『世界の隙間』の入口まで3人はたどり着く。

「では、南蛮料理を食べに、江戸時代へ参りましょうか?」

「そうですよ、亜香里さんのリクエスト込みの慰労兼合宿ですから」

「じゃあ、『世界の隙間』で迷わないように、手をつないで入ろう」

 詩織はそう言って、光学迷彩モードの2人に両手を伸ばして手をつなぎ、亜香里〜詩織〜優衣の並びになった。

「じゃあ、入ります」

 亜香里が2人の手を引っ張る形で、順番に『世界の隙間』へ入って行った。

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