108 慰労を兼ねた合宿5

「亜香里! 横! 横見てみ! オフィス街なのに、神社みたいなのがある」

「えっとー、石碑みたいなものがありますね『都旧跡 将門塚』って何?」

「ヤバくない? だとしたら今、こっちに向かって来ているのは、平将門の首の火の玉? とりあえず逃げよう!」

 来た道を戻り、二人は皇居側に急いで走り出した。

 午後十時近くで、オフィス街を歩いている人はいない。

「なんで亜香里と一緒だと、いつもこうなるの?」

 後ろの火の玉を振り返りつつ、走りながら詩織が叫ぶ。

「お言葉、そのままお返しします。最初に多摩川で変なのに会ったのは、詩織のお誘いだよ? 『川べりで変なのを見たから、一緒に行かない?』って誘われた記憶があるのだけど」

 亜香里は息も切れ切れになりながら言い返すが、久々に走ったので足取りが重い。

 だんだん、首のような火の玉が近づいて来る。

「亜香里! とりあえず私に掴まって!」詩織が亜香里に手を伸ばし、手を握った瞬間、二人はその場から消え、次の瞬間二人は大手門橋の前に現れた。

 皇宮警察に見られていたら、職質されるレベルの怪しさである。

「もしかしたら私も一緒に瞬間移動したの?」

「うん、こんな東京のど真ん中で、火の玉と闘う羽目になったら面倒だし、亜香里の足元がおぼつかなさそうだったから、この橋が見えてきたので飛んでみたの。自分以外でも、自分と同じくらいの大きさのものであれば、触れれば一緒に瞬間移動出来るようにはなったの。移動できる範囲は今のところ目に見える範囲だけだけど」

「見えるところだけでも凄いよ! 火の玉もここまでは追いかけて来ないよね?」

「目の前が内堀通りだし、これだけ車が走っていればね。飛んできたらはねられるんじゃない?」

 火の玉から逃れ、平常心を取り戻した二人は内堀通りを行幸通りまで歩き、そこから地下駐車場に入って行く。

 地下駐車場に停めてあったGLA45(『組織』仕様)に乗り込み、帰りも詩織が運転席に座り車を発車させる。

「あの火の玉は何だったのだろう? 2人ともはっきり見えたから幻覚や見間違いではないし」

「うーん、何だか分からないけど、私としては今回『組織』のお世話にならなかったから良いかな? 新入社員研修の時も、研修センターの外で何回か『組織』に助けてもらったし、会社に初出社した日も『組織』に緊急連絡をして、本居先輩に助けられたし、これ以上『組織』に助けられていると『能力者補(問題あり)』とか評価されて、能力者補を取り上げられそうじゃないですか?」

「亜香里がいくらトラブルメーカーだからと言って、能力者補返上は無いと思うよ。研修センターで能力者補になる時の説明では、一旦『組織』に入ったら社会人として現役の間はずっと『組織』に所属するのが基本、みたいなことを言っていたじゃない?」

「詩織さん『トラブルメーカー』発言は撤回を要求します。毎回、私が原因で『組織』に助けてもらっているわけではありませんから。変なのが勝手に湧いてくるだけです。でもそうするとさっきの火の玉も一応『組織』に報告しておいた方が良いのかな?」

「亜香里本人がやってなくても、亜香里がいると変なのが湧いてくるだけで、十分『メーカー』じゃないの? 『メーカー』という呼び方が嫌だったら『触媒?』まあそんなことはどうでもいいけど、今日の件は『組織』に報告しておいた方が良いね。初出社の日、UFOに連れて行かれそうになった時に『組織』のアプリで、報告したのではなかったっけ?」

「そういうアプリがありましたね。全然緊急で使えない[緊急連絡]アプリ。あのあと『緊急の時に役に立たない』という要望を出したけど、アップデートされているのかな?」

 丸の内からの帰り道は、詩織が『この車の感じは分かったし、道も空いたから下を走って帰る』と言い1号線の下りを流して行く。亜香里はスマートフォンで『組織』専用アプリ [緊急連絡]を立ち上げてみた。


[ 緊急連絡 / 次に該当する項目を選択して下さい ]


「この前、使った時から変わってないじゃない? 仕方ないなぁ」

 亜香里はブツブツ言いながらも、2回目なのでサクサクと選択していく。


『1.今の緊急度は次のどれですか?

 A.命が危ない B.怪我をしそう C.周りに影響が出そう D.その他 』

「全く緊急度はないので、D.です」


『2.異変の内容は次のどれですか?

 A.攻撃されている B.世界の隙間に入った C.異物の出現 D.その他 』

「とりあえず C.だけど、詩織が瞬間移動をしなかったら、A.だったかも?」


『3.必要な対処はどれですか?

 A.助けを求める(大規模) B.助けを求める(小規模) C.報告のみ D.その他 』

「今回これは、C.ですね、前回はここで焦ったよ。UFOに車ごと持ち上げられたから」


 送信ボタンを押すと『しばらくお待ち下さい』のメッセージが表示される。

 しばらくすると、スマートフォンのディスプレイにビージェイ担当が現れた。

「小林亜香里さん、平日の夜にどうされました? 『組織』のレーダー表示によれば、小林さんと藤沢さんが都心から南西方向へ移動中のようですが?」

「(なんで直ぐに、ビージェイ担当が現れるわけ?)ビージェイ担当、ご不沙汰しております。報告の通りですが、補足しますと詩織と皇居周辺をランニングで一周して、帰ろうとした時に大手町にある『将門塚』の近くで将門首の様な火の玉に追いかけられ、詩織の瞬間移動で何とか逃れた、という状況です」

「そうですか、それはまた変なものに出会いましたね。その後はどうなりましたか?」

「詩織の瞬間移動で一気に皇居近くまで飛んだので、火の玉がその後どうなったのかは分かりません。地下駐車場に停めてあった車に乗り、近くの地上出口から出て帰る時も、近くでサイレンの音とかしなかったので、その後は何事もなかったと思います」

「なるほど、報告内容了解です。お疲れ様でした」

 スマートフォンのディスプレイからビージェイ担当が消えた。


「助けを求めていないのに、ビージェイ担当がいきなり現れたのには少し驚いたけど、せっかく亜香里が報告したのにその後は、淡々と終わったね」

「詩織もそう思った? 受け答えをした当人としては、補足説明を手短に報連相したのに『なるほど』しか返って来ないから拍子抜けです。『組織』的には、火の玉くらい大したことないと思っているのかな? 墓場に出るんだったら、そうかもしれないけど、東京駅の直ぐ近くよ? 大丈夫かなぁ、普通の人だったら、瞬間移動を使えないから、捕まって火あぶりとかに、ならないのかなぁ?」

 いろいろな心配や、ビージェイ担当への不満を言いながら、帰路に着く二人であった。

     *     *

 毎日『組織』から送られてくるデイリーレポートを読みながら、ベテラン能力者の江島氏と高橋氏はレポートの中に含まれていた、亜香里の[緊急連絡]に気がつきビージェイ担当とのやり取りのボイスファイルを聞いて考え込む。

 高橋氏が直ぐに、江島氏へ電話をした。

「江島さん、今、よろしいですか? 『組織』からのデイリーレポートをご覧になりましたか?」

「今、読んだところです。小林亜香里と藤沢詩織の件ですね?」

「そうです。内容はサラッとしていますが、藤沢詩織がとっさに瞬間移動を使わなかったら、東京の中心で大変なことになっていました」

「高橋さんの言うとおり、私も[緊急連絡]を見てヒヤッとしました。あそこで発生する火の玉はタチが悪いのでしょう? 出てくる原因も未だ明らかではありませんし…。小林亜香里が本気になって戦っていたら、大手町のオフィス街に被害が及んで、皇居近くでバチバチやったら管轄の丸の内署の出動だけでは収まらず、機動隊や自衛隊が出動していたかもしれません」

「能力者補がらみで、そんな事件を引き起こして表沙汰になったら『組織』の存在が、クローズアップされかねないですね」

「先日、本居さんたち3人の世話人から話があった、慰労兼合宿のレベルを上げて『世界の隙間』から『世界の隙間』のミッションにした方が良いかもしれません。先日話をしたとおり、私か高橋さんも付き添って慰労兼合宿を行うことを『組織』の上の方に上げておきます」

「了解です、よろしくお願いします」

 高橋氏との電話を終え、江島氏は天井を見上げながら、独り言が口をついた。

「やはり彼女たちは『普通の能力者補』ではないようですね」

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