109 ミッション?合宿?1

 亜香里と詩織が皇居近くで火の玉に会った翌日、木曜日の朝、出勤が二人と一緒になった優衣は二人から話を聞いて『ウーン… 』とつぶやく。

 駅を出て会社へ向かいながら、優衣が話し始める。

「亜香里さん一人だけなら、変なものに遭遇するのは当たり前だとしても、詩織さんも一緒だというのが解せません」

「私だけだったら、当たり前とはどう言うこと? 優衣だって上海の玲さんから『変な時代に飛びやすい体質がある』と言われたのではなかったっけ?」

「あれは、玲さんがキツイ冗談を言っただけです。私が違う時代に飛んだのは一回だけですけど、亜香里さんは会社に入ってから何回も変なモノと会っていますよね。亜香里さんは変なものから、好かれやすい体質なのでしょうか?」

「何? その『変なものから好かれやすい体質』って、どういうこと?」

「二人とも会社に着きますよ。ここから先は会社モード。今の話は仕事が終わってからにしましょう」

 詩織の取り成しで、亜香里と優衣は詩織に続き、ビルに入っていった。

     *     *

 木曜日の定時後、たまった仕事も大方片付き『明日突発な用事が入らなければ仕事の心配をせずに、慰労兼合宿に行けそう』と、若干の開放感と少しの心配が入り交じった気持ちで帰り支度をしていた桜井由貴のスマートフォンに『組織』からメッセージが入っていた。


Title:週末の慰労兼合宿の件

 毎日のお勤め、ご苦労様です。

 先日打ち合わせをした首記の件、大まかな内容が固まりました。

 今回は通常のミッションとは異なるため、参加者へ事前説明を実施します。

 世話人からそれぞれの能力者補に伝えて集合してください。

 日時:明日金曜日 定時後

 場所:本社ビルの最上階、日本同友会(『組織』)会議室

 以上、よろしくお願いします。

 (江島)


 メッセージを読んで、由貴は考えた。

『私は篠原さんに連絡すれば良いの? それぞれの世話人がそれぞれの能力者補に? 説明が違ったら良くないから、里穂と早苗に確認してみよう』

 二人にメッセージを送った。

『さっき、江島さんからきたメッセージ、能力者補の三人にはどう伝える?』

 直ぐに里穂から返信がある。

『口頭だと、新人がいろいろ聞いてくるかもしれないかなら、江島さんのメールを転送する形でいいんじゃない? 余計なところは削除して、例えばこんなのでどう?』


Title:FW;週末の慰労兼合宿の件

 下記の通り、召集が掛かりましたので出席して下さい。

- - - - - - - - - (以下 転送) - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

 毎日のお勤め、ご苦労様です。

 大まかな内容が固まりました。

 参加者へ事前説明を実施します。

 世話人からそれぞれの能力者補に伝えて集合してください。

 日時:明日金曜日 定時後

 場所:本社ビルの最上階、日本同友会会議室

 以上、よろしくお願いします。

 (江島)

- - - - - - - - - (以上 転送) - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

 今回の合宿は江島さんと相談の結果、費用その他『組織』持ちとなりました。

 よろしくお願いします。

 (本居)


 由貴は、里穂の返信を読んで『江島さんのメッセージを改変しているわけではないから、まあいいかな? これだけ読むと、なんで事前説明するのかが良く分からないけど』そう思いながら、返信する。

『これでいいと思います、このまま里穂から小林さんたちに送信して下さい。私と早苗にはCc;で』

 早苗からは『ヨロ、残業中』のメッセージが入る。

 続いて里穂から、先ほどの転送メッセージが、メンバー全員へ配信された。

『早苗は残業かぁ、損保関係は今、何が忙しいんだろう?』と考えながら、待っていた下りのエレベーターの扉が開くと、能力者の高橋氏が乗っている。

「お疲れ様です。高橋さんにお会いするのは、久しぶりのような気がします」

「そう言えばそうかも知れません。江島さんから話を聞いているので、あまり久しぶりという感じはしませんね」

 高橋氏は、優衣と由貴の上海ミッションの報告とインタビュー内容を聞いていたので、桜井由貴に久々に合う感じはしない。

 由貴は髙橋氏にも慰労兼合宿のことを聞きたかったが(よく江島さんと打合せをしているようだから知っているはず)、社内エレベーターの中なので聞くことが出来なかった。(高橋さんは今『組織』のフロアから降りてきたのよね? 高橋さんの所属部署は下のフロアだし)

 『聞きたいけど聞けないなぁ』と思い、差し障りのない話をする。

「今、お帰りですか?」

「そう、ちょっと残業。この時間だと家に帰ってから食事が出来る」

「残業で食事が不規則になるのは、体に良くないですからね」

 エレベーターがロビー階に着き、一緒にターミナル駅へ向かうこととなった。

(ここは社内じゃないし、周りに人も居ないから話をしても良いよね)そう自分に言い聞かせて、高橋氏に質問してみる。

「私たちが世話人になっている、今年入った能力者補の新入社員トレーニングは高橋さんが担当されたのですよね?」

 会社を出たとはいえ、急に『組織』の話しを振られて、高橋氏は驚く。

「(桜井さんがいきなり『組織』の話を外でするとは。江島さんが言っていたように、世話人たちは悩んでいるのかな?)今年の能力者補が決まり、私に担当が回ってきて引き受けましたが、遂行中の長期ミッションが長引いてしまい、研修中のトレーニングに参加できたのは最後の北アフリカの時だけで、そのあと連休中の特別プログラムとして設けられたスコットランドには参加しました。私が参加するまで5人でなんとかトレーニングをこなしてきたので、私の出る幕はほとんどありませんでしたけど」

(たしかに『組織』のデータで閲覧した、能力者補トレーニングビデオには、ほとんど高橋さんの姿が映っていなかったな)と思いながら、どのようにして今週末の話につなげようかと考える由貴であったが、最寄り駅が近づいてきたので端折っていきなり聞いてみた。

「江島さんからお聞きと思いますが、今週末に予定している新人能力者補の『慰労兼合宿』、実際には『世界の隙間』から『世界の隙間』に飛ぶ事を目的にしたミッションなのですが、高橋さんはどう思われますか?」

(日頃は、ゆったりとしている桜井さんがいきなり聞いてくるとは、かなり悩んでいるな)由貴の表情が真剣なので、本音を言ったほうが良いものかどうか迷いながら返事をする。

「江島さんから聞いているけど、せっかくみんなが集まるのだから、中身は充実させたほうが良いし『組織』がバックアップしてくれた方が、みなさんも安心でしょう?」

「それはそうなのですが、能力者補に成り立ての新人には荷が重いのかなと思います。私たちも同行するようになりましたが、未知の『世界の隙間』に入ってしまうと、どこまで彼女たちをサポートできるのか、自信が持てなくて」

「なるほど、桜井さんらしですね。責任を背負いすぎているのではないですか? 『組織』がバックアップするということは、それだけ安全性を確保している訳ですから。新人三人だって子供ではないし、桜井さんたちは今までいろいろなミッションをやってきたけど、今も五体満足で元気でしょう?」

「(そこまで言われたら仕方ないか)今のお言葉で少し落ち着きました。あまりクヨクヨ考え過ぎないようにします。ではここで失礼します」

「気をつけて、お疲れ様」

 駅に着き、由貴は高橋氏と別れた。

 由貴と別れてから高橋氏は考える。

(少し強引な説明だったかな。桜井さんがあれだけ不安を持っているということは、あとの二人も同じ感じかな? 江島さんは明日、説明会をやるようだから、今のやりとりを報告しておこう)高橋氏は、由貴とのやり取りの要約を江島氏へ伝えた。

 江島氏は高橋氏からメッセージを受け取ってどうしたものかと考える。

(この前の説明で彼女たちは納得していなかったようですね。明日の説明会には新人も来るから彼女たちの勢いも借りて、どこまで話を前向きに持っていけるかだなぁ)江島氏は思っていた以上に、事前説明会が大変になりそうだと思っていた。

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