112 『世界の隙間』の旅行2

「どれどれ、どんなものが、あるのかなぁ?」

 亜香里は意味もなくオジサンの声色を使いながら、ストレージ内に収納されている備品のコーナーではなくギャレー収納ワゴンの引き出しを開けてみる。

「あまり代わり映えしないね。飲み物は一通りあるけど、スナック類は前と同じだし、食事が無いのはどうしてかな?」

「太宰府まで三十分で着くのでしょう? 国内線の旅客機だって食事は出ません。そんなことより備品と衣装を確認しようよ」詩織はストレージの備品エリアを確認する。

「なんか派手な衣装が出てきた。赤に白? そっかー、太宰府天満宮がスタートだから巫女装束なわけ? でも巫女さんが巫女装束で神社の外を出歩いても大丈夫なのかなぁ? 当時の博多から長崎までだと大旅行じゃない?」

「詩織さん、小さな苗木がありますよ。横に巻物の書状も、開けてみますね。うーん... 毛筆で書かれていて良く分かりませんが『太宰府天満宮にある飛梅の苗木を長崎の松森天満宮へお分けします』みたいな事が書いているみたいです」

 亜香里がギャレーにあったスナックをつまみながら、優衣の横にやって来る。

「なるほど、江戸時代だと理由もなく女性六人が藩を越えて移動するのは難しいから、私たちは太宰府天満宮の巫女という設定で長崎の松森天満宮に飛梅をお裾分けしに行く、というシナリオにしてくれたのね。『組織』はいつもミッションを作っているから、こういうのは得意よね。未だネットワークが使えるうちにググってみますか。へぇー、割と近いんだ。車だと2時間もかからないよ」

「亜香里さぁ、江戸時代の日本に車はないでしょう? 距離はどれくらいあるの?」

「そうよね。車はないから、歩き? 徒歩の距離だと134キロ、1日と3時間で着くみたい」

「休み休み走ったら、半日くらいかな?」

「詩織さんも亜香里さんも、何で歩いたり走ったりするのが前提なのですか? 六人が巫女装束で走ったりしたら、途中の街道町や村の人から怪しまれます」

「うん、ここは優衣の言うことが正しい。そういえば説明会の時、江島さんが新しい移動ツールを『世界の隙間』に持って行けると言っていたでしょう? これかな? 大きいレジャーシートを畳んだみたいなもの?」

 詩織がストレージから丸まった厚手のレジャーシートの様なものを取り出す。

「『マジックカーペット』って書いてあるよ、魔法の絨毯? 『組織』って、ネーミングがベタよね。おじさんが作っているのかな? たぶん機能は凄いと思うけど」

「『組織』からスマートフォンに届いている情報の最後の方に、使用方法があります」

「探すのが面倒だから、読んでくれる?」

「えっとー、説明が長いので端折って読みますね」優衣が要約した説明は次の通りであった。


1 マジックカーペットを拡げる

2 能力者がカーペットの上に乗る(最大3人まで)

3 スマートフォンに表示されるコントローラーで操作をする

4 最大飛行速度、最大高度は操作する能力者に依存する

5 ステルス機能、光学迷彩機能、シールド機能を装備

6 複数のエネルギーを使用可、未使用時に広げて太陽光発電も可

7 使い終わったら、畳んで保管する

8 このカーペットは能力者専用、能力者以外は使用不能


「ということが、書かれてます」

「要は私たちが乗ったら、あとはスマートフォンで操作しなさいってことね。これで長崎までの移動が楽になりました」

「だと思います。今まで『組織』が提供するツールは全部、能力者専用になってますけど、能力者以外の人が使っても稼働しないのは、何故なのかなって思ったことはありませんか?」優衣が素朴な疑問を投げかける。

「そうなの? トレーニングやミッションで使ったパーソナルムーブやパーソナルシールドって普通の人は使えないの? 知らなかったけど。それって確かめようが無くない? ミッションの時にしか渡されないし、普通の人はミッションに参加出来ないでしょう? そうか! 研修期間中にうっかりライトセーバー とブラスターを持ち帰った時、家で妹にライトセーバーを持たせてみれば良かったんだ。ライトセーバーが『ブーン』ってなるのかどうか」

「それをやっていたら今頃、本当に首になっていたかもよ。あの時は結果的に、亜香里が持ち出したライトセーバー とブラスターのおかげで『組織』が、変な世界に入ってしまった私たちに気がついて助けてくれたけど、あとでビージェイ担当から『持ち出し注意』というか禁止を強く言われたじゃない?」

「そんなこともありましたねぇ。昔のことだからあまり覚えていません。ところで優衣さん、大事なものを忘れていませんか? マジックカーペットと言ったら、アレですよ、アレ」

「亜香里さんのことだから、必ず言うと思っていました。残念ながらランプは見当たりません」

「そんなはずないでしょう? 魔法の絨毯とランプはセットにしないと話が始まらないじゃないですか? いつまで経ってもウィル・スミスが出てきませんよ?」

「映画の話は置いておいて、あまり時間がありませんから、備品のチェックを済ませましょう」優衣は亜香里のネタをスルーして、ストレージの奥まで入り、備品をチェックする。マジックカーペット以外は、いつもと同じ備品がほとんどであった。


・巫女装束とその他の着替え

・ジャンプスーツ

・紙の地図

・パーソナルムーブ

・インターカム(完全インナーイヤータイプ)

・ライトセーバー

・ブラスター

・サングラス(暗視機能、望遠機能付)

・エマージェンシーバッグ(開封後、1回限り使用可)

「今まで、トレーニングで使ったものが全部入っている感じ? 結構気合が入っていますね。インターカムもこれだと簡単に外れなくていいね。恐竜の島では無くしちゃったから。でもこのエマージェンシーバッグ1回限りというのが、怪しさ百倍じゃない? 1人ひとつで人数分だから3つでしょう? この中にジニーが入っているのよ。お願いは3つまで。ランプは嵩張るからバッグにしたのかな? 何をお願いしようかな?」絶対に魔法使いが入っていることを疑わない亜香里である。

「エマージェンシーバッグに何が入っているのか分からないけど、もしものことがあるし、とりあえず全部持って行きますか? 今回はマジックカーペットで移動できるし」

「詩織さんも変な時代に飛ばされていますから『もしも』を考えますよね? 私も『世界の隙間』から何時だか分からない『世界の隙間』に飛ばされるかも知れないことを考えると、持てるものは全部持って行きたいし、『組織』のツールは肌身離さず持ち歩きたい気分です」

「前に一通り話は聞いたけど、優衣が行った未来の上海って、そんなに大変だったの?」

「今から十年後ですから、上海の街自体は少し未来?という感じで大変ではなかったのですが、その時代の『世界の隙間』の入口に何とか戻ろうとした事が、今考えると良くなかったみたいです。私が出てきたビルは10年経ってセキュリティが厳しくなっていたのだと思います。ビルに入るのを諦めれば良かったのですが、その時は必死で、警備ロボットと戦っちゃいましたから」

「例のブラックペッパー・ボスキャラバージョンね?」

「ほんとに怖かったんですよ。普通のブラックペッパーはブラスターを何回か撃てば倒せたのに、ボスキャラバージョンはブラスターが全く効かないんですよ。UFOみたいなものが飛んできて、変なビームで回収された時には『私の人生はココで終わったな』と思いましたから」

「それで回収されたUFOには十年後の玲さんが乗っていて、助けに来てくれたのよね? 何回聞いても、話がうま過ぎるのよね」

「亜香里さんは、私の作り話だと思っているのですか?」

「イエイエ『組織』も検証済みですから、優衣の創作だとは思っていません。ただ『組織』が作った世界だとしたら、また話が変わってくるのかなと思っただけです」

「なるほど、その可能性はあるかも。私が行ったドールプランテーションと零戦も『組織』が仕組んだものだとしたら、見方が変わってくるね」

「詩織の場合は違うと思うよ。オアフ島で遊び過ぎて、バチが当たったんじゃない?」

「亜香里は今日、結構言うね。何か強気になることでもあるの?」

「いえいえ、私だけが未だ『世界の隙間』から『世界の隙間』へ飛んでいないから、どうしてかな?と思っているだけです」

「亜香里さんは大丈夫です。変なものを引き寄せるのは得意ですから、直ぐに変な世界を引き寄せてくれますよ。でも出来れば今回はパスさせて欲しいかな。変な『世界の隙間』は懲り懲りです」

「優衣の言う通りかも知れない。でも亜香里ぃ、お願いだから突然戦闘機が現れて攻撃してくるような世界は勘弁してね」

 いきなり知らない『世界の隙間』に飛んで、機銃掃射に追いかけられたことがトラウマになっている詩織であった。

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