103 これからのミッション 3

 能力者の江島氏と高橋氏が『組織』で話し合いを持った日、日付けは優衣の初ミッションの翌週の月曜日、暦(こよみ)は6月に入りドンヨリとした曇り空が続き、湿度が高く空気は重い。

 そんな空気のせいではないが、桜井由貴が同期の本居里穂、香取早苗に声を掛けて定時後、会社近隣にあるバールの奥まったテーブルに集まっても、雰囲気は重かった。

 能力者だけの集まりなので、寮の多目的室を使った方が都合良いのだが、亜香里たち後輩の能力者補に寮で出くわすと、打ち合わせをしにくくなると思い外で会うことにした。

 いつもであれば『ノンアルコール当番』が居ても盛り上がる会なのだが、料理を前にして3人とも、なかなか話が始まらない。

 由貴が場つなぎ的に、話しを始める。

「この前の土曜日、2人にメッセージを送る時は、エアクラフトの中で時間が無かったから、簡単にしか内容を送れなかったけど、先週のミッションは本当に不思議なミッションだったの」

「『世界の隙間』から『世界の隙間』でしょう? 先々週、私が藤沢詩織さんと一緒に一九八〇年から一九五〇年に飛んだ時だって、直ぐには自分の置かれた状況を理解するのに考えが追いつかなくて大変だったのに、先週は篠原優衣さんが1人で一九二一年から二〇三〇年に飛んだのでしょう? おまけにその未来の能力者に前もって自分の助けをお願いしておくとか、そんなことが出来るの? と思ったもの」

「早苗は藤沢さんと一九五〇年の『世界の隙間』へ飛んだとき、違和感はなかったの?」

「そりゃ、ありましたよ! 違和感どころの騒ぎではなかったもの。一九五〇年に飛んだ途端、零戦から機銃掃射よ! ほんとに、あの時は死ぬかと思ったわ。今までミッションをやってきた中で一番、命の危険を感じたから」

「そんなに危険なミッションを、今度は新人能力者補3人にやらせようとしているのでしょう? 『組織』はどうしちゃったのだろう? 私たちは世の中を良くするお助け仕事のために、能力を使うのではなかったの?」

「いつもだと『里穂、まあ抑えて抑えて』と言うべきところだけど私も同感だなぁ。『組織』は新人の割には桁外れに能力の高い小林亜香里さんを使えば『世界の隙間』から『世界の隙間』を意識的に任意の場所や時間で、開けられるのではないか? と考えていると思うの」由貴は、優衣が居なくなって毎日心配していたことを思い出す。

「言われてみれば、この前、小林さんと幕末の京都に行って江島さんと合流してからの行動は、彼女にそういう能力を出させようとしていたのではないかな?という感じがするの。小林さんが浪士組を相手に稲妻を出したから、その流れで私も竜巻を出して加勢をしたけど、思い返してみると江島さんはそれを見ていただけだし、私も手を出さなかったら能力者補に成り立てだけど能力は熟練能力者以上の小林さんが、何か新しい能力を発現したのかも知れない」本居里穂は京都での出来事を思い出していた。

「『何か』って、何よ? 里穂の思うところは?」

「分からないから『何か』よ。由貴は思い当たるものがあるの?」

「うーん、どこでもドア?」

「小林亜香里は『ドラえもん』ですか? 由貴が言わんとすることは、分かるけどさぁ。もう少し他に言い方はないの?」

 由貴のあまりにも適当な返答に笑い出す2人。言った本人もつられて笑い、ようやく場が和み料理に手を付け始めた。

「先週、由貴が行った上海だけど結局、篠原さんは最初の2日と最後の2日しかミッションには参加しなかったの?」

「ミッション参加という意味ではそうなるのかな? 2日目の午後に外灘で姿を消して帰還する前日の夕方、ひょっこりホテルに戻って来たから。9日間のミッションで半分以上いなくて、張玲さんは責任を感じて『探してくる』と言ったまま地方遠征して戻って来なかったし、本来のミッションよりも能力者補2人のゆくえが心配で、胃が痛くなりました」

「由貴がそこまで心配するのは珍しい(由貴「日頃、私をどう見てるの!」と抗議が入る)、でも『世界の隙間』ミッション中に居なくなるって、そういうことよね。普通のミッションなら誰がどこにいるのかは『組織』のツールで分かっているし、少し過剰なくらい『組織』がミッション支援とか言いながら介入してくるから。今回はハワイも上海も『世界の隙間』から行った先の『世界の隙間』が、たまたま近くだったから、最初に入った『世界の隙間』の入口にたどり着けたけど、時間や場所が全く違う『世界の隙間』に飛ばされちゃったら、戻ってくる方法が無いじゃない? 原始時代とかに飛ばされちゃったら、一生マンモスと戦って終わりよ」

「『はじめ人間ギャートルズ』かぁ、そういう人生も、ありかも?」

「早苗! どうしたの? 今の仕事に疲れたの? 人生に疲れたの?」

 里穂は早苗に、わざとらしくツッコミながら、ニマニマしている。

「一九五〇年にピックアップトラックの荷台でサトウキビと一緒に揺られながらパール・シティまでの道を走っていて、運転席と助手席に座っている農夫さんたちを見ながら『こういう人生もあるんだなぁ』って考えたのを思い出しただけ。人間ってどんなことをしたって、自分が生まれた時代に生きていくしかないんだなって」

「早苗は大学に戻って、哲学系の院に進んだ方が良いかもしれないね、冗談だけど。私も一九二一年の上海で李漢俊っていう人に会って、少ししか話はしなかったけど、それに近いことは思ったの。ちょっと話をしただけで『聡明で何か凄い事をやりそう』って感じられる人だったけど、私たちが会った5年後に殺されたのよね。三十代で」

「私たち今まで、早苗や由貴のそういう歴史的な『世界の隙間』ミッションを遂行したことがないから意識しなかったけど、そんなミッションが続くと気持ちが重くなるね。今度のミッションを受けるにしろ、受けないにしろ『組織』からキチンと目的を説明してもらいましょう」

「それは、私たちが同行した能力者補の初ミッションが終わるたびに、江島さんに言っているから『組織』の出方を待ちましょう。ところで初ミッションのあと、能力者補のみなさんはどうなの? 里穂のところの小林亜香里さんは初ミッション終了から2週間経ったけど『組織』からお呼びが掛からなくて退屈してるのではないの?」

「うん、午後は座っていると眠そうにしてるから、外回りや身体を動かす仕事をさせています」

「それって、ミッションが来る、来ないと関係なくない? 小林さんがお寝坊さんなだけではないの?」

「私も、そう思って聞いてみたの『小林さんって、何か持病があるの? 座っていたら眠ってしまう病とか』と冗談で聞いたら『そんな病気あるんですか?』って、マジになるの。もともと何時でも何処でも寝られる体質らしいのだけど、会社に入ってからの眠たさが半端ないのですって。『毎日、眠さと闘っています』って言うんだもの」里穂が亜香里の日々を説明する。

「彼女は毎日、そんなものと闘っているのね。それだとますます眠くなるのでは? 会社に入ってからということは能力の発現と関係がありそうね。私たちも入社した頃は、やたらと眠かったり疲れたりしたじゃない?」

「それは能力者補の頃、由貴が間違って自分に催眠をかけたりしたからじゃない? あの時、里穂と私は大変だったんだから。今思い出せば笑い話だけど」

「早苗は時々思い出した様に、その話をリフレインするのね。そろそろ忘れても良い頃じゃない?」

「イヤイヤ、あれは『桜井由貴伝説』で永久保存版です」

     *     *

 里穂、早苗、由貴の三人がまだ能力者補になりたての頃、最初に由貴の能力が発現して、催眠や幻惑といった心理操作の能力を使い始め、寮でトレーニングと称して同期の二人を実験台にいろいろと試し、たまにやり過ぎて里穂や早苗の怒りを買っていたのであった。

 そんな頃、ある週の初め『月曜日はいつもダルいぞー』と思いながら早苗がデスクワークをしているところに、由貴の上司がやって来て『桜井由貴が出社していなくて、携帯に電話しても出ません。同じ寮(日本同友会の施設)のはずだけど何か知らない?』と聞きに来た。

 早苗がその場で由貴に電話してみるが応答がないので『同期の本居里穂にも確認してみます』と言って席を離れた。

 非能力者の前で、会社支給『組織』仕様のスマートフォンの機能は使えないので、早苗は1フロア下の階にいる里穂のところへ階段で降りながら『組織』版『今どこサーチ』で由貴を探してみる。

 由貴は未だ寮におり、由貴のスマートフォンと連動しているスマートウォッチの情報からもバイタルの異常は出ていない、心拍数・血圧・酸素濃度は平常値であった。

 早苗が里穂のいるフロアへ行くと自席に居たので、由貴が出社していないことを話しながら、周りに注意してスマートフォンの『組織』版『今どこサーチ』を見せてみた。

 里穂の『生きているけど、電話に出なくてバイタルが平常値というのが気になる』との意見から、それぞれの上司に了解を得て寮にいる由貴の様子を見に行くことにした。

 『組織』にも緊急連絡をして本社ビル最上階『組織』の施設からエアクラフトで寮へ飛び、『組織』が予めアンロックした由貴の部屋へ入ると、そこには『眠れる森の由貴』状態で安らかに眠る桜井由貴がいた。

 二人は安心して、由貴を起こそうとするが何をやっても目を覚まさない。『組織』に報告すると医務室送致が指示され、ストレッチャーで寮の2階へ運び、医療マシンで精密検査をするが結果は『異常なし』とのこと。

 里穂も早苗も困っていると江島氏が医務室へやって来て、昨日までの由貴の状況を2人にヒアリングした。江島氏はしばらく考えて『たぶん原因は分かった。でも自分では目を覚まさせられないなぁー』と言いながら、どこかへ電話を掛けている。

 しばらくすると、初めて見る能力者(この医務室に入ってくるので、おそらく『組織』の人)が医務室へ入ってきて、由貴の頭に手をかざし『江島さんの見立てのとおり、自分で自分に深い眠りの催眠を掛けています。私が何とかしてみます』と言い、里穂と早苗は医務室から退去させられ、それからしばらくして医務室から呼ばれたときには、治療ベッドの上で由貴は何事もなかったように、起き上がっていた。

 由貴の説明(言い訳)によれば、前の晩なかなか眠りにつけなかったので、能力で催眠を自分に掛けることを思いついて掛けてみたらしい。

 江島氏が呼んだ能力者によれば、かけた催眠を破れる上位の能力者がいなければ、永遠に眠り続けるところだったらしい。

 深く反省した由貴はそれ以降、里穂や早苗を能力の実験台にすることを慎むことにしたのであった。

     *     *

「ほんとに、あの時は大騒ぎだったよね。でも能力者補になりたて、ということで『組織』からは何のお咎めも無しで、職場にも体調不良で済ませたからラッキーだったよね」

「ハイハイ、もう数年経っていますが、里穂さん、早苗さんのご恩は一生忘れません。話を元に戻しますが、次の『世界の隙間』ミッションを行う説明の連絡が来ないということは『組織』内で揉めてるのかも知れません。今週このままなら、週末に小林さんたち3人を誘って、合宿をやらない?」由貴は昔のことをこれ以上ネタにされたくないので話題を変える。

「合宿かぁ、良いね。初ミッションで『世界の隙間』に行った彼女たちの本音も聞きたいしね」ノリノリの里穂。

「会社のシスター制度と『組織』の世話人業務の行動申請を上手く使えば、会社と『組織』持ちで、ちょっとした小旅行くらい出来ますよ」早苗はその辺、しっかりしている。

「では、決まりです。小林さんたちに今週末の予定を確認してOKだったら、会社と『組織』に申請しましょう。手続きは私がやります」

 由貴の合宿の提案と締めで、最後は明るくお開きとなった。

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